第42話 大和咆哮す
=1941年12月10日=
日本海軍連合艦隊と英海軍東洋艦隊はマレー沖合で激突した。
「敵艦隊! キング型とレパルスに違いなし!」
「電探はかくも素晴らしい兵器なんだ。こうも容易く発見できるとは…」
「赤石は駆逐隊を率い敵駆逐隊を突破と敵戦艦に雷撃を敢行せよ。大和はプリンス・オブ・ウェールズとレパルスを引き受けた!」
西村艦隊は東洋艦隊よりも先に発見に成功する。航空優勢を武器に基地航空隊の陸上攻撃機と陸上偵察機が飛び回ったが、敵艦隊発見の殊勲は艦隊の軽空母である千龍の艦上偵察機だ。
(敵主力見ユ、北緯四度、東経一〇三度五五分、針路六〇度、一一四五)
(敵主力ハ三〇度ニ変針ス、一一五〇)
(敵主力ハ駆逐艦三隻ヨリナル直衛ヲ配ス、航行序列、キング型、レパルス、一二〇五)
艦偵は対空砲火を掻い潜る。敵艦隊に接触し続けて三度にわたる報告を綴った。最後は撃墜されるも日英海軍という師匠と弟子の決戦の舞台を整える。西村艦隊は補給を終えたばかりで燃料と食料に余裕があった。艦隊の最大速力である30ノットで報告の位置から予測した先に向かう。最新装備たる対艦電探の八木・宇田アンテナが電波を飛ばして索敵手段は偵察機と見張り員の肉眼に限らなかった。
「砲撃戦用意! 前部主砲はプリンス・オブ・ウェールズを後部主砲はレパルスを狙え!高角砲は敵駆逐艦の接近に備え! 彼我の距離が縮まり次第に射撃を認める!」
「聞いたな! 急げぇ!」
「一番主砲と二番主砲はキング級戦艦! 三番主砲はレパルス!」
「電測射撃! 方位盤入力急げ! 三番主砲は単独を認める!」
西村中将の決断は敵将よりも早い。軽巡『赤石』に対し駆逐隊を率いて即席の水雷戦隊を構築させると、敵駆逐隊を撃破し戦艦に雷撃を仕掛けるよう命じたが、駆逐隊は当初の6隻から4隻に減じた。この決戦の直前に千龍を一時離脱させる際に響と暁を付けている。したがって、赤石を筆頭に嵐と野分、萩風、舞風が勇猛果敢に突撃を開始した。
「弾着観測機が敵艦隊上空に到達しました!」
「電探と弾着観測機、熟練見張り員の三拍子が揃っている。初弾必中を期せ」
「任せてください。この日のために磨きに磨いてきました」
「高角機銃要員の退避は完了して応急修理班に入ります」
「敵機は来ない。コタバル飛行場は手中に落ちた。シンガポール要塞は爆撃の最中にある。英空軍の支援を受けられぬとは同情を禁じ得ないが容赦はせん」
愛宕と高雄から弾着観測機が発艦し直ぐに敵艦隊上空に到達する。鈍足の零式水上観測機と雖も数千メートルは近所だ。敵艦隊は空軍の支援である直掩機を得られていない。零観は我が物顔で飛び回るが激しい対空砲火を受けた。英海軍の艦船は2ポンド砲のヴィッカース砲を装備する。特徴的な動作から「ポンポン砲」や「ピアノ砲」と親しまれて日本海軍も毘式40mm機銃とライセンス生産した。現在は37mm機銃と20mm機銃に置き換えられて特設艦や魚雷艇など小型の艦船に限定する。
大和は愛宕と高雄に守られて砲撃の用意を進めていった。対艦電探は射撃用を兼ねている。旧来の光学的な測距儀は彼我の距離や敵艦の速度などを測った。各所から得られたデータは射撃盤に入力される。これも最新のアナログ式コンピュータを大々的に使用した。極初期の精密機械で故障に悩まされたが、最新鋭の性能と猛訓練の賜物か散布界は著しく狭まり、大和の射撃精度は抜群を極めている。コンピュータの研究も民間人と陸海軍の軍人、亡命技術者が協力して改良に努めた。
「距離3万を切ります!」
「まだ撃つな。敵艦が撃ってからの反撃とする」
「敵艦も慎重なことです。敵将は意外と我慢強い」
「赤石と駆逐隊が敵駆逐隊と接触! 砲撃戦を開始しました!」
「気にせんでよい。勝つだろう」
お互いの距離は縮まり続けている。ちょうど3万メートルを切った。大和の主砲射程距離圏内である。敵戦艦の主砲射程距離圏内でもあった。いつ撃ち合いが始まってもおかしくないが、射程距離に入ったから直ぐに発砲はあり得ず、最大射程で撃ち合うことは妄想の産物だろう。砲術の権威も馬鹿げていると一刀両断した。西村中将は敵将が自信を携えて砲撃を命じた時機を狙う。ただ単に勝利しては意味が無いのだ。敵軍ひいては敵国のプライドをへし折る。
「レパルスが発砲!」
「レパルスの主砲は幾つだ」
「約38cmと記憶しております」
「もしかしたら、彼らは訓練を積み切れていないのか」
レパルスはプリンス・オブ・ウェールズを差し置いた。旗艦を差し置くとは何事かと思う前に射程距離が足りているか疑問視する。レパルスの主砲は38cm砲でも射程距離は比較的に短く、装薬を増して大仰角を構えて伸ばすことはできるが、先述の命中精度の問題から少なくとも早撃ちを呈した。
「プリンス・オブ・ウェールズも発砲!」
「レパルスは全て近弾!」
「あれではダメだな。まったく統制が取れていない。当たる距離でも当たらん」
「そろそろ我慢の限界が訪れます」
「距離は?」
「2万5千を切るところです。やや遠いかと」
「いや敵艦が撃った以上は反撃に出ねばなるまい」
これにオォッと沸き上がる。
「砲撃開始!」
「一番と二番撃てぃ! 続いて三番も撃てぃ!」
2万5000を切ったことを契機に大和も反撃の咆哮を上げた。敵艦が撃ったにも関わらず、己に砲弾が迫るのを眺めては士気は一切上がらず、世紀の大海戦にとって華々しさに欠ける。西村中将は両目をカッと見開くと敵戦艦2隻を睨みつけて砲撃開始を高らかに宣言した。
大和の刃が抜かれた瞬間である。今まで何度も何度も磨いてきた。実際に敵へ差し向けれる時が訪れる。大和は史実に比べて幾らか早期に完成した都合で短期間の猛訓練を積み上げた。西村中将らが初弾必中と勇ましい割に練度不足が危惧される。優秀な人員を集中して短期間の速成を図った。やはり長門型姉妹を送り出す方が良かったと思う者が本土にいようと構わない。大和を操る者は大和こそ最先鋒を務めるに相応しいと自負した。
「愛宕と高雄も次いで発砲!」
「無駄弾を…」
「愛宕と高雄は後でよい。今は目の前の敵戦艦に集中せよ」
「はっ!」
大和の46cm砲が火を噴いた時の閃光と衝撃、音は41cm砲と比べ物にならない。口径をインチに直せば僅か2インチだ。たった2インチの差が生むものは圧倒的を極める。46cm砲を撃った時の反動で船体が大きく揺れるも艦橋に立つ者は一部を除いて見事な仁王立ちだった。一方で艦外の人間は最良の軽傷で済んでも鼓膜は破れかねない。最悪は跡形もなく吹っ飛ぶか原形を留めなかった。主砲発射時はブザーがけたたましく鳴り響いて水兵たちは近所の避難所へ駆ける。今回は予め高角機銃の人員を避難させておき応急修理要員に据えた。
大和の闘志に感化されたのか愛宕と高雄も続く格好で砲撃する。この姉妹も対艦電探を装備した。簡易的なアナログ式コンピュータと組み合わせて高精度の砲撃を可能にする。主砲である20.3cm砲の射程距離圏内でもギリギリで直撃は期待できなかった。大和単身の反撃では華に欠ける。せめて弾幕を張ろうと言わんばかりだ。愛宕がプリンス・オブ・ウェールズを高雄がレパルスを狙う。姉妹の献身に感涙を覚えるが不要なお節介だった。
「プリンス・オブ・ウェールズに直撃弾!」
軽快なレパルスと反対にプリンス・オブ・ウェールズは被弾を強いられる。長門型と互角以上の防御力で耐え抜いてくれるはずだ。そんな淡く哀れな希望的観測はあっという間に砕かれる。
「敵艦爆沈! プリンス・オブ・ウェールズ爆沈したぁ!」
「主砲弾薬庫を吹っ飛ばしたか」
続く
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