第16話 ノモンハン事変の転換点3『新小銃の登場』
「気の毒だよ。こんな無謀な突撃をさせられた先に重機と軽機、新小銃が待ち構えているんだから」
日ソの衝突は広大な大地で行われているにもかかわらず、フイ高地を巡る戦いは例外的に近接戦が占めており、歩兵同士の戦いは苛烈を極めることになった。ソ連軍は相も変わらず圧倒的な物量に裏打ちされた火力をぶつけてから歩兵を突っ込ませる。日本軍は巧妙に配置されたトーチカや障害物を駆使してソ連軍の支援攻撃を無力化し歩兵同士の接近戦に持ち込んだ。
歩兵同士の接近戦は日本軍に有利と判明する。日本兵は小柄で非力ながら頭脳を働かせた。本来の地形と人工の建造物に潜伏して待ち構える。敵兵が接近した途端に重機関銃と軽機関銃が火を噴いた。辛うじて、機関銃の掃射を掻い潜った先に小銃の連射が襲い掛かる。
ソ連軍の主力小銃はモシン・ナガンの発展型が務めた。中国国共内戦において共産党ゲリラが使用したことで優秀な性能は嫌ほど思い知らされている。ソ連兵は「ypaa!」と叫びながらモシン・ナガン両手に抱えながら駆けまわった。
「いいじゃないか。これこそ救国の新小銃だ」
「そうだ。天皇陛下より新小銃を賜った精鋭部隊である。味方の救援も間もなく到着するはずだ。ここは死守するのみ!」
「何度来たって同じこと。空から銃弾が降って来るんです。いつまでも抵抗を続けてやりましょう。手榴弾もあります」
日本軍の主力小銃も旧来の三八式歩兵銃が続投するが、いくら優秀でも各国の主力小銃と比較して火力の不足が否めず、機関銃と弾薬規格に相違が生じて融通が利かない。したがって、早期から新しい小銃の研究と開発が進められ、遂に三八式歩兵銃を置き換える新小銃が登場した。
「九九式自動小銃。大いに気に入ったぞ」
「その叫び声が居場所を教えているものを…」
銃声が小気味よく聞こえた後にソ連兵がもんどりうって倒れる。彼らの勇ましさを象徴する大声は居場所を伝えることに繋がった。日本兵が息を潜めて冷静に撃ち抜いた姿と対照的だろう。日本兵は職人気質で狙撃を好むと言われた。フイ高地の戦いで狙撃は甘ったれの発想と切り捨てられる。本格的な武力衝突より認識を改めた。パラパラと銃弾を贅沢に吐き出している。もちろん、丁寧に狙撃すべき時は1発を大事にした。
「臼砲から放たれた! 全員伏せろぉ!」
「ったく! 噴進砲兵は加減を知らん!」
「一緒に吹き飛ばす気か」
敵兵が目の前まで肉迫している中で過剰な一撃が放り込まれる。視力に優れる者が飛翔する大口径の砲弾を視認した。周囲の仲間へ備えを呼びかける。フイ高地に配備された九八式臼砲は戦艦の主砲に匹敵した。その着弾に備えて全員が地に突っ伏す。哀れなソ連兵は最期まで知ることなく数秒後に意識は永遠に途絶えた。
さて、本題に入ろうか。
日本兵が握りしめる小銃は最新の九九式(半)自動小銃とした。三八式歩兵銃という古臭いボルトアクション式ライフルから脱却し、九六式と九九式の軽機関銃、九二式と九七式の重機関銃と弾薬規格を合わせている。ブリティッシュ.303を原型にする7.7mm弾に変更して各国主流の小銃と火力の差を埋めることもできた。
しかし、九九式小銃の最たるはセミオートマチックこと半自動でしかない。ボルトアクションは1発ずつ手動の装填が必要という弱点を抱えた。近代戦の火力集中に向かないことは明白である。日本陸軍も世界のトレンドに遅れまいと半自動小銃の研究を進めていた。三八式歩兵銃の完成度が高すぎたり、半自動小銃は弾薬の消費量が著しかったり、日本人の体格的に制御が難しかったり、等々が指摘される。本格的な導入に至らなかった。
これに石原莞爾が真正面から異を唱える。
「手榴弾を擲弾器で投げます!」
「伏せたままでいろ!」
「あぁ! ちくしょう!」
「飯木! やられたか!」
「左肩を持ってかれた。ロスケめぇ! 手榴弾を食らいやがれぇ!」
「今行く! 下手に動くじゃない!」
阿鼻叫喚の中でも自動小銃は働き続けた。
石原莞爾は北伐における共産ゲリラとの戦闘から学びを得る。長距離の射撃戦は起こり辛いと理解した。対米戦を睨んだ島嶼部の地上戦も中距離から近距離の射撃戦と予想すると、彼は「三八式歩兵銃は逐一のボルトアクションや長大な銃身など使い勝手は芳しくない。従来から銃身を切り詰めた半自動小銃を以て打ち負かすべし」と断じる。本国の陸軍工廠と東京瓦斯電気工業に働きかけて半ば強引に関東軍限定装備として半自動小銃の開発を命じた。
かくして、試製自動小銃の甲作と乙作の二種類が作成される。
前者は小倉工廠がアメリカのピターセン自動小銃の諸権利を購入した上で独自改良と国産化した。後者は瓦斯電がチェコのZH-29半自動小銃を中華民国経由で購入から国産化している。どちらも6.5mm弾の三八式実包を採用したが、一旦は6.5mm弾の三八式実包を用いて様々な試験を行い、7.7mm弾の九二式実包へ拡大する予定を立てた。
「敵戦車だ! まだ来やがる!」
「ロスケは数だけか!」
「味方が必ず来てくれる! 持ち場を離れて逃げることはできない!」
甲と乙は満足のいく結果を残せない。ボルトアクションの三八式歩兵銃で間に合うかと思われたが、石原莞爾が自慢の剛腕を振るって甲と乙を統合することを命じ、研究から開発を経て製造まで至る一貫を満州へ移転させた。関東軍の独断専行は軍事的な行動に限らない。
1938年に満州製の試製半自動小銃が産声をあげた。しかし、前年に九九式実包(九二式実包と互換性あり)を使用したボルトアクションの有坂小銃が登場する。新鋭の半自動小銃と旧来の有坂小銃が衝突した。満州製の半自動小銃と本土製の有坂小銃は激しい競争を繰り広げた末に半自動小銃が勝利を収める。主力小銃を巡る競争に敗れた有坂小銃は狙撃銃に転用された。最初から出来レースではなかったのかと疑われても仕方ない。
「若林! お前は飯木を抱えて後方まで下がるんだ!」
「そんな!」
「異議は認めん。俺達はここで散る。若いお前は飯木を救って名声を得るんだ。1日でも長く生きられるようにな」
「わかりました…」
「残りの弾も預けた。適度に持って行け。無理なら火炎瓶で焼き払えよ」
九九式(半)自動小銃の生産は満州を筆頭に中華民国を中心に行った。国家総動員体制を糧に本土も参加する。これを全部隊の兵士に行き渡るまで数年を見込んでいた。艦船と航空機、戦車、自動車など作らなければならない物が多すぎる。関東軍は地産地消で優先的に供給を受けられた。現地の兵士は新型小銃の受領に際して「自分達は選ばれた精鋭部隊である」と士気を高める。
九九式(半)自動小銃は7.7mm弾を5発か10発、15発の三択から選んだ。5発はクリップで込める。10発と15発は専用の箱型弾倉を下部から差し込む方式を採用した。弾薬規格を統一したおかげで機関銃手(主に軽機関銃)から融通を受けられる。兵士たちは手動装填の手間が省けたことを喜んだ。しかし、反動が強まって命中精度が下がったことに不満を抱かざるを得ない。こればかりは半自動小銃の宿命と受け入れてもらった。
「着剣!」
(ガチャガチャガチャ…)
「手榴弾を一斉に投擲! 起爆後に突撃する!」
「後は頼みます! お世話になりました!」
そんな新小銃も華々しい初登場は叶わない。
フイ高地の戦闘で目覚ましい戦果を挙げても苛烈な戦闘に埋もれた。とある小隊は若い兵士に負傷兵を任せる。自分達は頑として後退を受け入れないのだ。我が身を擲弾の挺身へ変えんと言わんばかりに銃剣を装着する。九九式手榴弾を一斉に投擲して炸裂を確認して雄叫びをあげながら躍り出た。
小銃と言うのは砂と泥と煙と火に塗れるもの。
続く
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