第41話 連合艦隊南下して東洋艦隊北上する

=大和=


 日本海軍は大和型を世界最大にして世界最強の戦艦と建造した。英海軍が世界最強を誇った時代は近日中に終焉を迎える。大日本帝国海軍の連合艦隊が英海軍の東洋艦隊を打ち破る時は近いのだ。


「敵さんは思った以上に機敏と動きました。イ65がレパルス級戦艦2隻ありと報告して1時間が経過してます。南方海域特有のスコールから再発見は難しくありました」


「西村中将いかがでしょうか」


「三川さんに取られる前に撃つのみだ。艦隊は南下を続け敵艦隊を迎え撃つ。昼間は空母から偵察機を出して夜間は巡洋艦から偵察機を飛ばした。基地航空隊から陸攻隊も哨戒に出ている。我々の索敵体制に一寸の不備はなかった」


「陸攻隊が航空攻撃を控えています。彼らと競争になりそうです」


「長官のご意向で戦艦同士の砲撃戦を志向した。基地航空隊の陸攻隊は撃ち漏らしの処理に専念してもらう。彼らには申し訳ないが、今しばらくの辛抱だ」


 日本海軍は英海軍東洋艦隊が「東洋のジブラルタル」ことシンガポールから打って出ることを予想して幾重にも哨戒線・偵察線を敷いている。本土の基地や台湾の基地などから陸攻隊が哨戒に発進し、かつ偵察を専門とする百式陸上偵察機『晴天』が飛び回った。その実際は陸軍の百式司令部偵察機の海軍仕様である。自慢の高速性と長大な航続距離を活かした。


 さらに、海中の潜水艦が息を潜めて辛抱強く待ち続ける。敵艦隊が引っ掛かると追跡を開始して最新の位置情報を暗号に変えた上で送り続けた。敵艦隊は謎の通信を傍受して被発見を理解し、潜水艦や偵察機から逃れるべく不規則的な運動を採り、日本軍の上陸船団襲撃に向かう。


 日本海軍連合艦隊は味方の情報を信じた。


 英海軍東洋艦隊の迎撃に出撃する。


「敵艦隊はキングジョージ5世級戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』とレパルス級戦艦『レパルス』を基幹に駆逐艦を連れています。イ65の報告では戦艦2隻と駆逐艦複数のみで空母はどこかへ消えましたな」


「セイロン島に戻ったのかシンガポール軍港に抑止されているか。シンガポール要塞を偵察した情報を待ちたいが時間は限られている。陸軍の兵士を満載した船団を撃たせるわけにはいかん。何のための大砲で何のための装甲か」


「大和の46cm砲があれば国王も女王も椅子から引きずりおろせる」


「英海軍は長らく世界最強を我が物と振り上げてきました。一切侮れません」


「14インチ砲10門の火力は控えめと言えど四連装砲は明確な脅威である。ドイツ海軍の大戦艦と激闘を演じたことは記憶に新しい」


 本来は山本五十六連合艦隊司令長官が率いるところ、いくらなんでも、大変危険な最前線へ送るわけにいかず、代理人として西村祥治中将が充てられた。西村中将は水雷上がりである。見張りを得意として誰よりも早く発見した。海軍の大刷新に伴い学歴は一定程度見るが適性をしっかりと見定め、彼は命じられたら必ず遂行する胆力の持ち主と白羽の矢が立ち、中将に昇進すると直ぐに代理の指揮官に収まる。


 そんな連合艦隊(西村中将代理指揮)の陣容は以下になった。


〇連合艦隊挺身隊(西村艦隊)

戦艦『大和』(旗艦)

重巡『愛宕(改)』『高雄(改)』

軽巡『赤石』

駆逐『嵐』『野分』『萩風』『舞風』『響』『暁』

軽空『千龍』

その他給油艦、給糧艦など複数


 この中で戦艦が大和のたった一隻であることを不安視する声は少なくない。日本海軍の戦艦は金剛型4隻と長門型2隻しかない上に金剛型は空母機動部隊に組み込まれ、長門型戦艦は貴重な戦艦で指揮通信能力からおいそれと出せず、最新鋭の大和という最高の質を以て撃滅すべしと言われた。


 大和の力を最大限まで引き出すため、重巡洋艦と軽巡洋艦、駆逐艦を贅沢に付与する。巡洋艦は水上偵察機を飛ばして常に索敵の目を見張るが、水上偵察機にも限界が存在し、軽空母の艦上偵察機が索敵範囲を拡大した。艦隊随伴型軽空母の『千龍』は搭載機数こそ25機と少ない。そもそも艦隊に随伴して艦隊直掩や索敵など補助的な役割に徹した。


「あえてプリンスオブウェールズの射程圏内まで入る」


「遠距離砲撃ではないので?」


「そんなものは概して当たらない。大西洋の艦隊戦は近距離の砲撃戦が占めると聞いた」


「敵さんの自信をへし折るにはちょうど良いかもしれません。14インチ砲弾を悉く無力化されて18インチ砲弾が降り注ぎ一撃爆沈と」


「長官はそれを狙っていた…?」


「長官の腹の中は読めないが水まんじゅうが詰まっているのだろう」


「これで東洋艦隊を沈めたら逸品を貰えますよ。そうでないとやる気が出ませんな」


 東洋艦隊の陣容はイ65の報告と諜報の情報を照合して絞り込みをかけた。イ65の「レパルス級戦艦2隻」はキングジョージ5世級戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』とレパルス級戦艦『レパルス』と理解する。戦艦2隻の取り巻きたる駆逐艦に関しては正確に把握できていないが、冬の荒れ狂う日本海で腕を磨いた日本駆逐艦の敵でなく、大和が狙うは戦艦と巡洋戦艦に定まった。


 キングジョージ5世級戦艦は14インチ砲を採用している。火力は比較的に劣ると言われるが、特徴的な四連装砲の破壊力は一切と侮ることは許されず、単純に口径の大きさで優劣は決まらなかった。戦艦らしい重防御も見事に尽きる。長門型に匹敵することもあった。レパルス級戦艦は巡洋戦艦に括る。日本海軍の金剛型と似ているかもしれないが、栄光のレパルスと称えられるように古豪を誇っており、英海軍の誉れを携えて向かって来た。


 どちらの戦艦も十分な脅威と認識している。


「うん?」


「どうした」


「ちょっと待ってください…」


 味方機からの通信を受ける兵士が眉を顰めると大急ぎでメモを取り出した。大和型は連合艦隊の総旗艦を務めることが約束される。長門型を上回る指揮通信能力が求められ、危機を充実化させることは言うまでもないが、人員も倍近くまで増やして分担制を採用した。大和に配属された兵士は誰もが腕利きである。大和の指揮通信能力と各員の手腕が調和した。大和型1隻で一つの戦場を統率することが可能と言われる。ちょうど今にどこからともなく飛んできた通信をキャッチした。


~少し前~


 英海軍東洋艦隊はシンガポールを出撃して直ぐに潜水艦に発見される。潜水艦の雷撃を避けて追尾を振り払うべく不規則的な運動を繰り返した。この運動で一部の艦は燃料不足から帰投を余儀なくされる。最終的に戦艦2隻と駆逐艦4隻の小艦隊に削られた。航空母艦は座礁事故を起こして船渠に入る。その代替も修理中で動くことができかった。


「今度は偵察機です。なんとか追い払うことはできましたが、これで詳細な位置を知られました」


「ここから数日が勝負になる。日本海軍の大艦隊を打ち破り最高の勝利を祝おうではないか」


「敵戦艦はコンゴウクラスが精一杯です。我らの親族を討つことに心が痛むこともなかった」


(空軍の支援さえ受けられれば…)


 東洋艦隊を率いるはトーマス・フィリップス中将で親指トムの愛称で親しまれる。フィリピンの米軍と連携が上手く行かなかった。マレーとシンガポールの空軍から支援を受けられない。何かと不安要素が多い中でも日本軍の上陸船団襲撃を奇襲で撃破すると勇猛を押し出した。


「コタバル空軍基地が健在である。明日には戦闘機の護衛を受けられる」


「私はコタバル空軍基地が健在という情報に疑念を覚えました。本当に健在ならばハリケーンが頭上に居座る。ハリケーンは贅沢でもバッファローがシンガポール空軍基地から来てもおかしくない」


「くだらん詮索はよしたまえ。空軍にも事情があるんだ」


「失礼いたしました」


「君の懸念はよくわかる。私も敵機の脅威は認識しているつもりだ。時代遅れの複葉機でもな」


「ポンポン砲が全て撃ち落としてみせます。ソードフィッシュで慣れています」


 フィリップス中将以下は慢心が否めない。勘に優れる者の声も「余計なお世話」と切り捨てられ、英軍は日本軍を過小評価する傾向が根強く存在し、艦船はマシでも航空機は複葉機ばかりでポンポン砲が撃ち落とすと豪語した。艦隊司令官まで同調しては足元を掬われかねない。


 誰も指摘することなく北上を続けた。


「今度のクリスマスは祝勝会だ」


続く

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