第37話 第二水雷戦隊ミッドウェー島へ
=1941年12月2日=
日本放送協会の海外向け放送であるラジオ・トウキョウに天気予報が流れる。
(西ノ風、ハレ後ニ曇リ)
「日本はやる気だぞ!」
「すぐに大統領と軍に知らせろ! 今すぐにだ! アイスクリームがとけても構うな!」
ラジオトウキョウは世界中の日本人に対して郷土を忘れさせなかった。ラジオ放送に紛れて外交官と諜報員に指示を伝える役目を有する。今日の天気予報は「日米開戦不可避」と「機密書類の焼却処分」を命じた。米軍情報部の監視下に置かれている。暗号解読班は即座に反応した。彼らは日本の暗号を次々と看破して日米間の緊張が高まるにつれてアンテナを高くする。本日放送の天気予報は日本が対米開戦を決意したと理解した。
不眠不休で情報戦に身を投じる者達は心から愛する相棒のアイスクリームとコーヒーを投げ出す。偉大な祖国によれば直ぐに新しい物を用意できた。日米開戦が決定的になったことをいの一番に知らせる。日本軍の発した通信に神経を尖らせた。ラジオトウキョウ以外にも非合法的に傍受している通信は多い。
ロシュフォート少佐は仮眠から飛び起きて直ぐに暗号通信の解読を開始した。ここ最近の通信の頻度は増加傾向にあり、未だ解読できていない内容も多いが、アイスクリームとコーヒーを糧に粉骨砕身である。身体を壊す者が続出しても暗号の解読は使命に変わらなかった。
「日本海軍は間違いなくハワイを狙っている」
「ジョークがキツイって言いたいところですが…」
「ハワイのキンメル大将とノックス長官、キング作戦部長に緊急性のある報告とせよ」
「キング作戦部長がワンワンと言ってきますよ」
「ふん。暗号解読もわからぬアマチュアには言わせておけ」
彼らは日本が「日米開戦を決意したこと」に加えて「日本海軍がハワイを狙っていること」を纏めた緊急報告書を作成する。前者はラジオトウキョウから間違いないと断言できたが、一方の後者は未解読の暗号通信も多い中では不確実性からギャンブルに等しく、どれだけ早期に対策すると雖も時期尚早が否めなかった。まともに取り合ってくれない可能性が高かろう。
特に海軍作戦部長のアーネスト・キングは気性が荒いことで有名だ。海軍長官のフランク・ノックスでさえ手を焼いている。そんな作戦部長に「ハワイ攻撃の危険高し」と伝えれた途端にハリケーンが襲来した。米海軍はおろか米国全体に日本を列強と認めずに東亜の小国と見る。日米決戦も面白みに欠けるアメリカンにもならないジョークと失笑に付された。
「どうなっても知りませんよ」
「私が責任を取る」
米国軍人の中で日本軍を最も正確に評価して分析する者はジョセフ・ジョン・ロシュフォート少佐のただ一人である。米海軍情報部暗号解読班が超特急で仕上げた緊急報告書は懸念された通りを辿った。暗号解読の秀才が上げて来た以上は途中で握り潰されることはない。しかし、ウィリアム・パイ中将を筆頭に「日本海軍が太平洋を越えて来るなんて馬鹿馬鹿しい」と言われ、ノックス長官やキング作戦部長に届く頃には「暗号解読班は激務で疲弊している。これは彼らなりのSOSなんだ」とあらぬ方向へ曲解された。日米開戦が事実となった際にアイスクリーム製造機とコーヒーメーカーが過労で倒れたことは言うまでもない。
~同時刻~
日本から遠く離れた先の何もない太平洋上を軽巡1隻と駆逐艦4隻が航行した。
彼女たちはどこへ行こうとしている。
「12月8日遍路参レ…です」
「賽は投げられました。日米開戦は避けられない」
「第二水雷戦隊の覚悟はとうに決まった。ミッドウェーへ馳せ参じようじゃないか」
日本海軍の最強戦力に数えられる第二水雷戦隊は若干の不服を抱えながらも一路とミッドウェー島を目指した。日本が東亜連邦を代表して英米を主幹とする欧米諸国に挑むことは決まっている。日米開戦が決まってからでは色々と遅かった。御前会議が開かれる数日前に母港を発すると、開戦予定日に調整するために速力を落として燃料を節約し、トラック泊地から来た給油艦から補給を受け、遂に本土から「日米開戦は12月8日に決まった。ミッドウェー島を砲撃せよ」を受け取る。
第二水雷戦隊は高い技量を買われた。何よりも隠密性を重視した奇襲砲撃の陽動作戦に充当される。日本海軍が長年にわたり磨いた水雷戦を封印した。日本本土から遥か遠方のミッドウェー島を砲撃すると聞き、根っからの水雷屋は怒りを覚えるも、司令官がすんなり従うと何も言えない。
「ミッドウェー島沖合にて敵空母が訓練中の噂もあります。魚雷を一斉射分だけ持ってきたのは」
「私とて魚雷戦を捨て去ったこともない。長官に未練たらしいと言われても構わん」
(変に上層部に従わない姿勢が司令に慕う理由だ。海の男は伊達じゃないぞ)
「一番はミッドウェー島を砲撃して米海軍の注目を集めるが、夜間の2時間から3時間のみ砲撃を行い、敵艦隊を待ち伏せないで即座に退避する。この計画に変更はなかった」
二水戦の仕事は海軍の敷いた欺瞞情報に信憑性を持たせることだ。海軍旧暗号を用いた欺瞞情報を以て米海軍太平洋艦隊をハワイ近辺に縛り付ける。陸軍の南方電撃作戦を間接的に支援した。いくらなんでも英海軍東洋艦隊と米海軍太平洋艦隊を一度に相手することはできない。基地航空隊を大動員して迎撃態勢を整えても限度が存在した。まずは英海軍東洋艦隊を撃滅してから次に太平洋艦隊を撃滅しよう。
ハワイ奇襲攻撃作戦の信憑性を高めるためのミッドウェー島砲撃作戦を立てた。ミッドウェー島はハワイから程近く、米軍基地が置かれて太平洋艦隊も訓練と演習に活用し、ハワイにとって便利な別荘の扱いである。ここが砲撃されれば否が応でも注意を払わざるを得なかった。
ミッドウェー島に到達するまでは日米開戦前のため、改めて何よりも隠密性が求められる。これが暴露されれば忽ち非合法的な行為とみなされた。日米決戦の緒戦は僅かでも有利に進めたい。日米交渉の真っ只中でハルノートが提示される前に出撃した。厳重な無線封止の中でクネクネと不規則な運動を繰り返す。
「敵さんは何をしているんでしょうね。アメリカ人のことです。パーティーでも開いているんじゃ」
「あぁ違いない」
「敵を侮るな。アメリカは超大国と君臨しているだけの底力を有した。魚雷も重荷ならば投棄せよ」
(お上は消極的だ何だと言うが尤もな合理的である。これが水雷屋のあるべき姿なのかもしれない。私はどこへでも田中司令の行く所へついていこう)
二水戦を率いるは田中頼三少将だった。彼は生粋の駆逐艦乗りで順当に水雷屋を歩んだが、日本海軍が理想とする勇壮さは何処にもないどころか、上層部に噛み付いて煙たがられる。今回のミッドウェー島砲撃作戦も「田中を一時的に遠ざけた」と言われた。米軍に一切発見されずないことを絶対条件に据える。友軍の支援も一切ない下で敵地ど真ん中に突入した。あまりにも理不尽を極めている。本作戦を成功させられる艦隊は第二水雷戦隊と田中頼三少将のみと断言した。
田中頼三少将はミッドウェー島砲撃に一撃離脱を採用する。深夜に砲撃を短時間のみ行った後は立つ鳥跡を濁さずだった。水雷戦隊の誉れと魚雷は携行するが一斉射分しか持たず、魚雷発射管に込めた分を吐き出した瞬間に弾切れとなる。仮にミッドウェー島近海に有力な敵艦隊がいる場合は砲撃時間を短縮することがあり得た。実際に諜報員の報告では「敵空母複数がミッドウェー島で訓練中」とある。もし好機を掴んだ場合は猛然と襲い掛かった。
「奇襲砲撃が成功した時は暗号は?」
「トラトラトラです」
続く
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