第49話 日の丸を刻んだ空の要塞
=コレヒドール要塞上空=
フィリピンの米軍に止めを刺す一手は彼らの誇りを踏みにじること。
「一歩遅かったようです。もう二式重爆が登場する頃なのに」
「文句を言うな。二式重爆に慣れるためにB-17を貸し与えられた。本当は本国に送って研究に用いるところ複数機を鹵獲している。実戦に使用することの許可をいただいた」
「こいつの余裕がある設計は堪りませんよ。そこら中に余裕があってノビノビとできます」
日本軍はフィリピン攻略の緒戦において北部の飛行場を急襲した。高速爆撃機と輸送機が強行着陸して陸軍最強の精鋭部隊たる挺進連隊を放出する。彼らは飛行場を忽ちと制圧して米軍機の多くを破壊した。B-17複数機を完全な状態で鹵獲に成功する。彼らはB-17に限って「完全な状態で鹵獲すべし」と密命を帯びて米兵を機関短銃と短小銃で排除した。米兵に「敵にくれてやるなら」という破壊工作は認めない。
フィリピンで鹵獲されたB-17は慎重に本土へ移送された。B-17は日本軍の悲願である国産重爆撃機の開発に最高のブレイクスルーをもたらす。九七式重爆や二式重爆が登場しているが、ドイツ製やアメリカ製のデッドコピーは否めないため、B-17から得られたことを新式重爆の開発にエッセンスと加えた。
B-17を送り過ぎても本土を圧迫する。飛行場で地上撃破した機体も損傷の度合いが軽微な機体は修理を試みた。敵整備兵が残したマニュアルや満州飛行機の知見、DC-4Eのコピーで得られた経験などを駆使し、約2週間を要したが修理に成功すると一個爆撃隊を組める程度は確保する。
「敵機が上がってくるかもしれないぞ」
「上がって来ても隼が蹴散らしてくれます。爆弾を降らすだけの簡単な仕事です。こうも快適だと二式重爆に乗りたくない」
「二式重爆も根本的に改良が入るはずだ。そのためにも大要塞を崩さなければな。25番8発はちと足りない気もするが…」
「海軍さんの大攻撃機と競争してもらいましょう」
「そうだな。ともかく、お前達の不満は良く受け止めた。マッカーサーの肝を冷やしてやれ」
「へいへい」
敵地上空にもかかわらず余裕綽々だ。
B-17はフライングフォートレスと空の要塞と呼ばれる程の堅牢さで知られる。主翼をボロボロにされても、エンジンが動かなくなっても、胴体が穴だらけになっても、飛行を継続できるタフネスはアメリカンだ。日本軍も未だB-17に対する有効打を確立できずに飛行場で地上撃破することが多い。これが米豪遮断作戦に移行すると交戦機会が増えて陸海軍の重戦闘機が大口径機関砲を振り上げた。空の要塞の終焉を告げる。
B-17はアメリカ人向けに設計された都合で小柄な日本人には過剰だった。日本軍の高速爆撃機は高速性を重視して窮屈さが呈され、重爆撃機も性能確保を優先して居住性は二の次である。B-17の空の要塞たる余裕に浸らざるを得なかった。搭乗員が機内を移動する際も頭をぶつける心配が無い。これがアメリカの工業力かと驚きを隠せなかった。
もっとも、一点だけは頂けない。
「よかったな。荻原よ。この中で一番小柄なお前はゴンドラの銃座に押し込まれる」
「あれはもう勘弁してください。一度乗って嫌になりました」
「アメさんらしくないよなぁ…」
「いくら下方に弾幕を張りたいからってか」
「あれは笑ったな」
日本軍が鹵獲したB-17は最新型のE型と判明した。従来から大幅な設計変更が加えられ、いわゆる、空の要塞のB-17はE型以降を指すだろう。全体の中で生産数が最多を誇るG型が狭義のB-17を指すこともあるが、現時点ではG型が間に合っていないため、E型を主力の重爆撃機と運用していた。
B-17E型より胴体下部に球体状の防護銃座が追加されている。爆撃機が敵機の迎撃から身を守るために銃座を備えることは常識に該当した。米軍は自機の後方と下方に弾幕を形成する防護機銃にボールターレットを採用する。ボールターレットは特異な見た目から想像できる通りだ。居住性は劣悪を極めて精神衛生にも芳しくない。米軍は人命軽視なのかと言いたくなるが、彼らなりに考え抜いた末の苦肉の策と見ることもでき、何とも言えないことこの上なかった。
日本軍もボールターレットを一目見て失笑に付す。いくらなんでもだ。これはいただけない。B-17E型からボールターレットをゴッソリと撤去して空気抵抗の低減を図った。ボールターレットが空気抵抗を意識した形状と雖も無くした方が低減できる。ボールターレットの撤去に伴い生じた空間には追加の燃料タンクを設けた。B-17の数少ない欠点である航続距離を僅かでも伸ばしたい。
「おしゃべりは終わりだ。そろそろマッカーサーの住処に到着する」
「操縦を貰うぞ」
「あいよ」
(この爆撃照準器は画期的だな。純正品は外れが無くて助かる)
「そんな精密に狙わんでも構わない。どうせ鉄筋コンクリートに阻まれるだけだ」
「100番でもビクともしません。海軍の戦艦に出張って貰わないといけませんよ」
「ちょっと静かにしてもらえますか」
「悪い、悪い」
B-17は一斉に爆撃体勢に入ると優先権は爆撃手に移行した。爆撃手が爆撃照準器を覗いて理想的な針路を導き出す。コレヒドール大要塞は鉄筋コンクリートと岩盤に覆われた。いかに最高の爆撃を行っても全く通用しない。機長は爆撃手に圧し掛かる緊張を解すために爆撃を外しても叱責されないことを告げた。本人は1発も外さないことに意義を抱えた職人である。要塞なんて固定目標に対して爆弾を外すことは恥に収まらなかった。
「投下! 投下!」
「そらマッカーサーを寝かすな」
「俺たちの日の丸を目に焼き付けておくんだな」
「空の要塞は俺たちが貰った」
B-17E型の最大爆弾搭載量は約2tで250kg陸用爆弾8発を大放出する。100kg陸用爆弾を大量投下することもできた。コレヒドール要塞の設備に対して打撃を与えられる威力を求めて25番に落ち着いている。250kg爆弾と聞いて威力不足と思われようが陸用爆弾は大量の炸薬が詰め込まれた。弾薬庫など重要区画は大重量爆弾と大口径砲弾に任せる代わりに電線や水道など脆弱な部分を破壊する。
「爆弾倉閉めろ!」
「爆弾倉閉めます!」
「隼も爆弾を投下しに行きました。あまりに一方的過ぎます」
「地上はそうもいかないんだ。俺たちが爆弾を投下するだけじゃない。奴らの威信をズタズタに引き裂くことで降伏を引き出す。まぁ、二式重爆を運用するまでの実戦形式訓練と覚えておけ」
B-17を用いたコレヒドール大要塞に対する爆撃は米軍のプライドを打ち砕いた。B-17はフィリピン防衛の切り札と期待される。あろうことか、日本軍に鹵獲されてしまった。それも自分達に牙を剥いている。これで彼らのプライドの威信は引き裂かれた。
あくまでも、フィリピン攻略戦に係る一時的な措置に過ぎない。マッカーサーが自ら降伏を申し入れて攻略戦が終わり次第に満州飛行機へ返還した。満州飛行機で追加の研究を行って国産重爆撃機の開発に繋げる。日本のデッドコピーとリバースエンジニアリングはお家芸と誇った。
「ちょっと遠回りして悠々と帰りましょう」
「そんな余裕は無いと言いたいが、何も悪くない提案であるから、少し遠回りしてみよう。適当にエンジンが不調だったと言っておけばいい」
「怒られませんか? 大丈夫です?」
「な~に隼もそのつもりだ。口裏を合わせてくれる」
B-17は日の丸をこれでもかと掲げている。
日本軍総攻撃を予感した。
続く
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