第14話 ノモンハン事変の転換点2『重戦闘機至高論』

 ノモンハン事変の航空戦を総括するものに重戦闘機至高論を挙げよう。


「イシャクがなんだ。軽戦闘機がなんだ。重戦闘機こそ必勝の道なんだ」


「重戦闘機の優れた速度と上昇力、強力な機関砲の一撃離脱戦法に勝機あり。軽戦闘機が格闘戦でクルクルと回るのは滑稽で仕方がなかった」


 日本陸軍は九七式軽戦闘機の完成度の高さに驚いて軽戦闘機を基本に定めた。関東軍と川崎航空機は軽戦闘機の一本化に猛反対し、両者は共同して九七式重戦闘機を強引に採用して対抗すると、陸軍は低高度の軽戦闘機と中高度から高高度の重戦闘機に分けている。


 これが吉と出るか凶とであるか証明された。


 日ソ軍による航空戦は当初こそ日中軍の軽戦がI-15とI-16を圧倒する。九七式軽戦を1機撃墜することに10機のI-15又はI-16が失われ、あまりの強さに軽戦闘機至高論が優勢と思われたが、ソ連空軍はスペイン内戦を経験したベテランを惜しまず投入した。さらに、I-16が複数機による一撃離脱戦法を採用し始めると九七式軽戦は次第に劣勢へ変わる。


「空冷エンジンは大いに結構だ。しかし、液冷エンジンも悪くない。これから1000馬力を超えて1500馬力と2000馬力を目指した。空冷も液冷も強みを磨いてもらいたい」


「小口径の機銃は高速爆撃機の迎撃に無力と証明された。13.2mm機関砲を主軸として海軍さんの20mm機関砲を倣う。重爆撃機の迎撃は37mm機関砲か40mm機関砲の大口径を要する」


 九七式軽戦の苦境と真反対に九七式重戦は中高度から高高度を飛行する敵爆撃機を片っ端から撃墜した。SB高速爆撃機は自慢の高速性を活かさんと侵入を図る。日本の貧弱な戦闘機が飛べないだろうと高を括る前に大口径の機関砲に粉砕された。九七式重戦は優秀な速度性能と上昇力を遺憾なく発揮する。敵機の上空という高度的優位を確保した上で一撃離脱戦法を多用した。


 九七式軽戦が苦境に入ると直ぐに主力戦闘機の座に収まる。戦闘機同士の空戦に参加した。I-16と互角以上の戦いぶりでジワジワと航空優勢を取り戻していく。I-16に劣る機動性は急降下離脱の突っ込みの良さで補ったが、実は高速域での運動性能は悪くないどころか優秀と評価できた。最前線のベテランから本土の教官まで「若い奴を乗せられない」とこき下ろされた重戦闘機は若輩が適応してみせる。


 今日も今日とて、爆撃機狩りに精を出した。


「13.2mm機関砲が物足りないから37mm機関砲を載せてきた。わざわざ遠方から爆弾を抱えてご苦労様なこった」


「たった4機に許された改造です。爆撃機迎撃専用の機関砲をエスベーにぶつける。雑に撃つことは許されない」


「なんだぁ? せっかく興が乗って来たのに」


「いいか? 絶対に単騎で行動するな。37mm機関砲を試したいからと先走るな」


「まったく、仲が良いのか、仲が悪いのか」


 SBを狩り尽くしたかと思ったが、敵軍は直ちに機体と人員を補充したらしく、高高度を高速で突破を試みる。もう何度やっても同じと迎撃に上がった。高高度における爆撃機の迎撃はいかに少ない機会を物にするかであり、当時としては重武装の13.2mm機関砲4門に満足せず、必勝の策と称して無理矢理な改造が施されている。今回の九七式重戦4機は従来の13.2mm機関砲4門の構成に37mm機関砲1門を追加した。


「そんな豆鉄砲の弾幕は怖くないなぁ。下手くそじゃないか」


「ガタガタ言う暇があれば突っ込んでこい。37mmの弾が湿気る前に吐き出せ」


「エスベーの防護機銃は上方に1門のみ。一緒に突っ込むんだからな」


「お前も遅れるんじゃないぞ」


 航空無線が浸透している。各機の連携力向上に繋がると同時に各員の関係性も変化した。従来は風防のガラス越しにハンドサインで意思疎通を図る。お互いに視認できる環境でなければならず熟練者同士以外に円滑は期待できなかった。航空無線のおかげで経験を問わない。視認の範囲外に外れても一定の意思疎通ができた。空戦の歴史に革命をもたらす。


 4機の重戦は2機で2組に分かれた。一方は緩い降下からSBに突っ込む動きを見せる。もう一方はいつでも救援に入れるように待機した。ソ連空軍は対独戦において嫌になるほど見せられる。


「なんのこれしき!」


「7.7mm弾に耐えられる。軽戦に無い利点だ」


「そのまま下に潜り込め。俺たちが続く」


 SBは防護機銃に7.62mmShKAS機関銃を機首2門と上方1門、下方1門の計4門を装備した。各国の戦闘機と爆撃機は7.62mmか7.7mm、7.92mmと口径は誤差範囲で収まる。その中でもShKASは射撃速度に優れていた。I-15とI-16も当たり前に装備する。射撃速度の高さから数秒の間で形成する弾幕は凄まじい。爆撃機は弾幕を形成して接近に備えるため丁度良い機関銃だった。とはいえ、結局は機銃手の技量に左右されて人間の肉眼にも限界が存在する。自機に高速で突っ込んでくる重戦の対応は困難を極めた。


「たんと貰いやぁぁ!」


「初弾から当てるつもりか」


「もっと弾道が素直だったら、爆撃機必殺になるんだがなぁ」


「こいつのションベンは20mmの比じゃありません。20mmをタップリと積んだ方が良いかも」


「何を言うんですか。ああやって余裕綽々を纏った爆撃機の主翼をへし折るのが最高でさぁ」


 九七式重戦が通過した後のSBは右翼をぽっきりと折られる。クルクルと地表の草原へ落下していった。13.2mm機関砲の一連射にしては威力が過ぎる。主翼をへし折った下手人は機首のエンジン部分に設けられた37mm機関砲だ。炸薬の詰まった榴弾(炸裂弾)が無理矢理を貫き通す。


 本機は現地改造の一環としてエンジンに大口径機関砲を備えた。いわゆるモーターカノンである。主翼に大口径の機関砲を装備し辛かったり、機首に機銃を置くとプロペラを射貫したり、等々の事情からエンジン部分に置く発想が生まれた。フランスが考案すると瞬く間に欧州に広がるが不良が多発する。


 現地改造の一環で正式な機体に含まないことに留意が求められる。満州飛行機の技術者が私的に研究していた物を持ち込んだ。ソ連空軍の高速爆撃機を撃墜する機会は少ない。一つの機会で確実に撃墜できる秘策を求めていた。その頃にモーターカノンを知る。モーターカノンと相性の良い大口径の機関砲として襲撃機や軽爆撃機が使用する37mm機関砲を選択した。これは歩兵砲を素体に有して非常に使い勝手が悪いことで有名である。低弾速で弾道は劣悪を極めてションベン弾と言われた。よほどの近距離でなければ碌に当たらない。敵の防護機銃の掃射に突っ込む羽目に陥った。これは致命的な弱点でも圧倒的な破壊力は病みつきになる。


「ははぁ! やったぞぉ!」


「急降下で逃げるんだ。イシャクがお出でなすったが一太刀浴びせる時間はある」


「いっちょ、辻斬りと行きます」


 先に突っ込んだ2名と2機は急降下で獲得した速度を利用して退避に専念した。重戦闘機は運動性と機動性をかなぐり捨てている。敵機の目の前で急旋回などご法度で一気に逃げるが吉なのだ。これに呼応して次鋒の2名と2機は太陽を背にして機銃手の視覚を機能させない。


(空中分解しそうな強烈な反動に快感を覚えては末期かもしれない)


(37mmじゃ物足りなくなってしまった。次は戦車砲が良いだろう)


 37mmモーターカノンの破壊力を証明する反動に機体が空中分解するのではないかと危惧した。いくら重戦闘機と雖も華奢な単発機であることは言うまでもなく、事実として、37mm機関砲を発射した後は機体の歪みを検査しなければならない。さもなくば不運な事故が発生した。


「これぞ一撃必殺なり!」


「次はイシャクにでも当ててみようか」


 またまた翼をもがれたSBがいる。


 モーターカノンに活路を見出した。


続く

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