第13話 ノモンハン事変の転換点1『フイ高地解囲開始』

 フイ高地の戦闘はジューコフに「スターリングラードに匹敵する」と言わしめた。


 現地守備隊は兵士も大砲も弾薬も圧倒的に足りない。それにもかかわらず徹底抗戦を敷いた。巧妙に配置された歩兵砲と機関銃が敵兵を薙ぎ倒す。古典的な罠が敵戦車の接近を認めない。ソ連軍は予備兵力と攻城兵器まで投入する羽目に陥った。ここの戦闘だけで数日の遅延を余儀なくされる。


 関東軍は制空権を糧に戦闘機隊を進出させ、I-15とI-16を駆逐すると九八式直接協同偵察機と九九式襲撃機、九九式軽爆撃機が猛烈な対地攻撃を行った。前線飛行場とフイ高地を往復する反復攻撃を以て地上軍を徹底的に叩いて回る。ソ連軍は航空機の対地攻撃に大損害を出しても圧倒的な兵力で押し潰しを図った。航空機は地上戦に直接参加できない。結局のところ、地上戦は地上部隊でなければ勝敗がつかなかった。


 関東軍は切り札を投入する。


「ホイⅠおよびホイⅡは順次砲撃を開始せよ。ただし、砲撃は 一時間を目安に切り上げる。第二砲撃地点か第三砲撃地点に移動して二の矢を放てい」


「西戦車隊に砲撃開始を伝達せよ。フイ高地を解囲するため突貫してくれる」


「ロト車とロニ車も制圧砲撃を開始!」


「後はバロン西に任せよう」


 関東軍はフイ高地の救援に新進気鋭の機甲師団と機動砲兵師団を解禁した。どちらも日本陸軍が近代的な機甲戦力の整備に注力したことの結晶である。前者はバロン西が率いる戦車連隊とされ、九七式中戦車『チハ』と九八軽戦車改『ケニ改』の快速戦車を基本とし、少数ながら九九式砲戦車『ホニ』を含めた。後者は試製自走砲一型『通称ホイ1』と試製自走砲二型『通称ホイ2』から為る。どちらも大口径の榴弾砲を備えて間接砲撃と直接砲撃を兼ねた。中戦車並みの機動力を活かした機動砲撃を披露する。


 さらに、関東軍が独自に改造ないし改良した現地製の間に合わせ品も確認できた。最前線の兵隊が支給された兵器を勝手に改造することは「ご法度」と言われがちである。畏れ多くも陛下より賜りし物に手を加えるとは大逆に準じた。むしろ、何もしない無策で負けることの方が大逆と言える。特に関東軍の石原莞爾は現地改造を広く奨励して事後報告で構わない旨の通達を発した。優良と認められる兵器は事後に正式な採用まで用意している。


「空からよ~く見える。そら吹っ飛んだ」


「司偵に固定機銃があれば…」


「無駄なことは考えるな。正確な修正を送り続けるんだ」


「えぇ、えぇ」


 ソ連軍はフイ高地を包囲して締め上げたが、早朝からの奇襲攻撃に驚きはしたものの、冷静な対処を試みようとした。そこへ大口径の榴弾が降り注いでいる。日本軍の砲兵隊は雑な狙いで脅威に非ずと侮ることなかれと言わんばかりだった。戦車と装甲車に限らず眠気をぬぐい切れない歩兵が吹っ飛んでいる。なんとも壮観な光景は上空から監視された。


「あいつだ! 空軍が弱いせいで一方的に監視されている!」


「戦車を動かせ! 歩兵は捨て置いても構わん!」


「そりゃないだろうが! 戦車乗りの野郎が!」


「敵が来るぞ! 我らに後退は許されない! 反逆者には機関銃が向けられよう!」


「ちくしょう! 最前線を知らない坊やが!」


 フイ高地だけでない。満州にかける戦地の制空権は漏れなく日本軍の手中にあった。日本軍の戦闘機と爆撃機、襲撃機に加えて戦略偵察機の司令部偵察機が飛び回る。常にソ連軍の動向を把握することができた。航空無線は大柄で大重量を差し引いても強力な手札と見ることができ、部隊間の短距離用から前線砲撃観測の中距離用を経て戦略偵察の長距離用まで幅が広い。


「そろそろ1時間になる。次弾で砲撃を切り上げる。必中させよ」


「装填よろし!」


「閉鎖ぁ!」


「てっ!」


 まずは機動砲兵隊の自走砲が偵察機の情報を頼りに猛烈な砲撃を浴びせた。日本陸軍自走砲の始祖たるホイ1とホイ2が夜間の内に忍び寄り、朝になると一斉に10cm榴弾砲と15cm榴弾砲を唸らせている。ホイ1の主砲である10cm榴弾砲は九一式榴弾砲を車載化した。ホイ2の主砲である15cm榴弾砲は九六式榴弾砲を車載化した。双方とも車載化に合わせて無駄を省略している。現在も主力の野砲な故に性能は申し分なかった。機動砲兵の猛訓練と相まって高精度の鉄槌を下す。包囲網に穴を開けて戦車隊に道を建設する。


 ホイ1もホイ2も原型は九七式中戦車に有した。九七式中戦車は当初より一定の拡張性を確保しておくことで多種多様な派生先を予定する。つまりホイ兄妹の自走砲も派生先の一つに含めた。ホイ兄妹は中戦車の砲塔を切り離した車体のみの素体に簡易的な開放式戦闘室を拵える。前述の榴弾砲の車載化仕様をポンと載せると完成した。開放式戦闘室は軽装甲どころか非装甲である。機銃掃射はおろか至近弾が致命傷になり得る防御に懸念が残された。間接砲撃という運用法が解決するだけでない。開放式戦闘室の利点が欠点を覆い被さった。


「砲撃やめ! 第二砲撃地点まで移動する。弾薬運搬車から弾を受け取り次第に第二回を開始する。ついてこれない車両はこの場に置いていく!」


「操縦手!」


「わかっています! ふり落とされないでくださいね!」


「おう!」


 第一に大口径の砲弾を積載する手間を減らすことができる。普通は大口径の榴弾は搬入作業に大変を要した。オープンに開放されることで作業効率を高められる。第二に兵士の移動が容易いことだ。緊急時の対応もハッチを開ける手間が存在しない。速やかに乗り込むことも速やかに脱出することもできた。第三に砲撃時のガスを滞留させずに離散させられる。大口径砲の砲撃時は有毒ガスが発生した。固定式は換気装置が必要であるのに対して開放式はそのまま大気へ離散して搭乗員を間接的に保護する。


 このように急造の否めない物でも一般的どころか先進的と評価した。ドイツ陸軍の余り物には福があるを体現した自走砲と肩を並べる。日独陸軍の自走砲に触発されて欧米諸国の陸軍は自走砲の開発を加速させた。


 それはさておき、ホイ1とホニ2イは統制ガソリンエンジンを轟かせる。ソ連軍は抜け目ないことに定評があり、通常の砲兵隊が砲撃を逆探知されてカウンターを受ける例が多く、牽引式にはとてもできないキビキビとした移動を以て回避した。当のソ連軍は奇襲攻撃に混乱を強いられて反撃もままならない。砲撃が止んだと思った途端に快速戦車の突撃を受けた。


「撃て! 撃て! 撃て!」


「弾を絶やすな!」


「足を止めるな!」


「対戦車砲が出て来たぞ! 榴弾で制圧しろ!」


「我ら官軍! 賊たるソ軍を討たん!」


 快速戦車隊は遂に出番が訪れたと俄然と戦意に闘志を燃やしている。バロン西こと西竹一中佐の九七式中戦車を筆頭に突撃し、ソ連軍の一端はあっという間に崩れると敵戦車の内部へ侵蝕を許してしまった。こうなっては止める術は皆無だろう。主砲の砲撃と同軸機銃の掃射が悲鳴を引き出した。履帯が近代戦に必須の装備を踏み潰して回る。また違った悲鳴を聞かせてくれた。


 先頭の中戦車はオリンピックのように日本の旗を掲げる。常識的に考えて良い的でも彼はフイ高地の友軍に対して救援に訪れたことを証明した。名誉ある撤退まで士気を損なうことなく、無意味な自決や無謀な突撃を抑制する効果に期待しており、事実として「バロン西が救援に来た!」と忽ち話題になる。


「我らが迎えに行くのだ! フイ高地の友から来てもらうことは恥と思え!」


 ちょっとした高地の戦いがノモンハン事変を決めた。


続く

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