第43話 鳴々東洋艦隊はマレー沖に沈んだ

 レパルスは巡洋戦艦の名に恥じない機動性を発揮した。約2万メートルから飛来する砲弾を的確に予測して回避しているが、これは艦長の操舵によるところが大きく、プリンス・オブ・ウェールズと異なる。なんと華麗な回避で敵重巡の8インチ砲弾まで無力化した。


「ぷ、プリンス・オブ・ウェールズが爆沈した…」


「しょ、初弾から命中だと! しかも主砲弾薬庫まで貫徹したと言うのかぁ!」


「現時点よりレパルスが旗艦となった! 全艦はシンガポールまで退避するため全力を以て砲撃せよ!」


 プリンス・オブ・ウェールズは鈍重でこそなかったが、回避機動が一歩遅れたことで敵弾をモロに食らい、敵戦艦は16インチ砲を搭載していると予想する。フィリップ中将も被弾しても耐えられると踏んだ。海戦において最悪の主砲弾薬庫の誘爆に伴う爆沈である。大西洋の海戦でフッドが沈んだ光景がマレー沖で再現された。


 レパルスは唖然とする間もない。艦長は最善の指示を飛ばした。この時点でレパルス艦長が代理指揮官と変わり、彼は即断即決とシンガポールへの退避を命じる。敵艦隊を寄せ付けない防御的な攻撃を徹底させた。敵艦がどんな主砲と砲弾を使っているか不明だが、プリンス・オブ・ウェールズを失った上に駆逐隊も壊滅状態であり、最善は逃げの一手しかない。


「全ての主砲を指向するんだ! 当たらないじゃない! 今は一発でも撃てぇ!」


「こいつの38cm徹甲弾を食らいやがれぇ!」


「全砲射撃用意!」


「敵駆逐隊が接近中!」


「ちくしょう。こんな寄せ集めの駆逐隊じゃ抑えきれない」


 東洋艦隊の駆逐隊はオーストリア海軍から借りるまでの寄せ集めが呈された。英海軍も準備が完全に整い切っておらず、各地から招致しても悪天候や事故、敵の襲撃などが連鎖し、6隻を集めることが精一杯の精一杯らしい。日本海軍の鍛え抜かれた駆逐隊の前に敢え無く敗れた。それでも何とかレパルスを守り抜こうと己を盾にする。


 敵重巡まで距離を縮め始めた。8インチ砲弾が一層も降りしきる。当然だが戦艦の主砲に比べて重巡の主砲が連射に勝った。レパルスが見事な回避を見せようと「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」で被弾が増える。主砲に代表される主要部の重装甲で8インチ徹甲弾を無力化するも脆弱な副砲や高角機銃は吹っ飛んでいた。


「Fire!」


 今までの鬱憤を晴らさんと言わんばかりに斉射する。主砲斉射は一撃の威力は圧倒的で見た目も華やかだ。その実際は特段の効果を発揮しない。一斉射すれば必然的に全砲が装填に入って隙が生じた。もちろん、当たれば良いものの外れた際は虚無の時間となる。今はとにかく逃げの一手しかなかった。敵艦を寄せ付けない手段に大口径砲弾の雨を降らせることが最適と評し、あわよくば、敵艦の主砲を壊せれば生還の希望が大いに高まる。


「ちょ、直撃したぁ!」


「やったぞぉ!」


「サルみたいに近いづいてくるからだ!」


「よし…」


 約2万メートルは自慢の38cm砲の有効射程距離に収まり、敵艦が意外と大きいこともあって数発が吸い込まれていき、敵艦を挟み込んだ水柱の数から察するに3発が命中した。戦艦の大口径砲弾が3発も当たれば御の字を上回る。いくらなんでも、無傷とはいかなかった。レパルスは先までと一変して反撃の色を濃くする。


「て、敵艦の主砲が旋回中!」


「なっ!?」


「電源すら切れていないのか!」


「敵駆逐艦が1万を切ります!」


「こうなっては差し違えるしかない。副砲も動員し全ての方を敵戦艦へ向けよ!」


 これで挫けないのが英海軍の栄光なのだ。


 敵戦艦は38cm徹甲弾を3発も受けたにも関わらず涼しい顔で主砲を動かしている。速力は1ノットも落ちていなかった。主砲を凝視すれば大きな弾痕を確認できる。悠長に観察する余裕はなかった。敵戦艦だけでなく左舷の方向より駆逐隊が30ノット以上の高速で肉迫してくる。10.2cm副砲と10.2cm高角砲が懸命に迎撃した。多勢に無勢で次々と小口径の砲弾を被る。一部は砲撃不能に陥って肉迫雷撃を阻止する力も残らなかった。


「英海軍の栄光は沈まんのだ!」


 この直後にレパルスは大口径砲弾を数発も被弾した上に高威力の魚雷を数発も被雷する。上部構造物を滅多打ちにされて大火災が発生した。副砲弾薬庫が連鎖的に吹っ飛んで主砲弾薬庫まで火の手が回る。被雷の影響で応急修理も満足に機能しなかった。


 レパルスは最後の被弾から僅か10分後に沈没を開始する。このマレー沖にプリンス・オブ・ウェールズとレパルス、駆逐艦が沈んでいった。英海軍の東洋艦隊は日英開戦から2日後に壊滅する。この出来事をチャーチル首相は「最大のショック」と述べて英国史上最悪の12月と称した。


 これを眺める男たちは複雑な胸中である。


~大和~


 レパルスと砲撃戦を繰り広げた大和は勝利に沸いた。


「敵弾は主砲に当たったようで全て弾き返しました。レナウン級戦艦の38cm砲なんぞ恐るるに足らず」


「敵艦の勇敢さは見事に尽きる。あの中で大和を一点集中と狙って来た。駆逐隊には目もくれない。敵将も敵兵も最後まで立派に戦い抜いた。わかっているな?」


「赤石と駆逐艦に救助を命じます」


 38cm徹甲弾を貰った際は流石に冷や汗を浮かべる。敵弾は全て主砲の砲塔に真正面から突っ込んだ。大和の主砲の砲塔は自身の46cm砲弾を受け止める分厚さと一定の傾斜を有する。約2万メートルの近距離でも38cm徹甲弾を素の装甲厚と傾斜で滑らせることに成功した。敵弾が滑った先の海面に水柱が生じるも良く見えなかったらしい。


 大和の男たちは東洋艦隊を破ったことに湧き上がるも西村中将は生存兵の救助を促した。英海軍の東洋艦隊は勇猛果敢に戦っている。本艦の事を知らず侮ったと雖も立派に戦い抜いた。海戦が終われば互いに人間と懸命の救助活動に入る。主に軽巡洋艦と駆逐艦が軽快を活かして海に浮かぶ敵兵を拾っていった。


「それにしても、何と言いましょうか、46cm砲の威力たるや」


「プリンス・オブ・ウェールズことキングジョージ5世級を一撃で爆沈させた」


「46cm砲の破壊力は洒落にならん。今日初めて火を噴いた。これの使いどころは考える必要がある」


「ハワイの真珠湾基地なんて46cm砲により瓦礫の山と変わりましょう。シンガポール大要塞は46cm砲が粉砕した。英軍もすぐに降伏すること間違いなしです」


「どうだろうか。シンガポールは東洋のジブラルタルを誇る。難攻不落の大要塞がおいそれと降伏を選ぶとは考えづらいな」


 敵兵の救助を完了次第に給油艦を呼び出す。給油艦に捕虜を移乗させて旧英領の香港に向かわせた。香港に設けられた捕虜収容所に降ろす。西村中将は捕虜を移乗させて身軽になると計画通りにシンガポールへ驀進した。マレー半島を電撃的に突き進む先の終着点はシンガポールである。ここは英軍の大拠点と栄えて大要塞はもちろん空軍基地、大軍港の全てが揃った。南方作戦において主要な制圧目標であることは言うまでもない。英軍が籠城戦を選択した場合は大苦戦を予想した。


「それよりも東洋艦隊を撃滅した報告は送信したんだな?」


「はい。本艦の通信能力を以てすれば今日中には届きます」


「それは誇張だが敵兵を揺るがす重大な材料になる。我々の武勇が轟くが一寸たりとも誇ってはならない。これを目の当たりにして誇れるものがいるか」


「いません。勝って兜の緒を締めよでもない」


 マレー沖の大海戦を現場側で詳細を纏めた報告書を作成する。近隣の基地を経由して本土へ送られた。英海軍の東洋艦隊を撃滅することは英国の威信を損なわせる。ドイツ上陸に怯える市民の希望を削いだ。あわよくば対英米戦から英国を除くことを考える。


 明日には西村艦隊が東洋艦隊を破ったことが大々的に報じられるはずだ。英国や米国は情報部が掴むと直ちに統制を敷くが、日本軍も情報戦に本腰を入れており、諜報員が流布して回る。敵の敵は味方からドイツとイタリアを経由して流布の手を止めなかった。


「さぁ、シンガポール大要塞を落とすぞ」


続く

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