第33話 ブリキの玩具と言わせるか
日本陸軍はドイツと並んで機甲部隊の集中運用を先駆けた。ドイツ陸軍はアルデンヌの森突破と称したマジノ線大迂回からドイツ機甲部隊の勇名を轟かせる。それはユーラシア大陸を横断した先に東亜まで届いた。石原莞爾陸軍大臣の剛腕によって急速な拡充を目指す。
ドゥン!
今までとは比較にならない音と共に徹甲弾が放たれた。
徹甲弾は500m先の装甲板を貫徹する。
これに拍手を送らねば無礼と断じた。
「見事な腕前である。一式七糎半戦車砲は五十七粍戦車砲と比べられない」
「元が旧式化した高射砲とはいえ、高空の敵機に打撃を与える以上は初速に優れ、かのドイツ陸軍も高射砲を対戦車砲にしたと聞きます」
「ホイの砲塔に収まるのか?」
「全く問題ありません。ホイの砲塔は予てから長砲身の75mm砲に換装することを想定しました」
「チヘの生産を前倒しせよ。同時にホイの主砲を十糎榴弾砲に変えた支援戦車を開発せよ」
(このお方は直ぐに無理難題を仰られる)
私は史実においてブリキの玩具と呼ばれた機甲部隊がドイツ陸軍やソ連陸軍に負けない精強になる様子を眺めている。もう感涙が零れそうだが必死に堪えた。戦車や自走砲は歩兵の友で歩兵支援思想は否定しない。時代は移り変わるものだ。これに遅れることは負けを意味して怠ることは許されない。歩兵支援はそのままに継続しつつ対戦車も意識した新式戦車を拵えた。
我々の主力戦車は九七式中戦車チハ改と九五式軽戦車改、九八式軽戦車である。彼らは47mm戦車砲か57mm戦車砲を装備した。当時としては一般的な打撃力を有して徹甲弾による対戦車戦闘と榴弾による対地・対人戦闘を両立する。これから戦車は驚異的な恐竜的な進化を開始した。進化の流れに大きく遅れたことがブリキの玩具と化す一番の要因である。もちろん、航空機と艦船の優先は十分に理解して本世では中華民国の協力を得ることで航空機も艦船も車両も全ての充実化を図った。
「チヘはチハと大部分を共通化している。今すぐにでも始められる」
「わかりました。直ちに手配させます」
「私が無茶苦茶を言うと思っているだろうが、東亜の真なる独立を勝ち取るため、欧米の数十倍の努力が求められる」
九七式中戦車改に満足しない。新式中戦車たる一式中戦車チヘを希望した。本格的な対戦車戦闘と歩兵支援戦闘を兼ねる。主砲は今後を踏まえて75mm戦車砲の長砲身を掲げた。元々は中華民国を経由してドイツから輸入したクルップ社製75mm高射砲とされる。高射砲は高高度を飛行する敵機を砲撃するために長砲身から高初速が放たれた。徹甲弾を使用した際の貫徹力は必然的に高くなる。ドイツ陸軍は88mm高射砲を対戦車戦闘の切り札に据えた。アハト・アハトの最強伝説を作り上げる。
75mmという大口径戦車砲を砲塔に収めることは意外と難しいが、既に短砲身ながら75mm山砲を装備した砲戦車ホイがおり、ホイの砲塔に小改良を加えて新式中戦車に与えた。これはドイツ陸軍四号戦車と奇しくも共通している。石原莞爾の先見の明があった。仮に疑義を呈した場合は連行される。長砲身から撃ち出される徹甲弾も徹甲榴弾から仮帽と被帽を付けた試作品に移行した。貫徹力は非常に優秀で500mの距離で90mmの装甲板を食い破る。なんと強力な戦車砲なのかと感嘆するが代償も大きかった。
「この大砲を連続して撃ち出すことは難しいです。自動装填装置ないし半自動装填装置の完成が望まれます」
「戦艦の主砲とは勝手が違う。いくら大型化したと雖も収めることは至難だ。もう暫くは精強な戦車兵に耐えてもらうしか」
「57mm戦車砲で良かったのでは?」
「それはあり得ない。ドイツ陸軍もソ連陸軍も75mm級の戦車砲を備えた戦車を大量投入してくるはずだ。それ故に予備案に突撃砲を作ったが想像以上の出来で驚いている。実際はどうなんだ?」
「すこぶる快調でこれ以外に乗りたくありません。大口径の主砲に分厚い装甲、速い足の全てが揃っています。砲を向けられる範囲が限定されることはご愛嬌と受け入れました」
「これがチヘの半分で生産できます」
「主力は突撃砲に移っても、いや、そうもいかない」
新式中戦車が失敗せずとも大幅に遅延することを見越す。私は従前からドイツ陸軍の三号突撃砲倣った和製突撃砲を志向した。九七式中戦車と九五式軽戦車の車体を流用した試作品を作らせる。それぞれが優秀な性能を発揮して制式採用を掴み取った。三号突撃砲はティーガーやパンターに隠れがちだが、私はドイツ陸軍最強の戦車と言って差し支えないと考え、日本の貧乏にとって救世主たる戦車と認識している。ちなみに、突撃砲は戦車に非ずと言われようが、広義の戦車に拡大解釈しているため、異論は一切認めなかった。
「チハの流用品は15cm榴弾砲をケニの流用品は12cm榴弾砲を装備しました。こいつの一撃は洒落になりませんよ」
「閣下の懸念される対戦車も榴弾の一撃で破壊できます。徹甲弾が食い破らずとも榴弾の大威力が全てを破壊しましょう」
「一応は特殊効果を活用した対戦車用の榴弾を開発している。それが完成すれば榴弾に頼ることなく」
「大変期待しております」
何よりも安価で大量に作れることを重視してチハとケニの車体を流用する。最前線まで出張って敵陣に榴弾を叩き込む思想を宿した。小さな車体に不釣り合いな大口径の主砲を装備する。明治期に製造された旧式砲なのが驚きだ。明治期の大砲でも威力は十分である。射程距離の短さは突撃砲の運用が埋めた。主に三八式15cm榴弾砲と三八式12cm榴弾砲が与えられる。旧式化した大砲の有効活用と余剰品を消化してコスト削減を図った。15cmも12cmも大口径に該当し榴弾が破滅の一撃を与える。
榴弾に頼り切ることも危険と見た。陸軍研究所はモンロー・ノイマン効果による対戦車榴弾を研究している。対戦車榴弾は大口径の榴弾砲と相性が良いのだ。科学の力を使うことで遠距離でも最大の貫徹力を発揮できる。仮想敵国の英米が重装甲の戦車を投入した際は出迎えた。
「狭くはないか?」
「住めば都ってもんです。狭いと言えば狭いです。我々の小柄な肉体には十分」
「装甲を厚くすれば居住性が損なわれます」
「大丈夫です。突撃砲乗りは敵を榴弾で吹っ飛ばすことで悩みが吹っ飛びます」
「諸君らが長期間の戦闘に耐えられる。そんな戦車を作るために居住性は捨て置けなかった。私も実際に乗ってみて考えたい」
「か、かしこまりました」
石原莞爾はチヘと突撃砲に御自ら乗り込んで体感しようという。戦車兵達は感涙を強いられて兵器試験場が異様な雰囲気に包まれる中でエンジン音は轟き回った。エンジンは整備性と量産性を重視した統制型ディーゼルと統制型ガソリンの二種を併用する。現在は統制型ディーゼルを主流にしたが、九七式前期型や九八式軽戦車は統制型ガソリンを採り、ディーゼルとガソリンが混在する芳しくない状況が続いた。
ガソリンエンジンは大出力を発揮し易く航空機用を流用できる利点がある。ディーゼルエンジンは燃え難くて生存性が比較的に高い上に低燃費という利点を譲らなかった。ガソリンとディーゼルに甲乙つけることは難しい。大出力で低燃費なディーゼルエンジンが完成すればよいと言うが、とても間に合いそうにないため、暫くの間は併存を採らざるを得なかった。
「良い装甲だ。しっかりと焼き入れが施されている」
「チヘは50mmの装甲を纏って突撃砲は70mmの装甲を押し立てる。57mm砲を持って来ても絶対に破れません。英軍のマレー要塞なんぞチヘと突撃砲が1日で突破してみせる」
「その意気や良しだ。ただし、機甲部隊が突入する前に重砲が猛砲撃を与える。爆撃機が大量の爆弾を降らす。諸君らの突入前の下準備を整えた。いの一番に行けばよいこともない」
「はい。わかっています」
チヘは砲塔と車体の正面に最大50mmの装甲を纏い、当時では一般的な厚さで遠距離から47mm速射砲を打ち込まれても耐え、十分と思われようがイギリス陸軍の歩兵戦車は更に分厚い。イギリス陸軍は重装甲のマチルダⅡ歩兵戦車を擁した。現在進行形のアフリカの戦いにおいてドイツ機甲部隊を苦しめる。砂漠の女王と君臨したがアハト・アハトの前に敗れ去ることは有名だった。
突撃砲は正面に70mmの装甲を張り敵陣から撃ちこまれる砲弾を悉く弾き返す。砲塔など重量物を持たず、古典的な固定戦闘室のために重装甲を施すことは容易と言わんばかり、しっかりと焼き入れを行った70mmの装甲を張り上げた。過酷な最前線の突撃戦に耐え抜ぬこと間違いない。
「なんだ?」
「また航空隊のアホが無断で飛行しています。石原閣下が来たときは」
「それぐらい認めようではないか」
チヘを見下ろすように双発機が編隊飛行を行った。
見事なもので戦車兵も感嘆の声を漏らす。
「重戦闘機三兄弟だな」
続く
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