第34話 老齢戦艦を戦闘空母に
山本五十六連合艦隊司令長官は開戦前の総仕上げと現地視察を欠かさない。自らの目で見なければ、自らの耳で聞かなければ、とても安心することができなかった。米内内閣は日米決戦の要綱を纏め上げる。今度の12月の御前会議で正式決定を予定した。
「なんと不格好な戦艦になってしまった。これが海軍の望んだことであるのか」
「砲術長は毎時毎秒あんな感じなので無視がよろしいかと…」
「満州型海防戦艦と甲型強襲艦の建造は扶桑型と伊勢型を戦闘空母に改造する布石でありましたか。流石は長谷川大将と堀大将です」
(長谷川清大将と堀悌吉大将の発案と言う。本当は陸軍の石原莞爾が提案してきた。どうせ使わない老齢戦艦を活かすためにか。本当に気に食わない奴だが誰よりも国益ひいては東亜の利益を考えている)
「扶桑型と伊勢型から取り外された主砲と副砲は要塞砲、沿岸砲などに再利用しました。戦艦の主砲と副砲が数十も出れば引く手あまたです」
山本長官の視察に関係者は体の良い言葉をスラスラと淀みなく並べる。山本長官本人はツタンカーメンの黄金仮面を被っているのか真顔を崩さず、破顔一笑されては視察の意味を為さないが、山本長官が眺める先にある3隻の戦艦は一様に不格好だ。いかに航空主兵論者の筆頭格でも老齢戦艦の大変貌に複雑な感情を抱く。日本海軍は大艦巨砲から航空主兵に大転換を果たしたと雖も老齢から新参まで戦艦は切り捨てていなかった。
金剛型戦艦は巡洋戦艦の機動力から空母機動部隊の随伴に最適と言われ、金剛型姉妹は大規模改装で30ノットまで速力を引き揚げるだけで終わらない。数度の小規模な改装を受けて高角砲と高角機銃を増設した。日本海軍の最強戦力たる第一機動部隊随伴に抜擢する。
長門型戦艦は日本海軍の華を務めた。機動部隊随伴に速力不足を呈される。金剛型同様に大規模改装を受けて主機関を大和型並みの大出力に換装した。これで最速30ノットまで引き上げている。主機関換装と同時に生じた重心位置などの問題は日本海軍の叡智を結集と解決した。
扶桑型と伊勢型の戦艦はどうなったのだろう?
「扶桑型戦闘空母および伊勢型戦闘空母は簡易空母と組んでもらう。陸軍と陸戦隊の強襲上陸作戦を支援した。君達は貴重な戦力と胸を張れ」
「勿体無きお言葉です。それでは飛行甲板をご案内します」
「扶桑所属の航空隊が待っておりますので」
(36cm連装砲4門を前部に集中配置しているから威勢の良いことだが、後部は平坦な飛行甲板に高角砲と高角機銃を満載した。満州型海防戦艦は均等の取れた姿だが、扶桑型と伊勢型は不釣り合い)
「海風をモロに受けます。どうか、ご容赦ください」
扶桑型と伊勢型を大きく四姉妹に括ることができた。扶桑型の欠陥を改善して伊勢型が建造されたという。彼女たちは満州型海防戦艦を倣い主砲の前部集中配置と後部甲板を平坦に均した格好をしており、彼女たちの36cm砲(14インチ砲)12門は過去の誉と消えてしまった。
扶桑型姉妹の第一煙突と第二煙突が挟む中央部の三番主砲は除去された代わり、10cmと8cmの連装と単装の高角砲、37mmから13mmまで高角機銃を大量に積んでいる。第二煙突より後方の四番から六番まで主砲は撤去されると平坦と変わり、案の定、空いた箇所に高角砲と高角機銃を拵えた。伊勢型姉妹は扶桑型と配置が異なる都合で若干の違いが見受けられる。第二艦橋は第一艦橋に統合されて煙突より後方の三番から六番まで主砲は取り払われた。艦の中央から後方に残るは平坦な甲板でしかない。
「楽にして構わない。忠告通りで海風がよく入って来る。君達が射出機で飛び立つ時は大変だな」
「襲撃機は多少の無茶を犯しても発艦できます。我らは出撃を命じられれば直ちに敵地へ赴くことを絶対に掲げます。敵艦に突っ込むことも厭いません」
「体当たり攻撃は認めない。士気は旺盛で結構なことだ。君達は簡易空母と協同して地上部隊を支援する。一度発艦すれば簡易空母か飛行場に降りるしかない。それでも戦ってくれるかね」
「長官は艦上襲撃機の性能と我らの技量をご存知ありませんか?」
「ほう。なんの話だ」
「我らは失速限界までエンジンを絞ることで着艦できます。扶桑型と伊勢型はVの字型をした飛行甲板を有しました。片方は発艦用にもう片方を着艦用に用いる」
「私はVの字型の飛行甲板により一度に二機発艦させられると認識した。どうやら、違うらしい」
「申し訳ありません。美濃部隊長がどうしてもやると言って忠告を聞きませんでした。私の独断で着艦試験を強行させています。彼らが見事に成功させたので秘密裏に進め…」
「角田君が認めたなら私も追認するしかあるまい。このことは聞かなかったことにする。戦闘空母は元より発艦と着艦が可能だった。私の認識は間違っていないな?」
「はい。寸分も間違っておりません」
扶桑型と伊勢型の後部が平坦だと散々言ってきた。視点は左右の横方向からである。四姉妹を上空から眺めるとV字型の甲板が視界に入って来た。それは紛れもなく艦載機が発艦しては着艦する飛行甲板である。扶桑型戦艦と伊勢型戦艦は史実を先取りするように航空戦艦こと戦闘空母に大変貌を遂げた。海軍なりに老齢戦艦を一線級の戦力とするべく、苦心した末に戦艦と空母の複合が産声を上げる。
扶桑型と伊勢型を全通式甲板を備えた本格的な空母に改造する案も存在した。赤城と加賀の成功例から造作もないと思われる。日米決戦は間もなくまで迫った。船舶の建造と航空機の大量生産、地上兵器の増産が積み重なる。本土の造船所を長期間も占有することは好ましくなく、中華民国の造船所に委託することもできたが、消費する資材と工期の長さ、人員の確保など総合的に勘案して、航空戦艦案(戦闘空母案)を採用するに至った。
真相は出来レースの八百長なのが嫌な話を極める。これと似た艦船に中華民国海軍の満州型海防戦艦を挙げられた。まるで扶桑型と伊勢型を大改造する前にテストしたようである。満州型は後部甲板を多目的のスペースに定めたが、彼女は重心位置による安定性など多角的に調べ上げ、貴重なデータを大本命の四姉妹に提供した。V字型の飛行甲板は当初の計画に存在しない。誰かが天啓を得てブレイクスルーと爆誕した。
「九九式襲撃機を原型に持ちます。陸軍機を褒めるのは憚られますが下手な艦爆と艦攻よりも…」
「そもそもの思想が異なる。その評価は間違っていない」
「石原大臣が乗り気で大変ありがたく、九八式直協も悪くありませんが、防弾の充実で襲撃機が勝りました」
「大いに期待している」
扶桑型と伊勢型の戦闘空母は最大30機まで艦載機を運用できる。戦闘空母専用に製造された九九式襲撃機を搭載した。陸軍機を使うとは何事かと言われることはない。九九式襲撃機は戦闘空母の艦載機に丁度良いどころかピッタリと当て嵌まった。第一に戦闘空母を大決戦の主力に据えていない。主に上陸作戦における航空支援に充当して地味な役回りが与えられた。それ故に本格的な艦上爆撃機や艦上攻撃機は不要である。
戦闘空母の名前こそ勇猛だが艦載機の運用に何かと制約があった。戦闘空母の艦載機は必然的に扱い易さを重視せざるを得ない。海軍の艦載機に適当な物が見つからなかった。陸軍から九九式襲撃機と九八式直接協同偵察機を供与してもらい、昼間の発艦と着艦、敵地上空を想定した襲撃訓練、夜間発艦訓練を繰り返して選抜を進める。最終的に操縦性と安定性の良さ、蛮用に耐える頑丈性、整備が簡単の利点から九九式襲撃を採択した。これに着艦フックを追加したり、無線帰投方位測定器を設けたり、主翼を一定程度折り畳める機構を与えたり等々で陸軍仕様と全くの別物が製造される。
「美濃部隊長」
「はい」
「君はどこまで飛べるかね」
「私は米本土まで行きましょう。長官が仰らなくともシアトルからロサンゼルスまで何処へでも飛んでいきます」
「いつか君に米本土爆撃を命じるかもしれないな」
誰もが冗談と受け止めたが山本長官と美濃部隊長は本気だ。
いつか戦闘空母が米本土に迫ることがあらんことを。
続く
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