第48話 マッカーサーは渋る
=コレヒドール島大要塞=
フィリピンの米軍は日本軍の猛攻撃に後退を繰り返していた。彼らは古典的なオレンジ計画に基づき、1週間もあれば撃退できると意気込んだが、あれよあれよと敗北を重ねる。日本軍は大量の戦闘機と爆撃機、攻撃機を動員して制空権を確保した。切り札としたB-17爆撃機は飛び立つ前に地上撃破される。一部は完全な形で鹵獲されるという最悪の結果を招いた。地上戦も徹底的に抵抗したが猛烈な爆撃と砲撃に散る。
「大統領は司令の脱出を望まれています。閣下の人気は有頂天に達しているが故に潮時です」
「ケソンは死んだ。あいつは潜水艦に押しつぶされた」
「潜水艦の脱出を嫌う気持ちは理解できます。しかし、マッカーサーあろうお方が脱出してリベンジを果たさねばならない」
「大統領か…」
マッカーサーは序盤の連敗に驚いたのも束の間だ。彼は己の優秀さを遺憾なく発揮する。即座にオレンジ計画に軌道修正を加えた。全軍に組織的な後退を繰り返させてバターン半島大要塞、または、コレヒドール島大要塞に立て籠もることを命じ、マニラなど主要都市は無防備都市宣言を出す。多くの市民を抱えて籠城戦を行うことは香港島やシンガポールが非合理的を証明した。
彼はあわよくば日本軍が無防備都市を攻撃して市民に被害が出ることに期待する。敵が罪なき市民に蛮行を加えた時こそ絶好機と言わんばかり、抗日のプロパガンダを流して抗日を昂らせたが、残念ながら、日本軍のホンマは冷静沈着に人道支援の乗り出した。フィリピンは抗日派と親日派に真っ二つになって抗争を繰り広げる。フィリピンの内部情報は小出しにされてマッカーサーの敷いた罠は悉く看破された。
「日本軍は堂々とB-17を飛ばしている。それも白地に赤丸の堕落しきった旗をだ!」
「本土の連中が悪いのです。あれだけ増援を求めたにも関わらず無視を貫徹している」
「今度の脱出は私の希望を全面的に認めてもらうつもりだ。仮に大統領が認めなくとも…」
(どれだけ狭所恐怖症なのだ。ケソンが死んだことはともかく、自身が生きて帰るため、希望の潜水艦の便を断るなんて)
フィリピンの米軍は未だに数万の大勢力を誇って籠城戦を選択する。日本軍も防御線を一つずつ突破した。しかし、米軍は後退に後退を繰り返して壊滅を防止したことで決定打に欠けており、一旦はシンガポール同様に大規模な攻勢を止めて戦力を補充する。攻城戦の用意を整える間は航空優勢を振り上げて大量の爆弾を降らして回った。
台湾の海軍基地航空隊が陸攻を飛ばして大量の爆弾を撒いたかと思えばである。陸軍航空隊はフィリピン北部の飛行場を復旧し直ぐに爆撃機と襲撃機を進出させた。ドイツ空軍の近接航空支援が如く、1日に何度も爆撃と襲撃を繰り返し、空から一方的に嬲られて地上の移動はままならない。大きな孤島と化したフィリピンに補給は一切届かなかった。
マッカーサーと幕僚たちは長くは持たないことを理解する。本国も大統領が直々に「フィリピンから脱出せよ」と命じた。ここでマッカーサーという将軍を失いたくない。本国は現地から虚偽の報告を受け取り、更に粉飾を重ねた架空の戦果を宣伝し、米市民にマッカーサーを英雄と見せた。昨今の敗北による厭戦気分を払拭する。このようなことは常套手段と胸を張った。
「ケソンは我々を裏切ったので悲惨な死に方を選ばされました。我々は最後の時まで抵抗を続けている。閣下に待っているのは栄光ある脱出なのです」
「栄光か。私は必ず帰って来るぞ」
「そうです。また帰って来れば良いのです」
「君の言わんとすることは分かる。君の励ましは本当に嬉しいよ。だが、潜水艦だけは御免だ」
「わかっています。脱出方法はいくつか提示させていただきます」
「その中で選ぶのだな」
彼らよりも先に脱出を図った人物がフィリピンの現地首領たるマニュエル・ケソン大統領である。ケソン大統領と呼ばれることの実際は米国領フィリピンのトップに過ぎなかった。フィリピンの完全な独立を果たすことは叶わない。マッカーサーはケソンを認めつつ、戦闘には邪魔以外の何者でもないため、早々に退避して亡命政府を樹立することを勧めた。
彼も素直に従って潜水艦が雀の涙ほどの補給を行う際の帰りに便乗する。彼はフィリピンから脱出した直後に敵機に発見され、対潜爆弾の投下を受けて損傷を負ったところ、駆潜艇が間に合ってしまった。無茶な潜航を試みたが外殻が水圧に耐えきれない。ケソン大統領の悲惨な最期はマッカーサーの耳にも届いた。マッカーサーという男は意外と臆病者で極度の狭所恐怖症を有する。潜水艦という極度の閉鎖空間に押し込まれては精神が崩壊した。
「どうした!」
「どうせ敵艦隊か敵重砲の砲撃です。我らを揺さぶるために撃っている。少しずつと少しずつと心理的な圧迫を加えてきた。現に将兵の一部は勝手に降伏し、抗日戦線も内輪揉めから崩壊し、指示に従わぬ部隊が出始めています」
「ジャップが…舐めた真似をする…」
コレヒドール大要塞がビリビリッと大きな爆発音と大きな衝撃に襲われる。今まで何度も経験してきたことだが反射的に反応してしまうも、マッカーサーを支える副官は冷静に「どうせいつものこと」と切り捨て、要塞内部の重厚なコンクリートに守られる者は冷静を維持できた。真反対に碌な盾もない機関銃や歩兵砲につく者達にとっては恐怖の時間と変わる。遂には日本軍と戦わず降伏したり、指示に従わずに潜伏したり、抗日戦線も内輪揉めを開始したり、等々と限界が近いことは明白と宣言した。
「た、大変です!」
「何だ。弾薬庫でも抜かれたか」
「そ、その通りです! おそらく、先からの艦砲射撃で砲台の弾薬庫が消失!」
「やられたか…」
「それに伴い周辺の陣地まで大損害が発生! これでは…」
どうも音と衝撃が大きかったわけである。
コレヒドール大要塞は幾重にも防御線を張るだけでなく、20cm以上のカノン砲も装備しており、日本軍と海を挟んで重砲同士の砲撃戦が行われる。こちらは分厚い鉄筋コンクリートに守られ、弾薬庫と言った重要区画は尚更で1t爆弾の直撃にも耐えたが、それも度重なる被弾で脆くなって一撃の前に割れた。弾薬庫内部の弾薬は一斉に誘爆すると要塞を内側から破壊する。
「神の通告なのでしょう」
「私も覚悟を決めた。魚雷艇でミンダナオ島まで向かい、そこからB-17でオーストラリアに降り、本国へ栄光の帰還を果たすとしよう」
「お決めいただき、ありがとうございます」
「日本軍が見逃してくれますか?」
「何を言うんだ」
「空を見れば大量の爆撃機ですよ。もう空を見なくてもわかります」
マッカーサーも折れて近日中に脱出することを約束した。
フィリピンから脱出するためには潜水艦が最も確実だが先述の通りで却下する。ミンダナオ島に仮設飛行場が突貫工事で整備された。ここにオーストラリア直行便のB-17を派遣してもらう。マッカーサーらは日本軍の監視の目を掻い潜って脱出する手筈を組んだ。これの問題はコレヒドール島からミンダナオ島までの移動に収束する。
潜水艦が使えない以上は艦船に絞られた。すでに米海軍も米陸軍も保有する艦船は海の藻屑と消え、消去法を以て魚雷艇を渡し船に用いざるを得ず、必要最低限の荷物だけ纏めるが、魚雷艇の居住性は最悪を極めるためにマットレスを用意する。私的な金銀の資産も詰め込んだ。ケソン大統領も資産を抱えて潜水艦に乗り込んだ末はご想像に任せる。
「お前の目には何が見えているというのだ!」
「B-17ですよ。日本軍に鹵獲された機体が飛んでいます。我らに最後通告を突きつけにやってきた」
「こいつは敗北主義者で妄想癖に取りつかれている。どこかへ連れていけ」
「仰せのままに」
「幾らでもよろしいでしょう。マッカーサーは終わった」
フィリピンの限界は近かった。
マッカーサーの限界はとうに超えている。
彼が乗り込むだろう魚雷艇の行先は何処なのだ。
「マッカーサーを捕縛せよ。奴をオーストラリアに逃してはならん」
続く
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