第21話 満州造船所の栄華

「よく見ておけ。あれが東亜の希望の軍艦だぞ。俺たちは世界最強の海軍を作っている」


 満州における大連は重工業の中でも造船業に栄えた。


 日本資本は中華の豊かな石炭や石油、鉄などの資源を糧に工業化を推進する。誰かが「満州は日本の生命線」と言った。あながち間違っていない。満州と海を挟んで接する日本は伝統的に海軍国家だった。全国各地に海軍の工廠と民間の造船所が乱立するが日本の国土は狭くて堪らない。


「あれは?」


「大きな軍艦だから戦艦かなぁ。詳しいことはわからん」


「いつか、あんな軍艦に乗って…」


「そうだな。それが平和な時だったら尚更良い」


 満州沿岸部に大規模な造船所を建設した。日本本土から機能を移設したのが満州造船所である。大連を筆頭と各地に造船所など工場が設置された。主に日本海軍の軍艦の建造から整備まで広く受け入れる。日本本土の船渠に空きと余裕を設けた。


「香箱が隠しちゃった」


「仕方ない。世の中には知っちゃいけないことがある」

(戦争が近づいてきている。坊主が巻き込まれないように働かないとな)


「お城のような軍艦はつくってないの?」


「うっ。そうだなぁ」


 現地市民の大半が満州造船所とその関連で働いて生計を立てる。満州造船所の一帯だけで生活が完結していた。日中両国の機密保持が働いて警備は厳重な反面と、何不自由のない生活を送ることができるため、ここで労働と生活を希望する者が絶えない。


 この好循環によって際限なく拡張は続けられた。


 市民の目に晒されるは駆逐艦や海防艦、輸送船、民間商船である。面白味に欠けることは言うまでもなかった。戦艦や巡洋艦、空母といった栄えある軍艦は徹底的に秘匿される。海からの視線はいかにも不格好な輸送船が列を為した。まるでお香を保管する箱の形状から「香箱」の愛称で親しまれている。


 大人達は戦争の準備が着々と整いつつあることを理解した。各国が見栄っ張りの建造を行う方が比較的に平和だろう。この時期に不格好な輸送船や商船が大量に建造される事実を証拠に据えた。最前線へ将兵と火砲、弾薬、食料を運搬する船が大量なのだから。


「お! 今日は運が良いな! 英雄が来たぞ!」


「きた! 満州だ!」


「お父さんが作ったんだぞ。満州型海防戦艦よ。なんとも勇ましいなぁ」


「すごい!」


 親子が見つめる先に1隻の軍艦が迎えの舟艇に誘導された。海軍の艦らしく海軍旗を掲げているが、最上部には日中を基幹とする東亜連邦の象徴たる旗があり、大日本帝国が一方的に支配するのではない。東亜の同志は手を取り合って卑劣な欧米に対抗することを宣言した。艦上の兵士たちは市民の大歓迎に敬礼を以て返答とする。いかに心温まる光景でも仕事中は規律を乱してはならず、海軍の兵隊らしく寸分の狂いもない敬礼を見せるが、市民は一層の歓声をあげることで敬意を示した。


「こういう日があっても悪くない」


「いやぁ、すみませんね。日本から送ってくれるだけじゃない。艦橋という一等席に置いてくれる」


「満州型海防戦艦一番艦である本艦の建造から新鋭戦艦まで携わった。恩人を無碍に扱えましょうか」


「今までの冷遇が嘘のようだ。艦隊派がいなくなって空気が澄みましたね」


「そうかもしれません」


 艦橋から眺める大連の造船施設、多種多様な艦船、出迎えの市民を纏めて壮観の感想を得る。本艦は大連で小規模な改装を受けるために大分県の大神海軍基地を出港した。長崎に寄港して造船技師の士官を拾った上で大連に到着する。本艦の兵士は一部を除いて改装を受けている期間は長期休暇に等しかった。海軍に密接と関連した造船都市ゆえに兵士向けの娯楽は充実している。訓練で疲弊した心身を癒そうと街に繰り出した。


 本艦が大歓迎を受けることは至極当然と言えば当然である。満州型海防戦艦一番艦の『満州』が帰還した。彼女は中華民国海軍の近代的で国産と建造された。記念切手が発行された程に満州市民の認知度は非常に高い。


「あの輸送船を超えれば…驚く物が見られますよ」


「我々を驚かせられる物は大和でも持ってこないと」


「空母ぉ!?」


「まさか! 大連で空母を作っていたのか!」


「しかも、あれは龍驤型!」


 艦橋はドッと沸いた。


「不正解。あれは陸軍特殊船の甲型強襲艦です」


「噂の強襲艦は随分と龍驤に似ている」


「全通式飛行甲板を設けるために手身近な龍驤の図面を流用しました。神州丸の限定的な飛行甲板でも大活躍した。全通式にしない事があろうか。このように言われまして」


「艦載機はどうする?」


「陸軍機を艦載仕様にして使うと聞いています。私は艦を作るだけなので航空機には疎くあり」


「これは失礼した。お互いのために余計な詮索は止めておこう」


 日本から出張してきた造船技師は複雑な表情である。その内心は満州の爆発的な発展に一人の男の影を認めていた。必ずしも誇らしげに思えないので苦々しい。海軍の人間が陸軍の人間に操られることは屈辱感を覚えたが、意外と悪くない絶妙な塩梅なので複雑が加速するわけだ。


(全ては石原莞爾の手のひらの上なのか。強襲艦だけじゃない。丙型輸送船も石原莞爾の立案だった。海軍は陸軍に利用されているかもしれないが、国策を遂行して東亜に真なる独立をもたらすため、文句を言う間もなく働かねばなるまい)


 今日は大連でゆっくりと休みたいところだが息をつく暇もない。本国は欧州にて二度目の世界大戦が勃発してから戦争準備を分かり易く加速させた。国策遂行計画に基づいて作らねばならない艦が多い上に既存の艦艇の改装が追加される。従来の建造計画が大幅に修正されたこともあった。もうもう多忙が可愛く思える程に忙しい。


「大連で缶詰の中の魚になるか」


 ポツリと漏らした一言が全てを表した。


 大連の大地に上陸すると迎えの者に誘われた。現地担当者と現状の確認とこれからの計画のすり合わせを予定する。日本海軍の造船技師だからと言ってもだ。単に図面を引いているだけと思われては堪ったもんじゃない。海軍の栄えある士官として24時間365日態勢で粉骨砕身と普通は倒れそうな仕事も世界最高峰の軍艦を作るという使命が気力を生んだ。


「丙型輸送船はどうにかなりませんか。不格好ったら、ありゃしない」


「丙型輸送船は徹底的に簡素を突き詰めている。速力を筆頭に性能を犠牲に払ってまで短期間で大量に揃えることを重視した。見た目は二の次どころか五の次になる」


「ただの箱じゃないか。香箱と呼ばれるだけマシと」


「甲型を軽空母に仕立て上げたことを褒めてもらいたい。あれで8隻目だからな」


「大連では?」


「2隻目だ」


 大連は日本から官民を問わず優秀な技術者を招聘している。ここに近代的な造船能力を磨き上げた。最初は簡素を随所に施された難易度の低い物に始まる。具体的には、和製リバティ船や丙型輸送船(戦時標準型輸送艦)を挙げた。日本出身の指導者はもちろん現地の工員も熟練度を増す。それに伴い段々と難易度を上げていった。最近は新ドックの軍艦建造と並行して艦隊随伴の高速油槽船である改川崎型を建造中である。


「許さんには悪い。あまりに遅過ぎた。大連の総力を挙げてもらう。1年で作れるように…」


「無茶を仰られる。満州の改装と乙型の建造、潜水艦の建造が積み重なった。川崎型輸送船も追加された」


「足りぬは足りぬ」


「それは言わせない。こうなったら人員を大投入してやる。お前も道連れだからな」


「元より缶詰になる覚悟はできている」


「中国の伝統的な人員の大量投入を披露しよう」


 満州造船所の栄華は何てことはなかった。


 人海戦術による。


続く

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