第50話 陸海軍連絡会議

 時は1942年3月下旬である。


「本日は石原莞爾陸軍大臣が東亜連邦陸軍会議に出席されるため、この辻政信主席参謀が代理人と出席させていただきました。事前に共有させていただいた内容に変更はございません」


「東亜連邦陸軍会議を優先されるとは…」


「日本、中華民国、泰王国と解放した国々の首領と今後を話し合います。どうかご理解の程よろしくお願いいたします」


 日本が対米英蘭に宣戦を布告してから半年も経過していない。まさに破竹の勢いで快進撃を続けていた。先月に英領シンガポールに立て籠もる英豪軍は降伏すると東洋のジブラルタルが崩れ、米軍はフィリピンもコレヒドール島とバターン半島まで押し込まれ、その他の島々に日本の旗がはためく。現在はオランダ領東インドに改めて宣戦を布告してからジャワなど島嶼部の制圧に乗り出した。


 海軍も一大陽動作戦であるダッチハーバー奇襲を成功させ、英海軍東洋艦隊をマレー沖に沈め、ABCD艦隊をジャワやバタビアで打ち破り、等々と連戦連勝の快進撃である。米海軍の太平洋艦隊や空母機動部隊は健在でもミッドウェー島砲撃の余波により一時的な足止めに成功した。


 ここで陸軍と海軍で擦り合わせの場たる陸海軍連絡会議を設ける。海軍側から長谷川清海軍大臣や堀悌吉軍令部総長、山本五十六連合艦隊司令長官が出席する中で陸軍側の石原莞爾陸軍大臣は代理人を置いて欠席した。彼は東亜連邦陸軍会議を優先して満州へ出張中である。代理人に自身の右腕たる辻政信を入念な打ち合わせの上で送り込んだ。海軍側に主導権を握られないように念を押している。


「まずは海軍の連戦連勝をお祝い申し上げます。見事な戦いっぷりに脱帽ですが、決して、油断はいけません」


「当り前だ。お前に言われるまでもない」


(なんて嫌われようだ…)


「失礼いたしました」


「それで陸軍はどうなんだ? フィリピンは良いとしてインドに攻め入るのか?」


「米豪遮断作戦ではないのか。オーストラリアに攻め込む」


「インドに攻め入る予定は一切ございません。誰かが吹聴したのでしょうが、まったくもって、本当に馬鹿げている」


 海軍側は石原莞爾陸軍大臣が欠席したことに加えて辻政信が代理人と出席したことで不快感を露わにした。石原莞爾はどこか人を惹きつける要素を覚えたが、辻政信は不快を覚える要素しかなく、慇懃無礼な様に嫌悪感をもうもうと出して止まらない。辻本人も自覚したが改めるつもりは毛頭なかった。


 海軍は早速と陸軍の次段作戦を問い質す。陸軍も連戦連勝のせいか「次はインド」や「次はオーストラリア」、「次はニューギニア」と言った噂話が聞かれ、海軍としてはやたらと攻め入っては堪らないわけだ。一気に攻め入ると言うならばミッドウェーやハワイの一つや二つは攻め落とす。


 陸軍の快進撃はマレーに止まらずにインド方面にも進められた。英領ビルマをタイ王国から攻め入るとラングーン(ヤンゴン)を皮切りに次々と解放して回り、シンガポール攻略を果たすと余剰戦力を回して多方面で大攻勢に打って出る。英領インドの国境線に近いアキャブまで到達すると攻勢を止めた。ここに大規模な防御線を敷いて反攻に備える。一方の連合国軍は早々に総撤退を決定した。雨季が訪れる前に全軍をインパールまで移動させるが、予定よりも早くに雨季が到来してしまい、多くの将兵が傷病に斃れる。日本軍はビルマもあっという間に全土を制圧した。連合国軍と同じく傷病に悩まされている。オランダ領東インドなど各地から産出される薬品の材料を本土と満州に送って医薬品を大量生産した。これを改めて各方面に輸送機の特急便で運送する。


「次はポートモレスビーを落とし、ここに大拠点を構えてオーストラリアを脅かし、長期戦の構えを採るのです」


「ポートモレスビーとはニューギニアを落とすのだね?」


「すでにラバウルやラエなど進出済みだ。陸路であるのか?」


「陸路と海路で挟撃します。ラエとサラモアにゴアを加えて南下しますが、海軍さんのご協力をお願いし、ポートモレスビーを無力化の上で強襲して…」


「ニューギニアを真っ二つに割るわけだ」


「して、海軍の協力とは?」


「ダーウィンを火の海にしていただきたい。あいにく、重爆撃機は再編中で動かせません。自慢の大機動部隊を動員とダーウィンを筆頭にオーストラリアを焼き払う」


「冗談じゃない。無差別的な攻撃に空母を使えるか」


「えぇ、えぇ、よく、よく、結構でございます。ゴアに飛行場を整備次第に爆撃隊を進出させます。陸軍航空隊が陸用爆弾を撒きます。どうぞ、ご安心ください」


「何も安心できんではないか」


 辻は次の目標をオーストラリアに定めた。その前にニューギニアを無視できないとして陸海軍の協調を以て攻略を宣言する。石原莞爾ら満州派はオーストラリアを「大きな満州ひいては中国」と認識した。彼らはかねてより対英米決戦に参加するだろうオーストラリアの脱落を研究する。日本の宣戦布告は対英米(蘭)を対象にした。オーストラリアも参加を表明すると自動的にオーストラリアと交戦状態に突入し、先のマレー沖海戦やスラバヤ沖海戦など、オーストラリア海軍の艦艇の参加を確認できる。


 陸軍の提示した方針はオーストラリアを手中に収めるとは言わず、対英米戦から脱落させることで南太平洋の安泰を確保することを据え、南太平洋の島嶼部に基地を設けるなど海軍も巻き込んだ。米国の大規模な反抗作戦に備える大海洋の防御線を構築する。あわよくば、オーストラリアの豊かな資源を奪取するのだ。この戦いは短期間で終わらせてはいけない。長期間に引きずり込むことに勝機を見出した。米国に厭戦気分を蔓延させて講和のテーブルにつかせる。


「ニューギニア全土の攻略はともかくとしてだ。ポートモレスビーの制圧は賛同できる」


「ご理解いただき感謝します」


「現にラバウルがポートモレスビーからの空襲に悩まされている。ようやく局地戦闘機の配備も完了した。これからは反撃に出るべきであって、ポートモレスビーを叩き、ラバウルなどニューブリテン島に安寧をもたらす」


「堀さんまで…」


 陸軍と海軍は想像以上に南方作戦が進展していることを基に次段作戦を提案した。海軍案はハワイ攻略作戦を見越したミッドウェー攻略作戦である。陽動作戦に過ぎないミッドウェー砲撃が成功したことを根拠にした。目にも留まらぬ速攻を以て攻略すべしと主張する。


 ミッドウェー島攻略作戦は陸軍側の猛反発と軍令部の反対にあって劣勢に押しやられた。ミッドウェー島攻略作戦は連合艦隊の発案らしい。これに軍令部は難渋を示して一寸も認めなかった。陸軍の米豪遮断作戦に賛同して海軍のミッドウェー島攻略作戦を廃案に追い込んでいる。連合艦隊は未だハワイに固執した。ハワイを落とせたとしても直ぐに無力化されるか奪還される。言うまでもないことだが、骨折り損のくたびれ儲けに終わるんだ。


「無差別的な攻撃は一切認められない」


「海軍が認めずとも構いません。我々は勝つためには手段を選びません。手段を慎重に選んで負けるならば手段を選ばずに鬼畜となって勝ちましょう。今更に地獄へ参ることを厭いやしません」


「お前は」


「石原閣下も同様でございます。慎重の皮を被って臆病となる腰抜けとは違います」


「貴様ぁ!」


「よしておけ…」


「申し訳ありません」


 このようなところが辻政信の煙たがられる所以で「石原の方がマシだ」と一言で締めくくられる。彼は海軍を見下すと言うよりかは無理解をコケにすることが多かった。海軍軍令部がせっかくの理解を示したにも関わらず、連合艦隊が反発することを残念に思わざるを得ない。


「念のために申し上げますが、決して海軍に損ばかりでもなく、ダーウィンやポートモレスビーを拠点に攻めれば良いのではありませんか?」


「一理あるのが悔やまれる」


「それでは米豪遮断作戦で進めていくことにしましょうか」


 連合艦隊の不服を抱えながら会議は進められた。


続く

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