第15話 ノモンハン事変の転換点番外編『石原陸軍大臣の道』
ノモンハン事変が現在進行形の中でも政治は止まらない。
それどころか大きな政変が起ころうとした。
「東条はソ連と米英を討たんと二正面作戦を打ち上げた。これをどう思うか」
「まったく荒唐無稽です。馬鹿げている」
「海軍としては米内さんの意向もあって二正面作戦は是が非でも避けたい。東条英機という軍人を陸軍大臣にするわけにはいかん」
「ちょうど関東軍を率いている。石原閣下しかおりません」
満蒙国境線で勃発した武力衝突に端を発したソ蒙と日中の全面衝突の対応は日本本土に大きな影響を及ぼす。国内の政治へ嵐と吹き荒れた。陸軍と海軍の力が増しているが、クーデター未遂事件の以降は落ち着いており、内閣総理大臣に軍人上がりが収まっても愚行と暴走は見られない。
特に外交は親欧米の幣原喜重郎男爵が外務大臣を辞して尚も事実上の日本の外交トップを務めた。現在は後輩の吉田茂氏が外務大臣の看板を掲げる。その実際は幣原男爵が暗躍した。一時は強硬派の松岡洋右が台頭して傾きかけたが、天皇陛下の不評を買って流れてしまい、彼は適当なポジションで活躍してもらうがよろしい。
陸軍と海軍の間で専らの話題は次期首相に米内光政氏が収まることに置かれた。海軍大臣と陸軍大臣をどうするかという点に集中する。よって、両軍の代表は都内の小さな料亭で非公式の会談の場を設けた。海軍は条約派が艦隊派を排除している。これに対して陸軍は満州派が棚から牡丹餅から実力行使を以て皇道派を消去した。統制派に関しては取り込みを図っているが、無用な人材は冷遇するなど切り落とし、満州派は海軍以上に冷酷な方法で主権を握り込む。
「海軍は長谷川清を予備役から戻して大臣に据える。どうやら石原閣下とやらに絆されたようだ」
「人聞きの悪い事を仰られますが、長谷川清大将なら信頼できます。艦隊派の連中は協議の場を設けることすら蹴って来た」
「陸軍と海軍は協調しなければ勝てない。持ちつ持たれつの関係が丁度良いのです」
「ひと昔は考えられなかった。国際情勢はおろか国内情勢、軍の情勢も読めません」
次期首相は海軍出身の米内光政が確実視された。本人は予備役に自ら進んで入る。米内光政と交代する格好で予備役から長谷川清が復帰から海軍大臣にスライドした。長谷川以外にも堀悌吉ら嘗ての条約派が次々と復帰する。一方で艦隊派は逆賊の一種と追放された。条約派の大復活は大逆転の大逆襲である。陸軍の満州派が働きかけたと噂が流れて石原莞爾が潤滑剤と動き回ったのかもしれない。
それはさておき、陸軍側は内閣総理大臣の候補を提示したが天皇陛下に却下された。いくらなんでも、親愛なる天皇陛下のご意向に逆らうことは大逆に該当する。大人しく引き下がったかと思えば、陸軍大臣の座を巡る政治的な駆け引きが行われ、軍内は石原莞爾と東条英機に二分された。
東条一派は満州での動乱を好機と認識して売り込みを仕掛ける。これに石原莞爾が兄と慕う阿南惟幾が本人を代理し、「石原莞爾を予備役へ追いやることは負け戦を選ぶことと同義である。東条英機こそ予備役に回さん」と述べ、皇族の東久邇宮稔彦王に助力を依頼した。
「ドイツと手を組まんとする東条を下したことに感謝しよう。あんな指導者の国と手を組んでたまるものか」
「同感が湧き出るばかり」
「あのヒトラーと石原閣下を同一視する者は極刑に処したい」
(石原閣下は欧州が再び燃える時に火事場泥棒でもと考えているが)
なんと驚くべきことに海軍が石原支援に動いたのである。
海軍は東条一派の主張する日独同盟を猛烈に反対と拒絶した。ヒトラーが率いるナチスドイツと手を組むことは暴挙どころでない。海軍は一寸たりとも認める姿勢を見せなかった。しかし、艦隊派の生き残りは日独同盟を支持して意志の弱い者を揺さぶる。
陸軍満州派の思想は一貫して東亜連邦にある以上はドイツと手を組むなんて馬鹿げた。奇しくも、海軍条約派と利害が一致することになる。陸海軍の両派閥は相互に支援することで合意した。
陸軍内部の次期陸軍大臣を巡る権力闘争は続いている。海軍の支援やノモンハン事変の指揮ぶり、東条一派による不意打ちの悪評などから石原莞爾が確実視された。これから日本の行く末は海軍の米内光政と陸軍の石原莞爾が左右する。もちろん、外交の幣原喜重郎がテコ入れして軌道修正を加えた。
「石原莞爾殿が陸軍大臣になってくれないと大層困る。陸戦隊の創設と大増強に賛同してくれて装備を羽振り良く融通するだけでない。革新的な艦艇は目から鱗が落ちた」
「海軍さんから航空機用エンジンの融通や空母と潜水艦の技術提供を受けています。大変ありがたく思っている故に東条のような半端者に明け渡すわけにはいきません」
「それよりも海上護衛艦隊は順調ですか? 陸軍は海を渡れませんので」
「ありがたいことに順調も順調です。井上を初代司令官に据える方向で進んでいます。大口径迫撃砲の供与など感謝することは多岐にわたり…」
「それはよかった。石原閣下は南方の海運を守り通すことができれば負けることはないと」
このままでは東条英機をこき下ろすばかりである。せっかくの酒席がマズくなりかねないと危惧した。陸軍にも関係のある話題で通商護衛を担う海上護衛艦隊にシフトする。対米決戦要綱において南方地帯と本土・満州を結ぶ海運の確保と堅持は最上級の優先事項に設けた。
しかし、海軍内部では通商護衛を重視することは皆無に等しい。大艦巨砲主義と航空主兵主義の対立が占めた。日本は島国のため海運を軽視することがあり得てはならない。まさかの石原莞爾が提唱した世界終末戦争に関する持論が通称護衛の必要性を痛感させた。海上護衛艦隊の創設に繋がるものの海軍内部の人員整理に利用されている。何かと疎まれた井上成美が初代司令官に就任した。
陸軍にとっても通商護衛は直接的に関わる。仮に米国と全面衝突になった際は太平洋の島々を兵士から戦車、野砲、小銃は輸送船で移動した。これに魚雷か砲弾を撃ち込まれては堪らない。一定の自衛手段を講ずると雖も海軍の専門的な防衛に期待した。
「まだまだ積もる話はありましょうぞ。どうぞ、どうぞ、お飲みになって」
「今夜は長くなりますか」
「えぇ、明朝まで」
酒宴を装った非公式の協議は明朝まで続けられる。
ここで纏まった内容を基に大戦略を構築して遂行を挟み天皇陛下へ提出した。
日米開戦まで2年を切っている。
続く
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