第12話 フイ高地救援作戦

=関東軍司令部=


 石原莞爾は敵軍の猛攻撃に渋面を強いられた。


「ソ連軍の猛攻は想像以上です。敵将は相当のキレ者で侮れません。航空戦を圧倒しても地上戦がこれでは持ちません」


「そろそろ袋を閉じたいところだ。フイ高地だけは助けなければならない。ここの包囲を解いて救出する」


 地上戦の苦境は実際に聞く以前に予想していたことである。ソ連軍の攻撃は力押しに非ず頭脳を織り交ぜてきた。なるほど敵将がゲオルギー・ジューコフと知って納得せざるを得ない。満蒙国境線の守備隊を組織的に後退させた。右翼方面は猛烈な砲撃と爆撃を受けてから機甲部隊の突撃を受ける。防御線を放棄する前に壊滅が相次いでいた。


 これは私の大失態である。


 早急な立て直しを図った。


 地上戦と対照的に航空戦は圧勝を収めている。陸軍航空戦は九七式重戦闘機と九七式軽戦闘機を送り出した。ソ連空軍のI-15は敵にあらずと一方的に撃墜する。I-16は良くて互角の空戦を繰り広げた。スペイン内戦で経験を積んだベテランのパイロットが登場すると多少なりとも被害は出たが、海軍航空隊の試製艦上戦闘機が到着すると一変し、I-16を玩具のように扱って「我が方の損害無く敵機を全て撃墜」なんて馬鹿げた戦果を叩き出す。


「空は掌握しています。爆撃機に戦闘機の護衛を付けた上で爆撃を反復させる」


「所詮は今までの繰り返しに過ぎない。どれだけ爆弾を投下しても予備が充当される。地上戦で完膚なきまで叩きのめし、一時的に後退させてから救援部隊を突入させ、フイ高地は放棄してより一層引き込む」


「爆撃と襲撃は継続させる。辻は何を提唱したい?」


「フイ高地は弾薬と食糧が尽きるまで戦い抜き最後は敵諸共と」


「それは認めない。私は最前線の将兵を使い捨てる真似を一番に嫌う」


 石原閣下の姿で柄にもない台詞を吐いて笑みが零れそうだ。胸から込み上がる笑みを必死に堪えた先に地図が置かれる。その地図は満州の一部を切り取ったものでフイ高地と呼ばれる拠点をソ連軍に見立てた駒が囲んだ。誰もが絶望的な状況であることを理解できる。


 関東軍はソ連軍をノモンハンの深くまで招き入れた。ある程度まで招いたところで一気に左右から封を閉じて殲滅する予定を狂わされる。ジューコフの猛攻により態勢の立て直しが急務に挙げられた。敵軍に包囲されている友軍の救出を最優先にしている。


「輸送機を強行着陸させれば、兵士だけでも回収できます。反撃は後でよろしい」


「救出するだけなら。そうか!」


「何を思い付いた」


 最前線の視察から命からがらで帰還した辻は妙案を思いついた。辻は初戦における組織的な後退に最後まで強硬に反対する。上官に食って掛かる姿勢は評価しても構わないが、どうも独断専行に走る癖があって石原も振り回され、自身の側近と言う名の束縛を以て勝手を許さなかった。


「九七式輸送機から運べる限りの火砲、小銃、機関銃に弾薬と食糧を落下傘で投下させる。空挺部隊が動けない中で余剰の落下傘を使う機会ではありませんか」


「なるほど。辻にしては悪くないどころか名案と言おう。本土から送られた旧式兵器も含めて送れる物は何でもじゃんじゃか送れ」


「直ちに手配しますが、果たして、受け取れるか」


「超低空を失速する寸前の低速で投下すれば痛まない。やらねば負けるぞ!」


 今ばかりは辻の物凄い剣幕を評価する。フイ高地に輸送機を送り込んで武器弾薬と食糧、水などの落下傘投下を提案した。フイ高地が陥落するまで戦い抜いてもらう冷酷を秘めると雖も苦境の中で補給は神の恵みに等しい。ここの兵力は一個連隊にも満たないが士気は旺盛を極めると聞いた。自分達は味方から見捨てられていない旨のメッセージを受け取れば最後の一兵まで抵抗してくれる。もちろん、そうなる前に救援部隊を送って回収するつもりだ。


「一刻も早く、1秒の遅れも許さん」


 司令部の悲観は事実誤認に基づいている。


 現場は圧倒的なソ連軍の攻撃を幾度となく跳ね返した。全周をコンクリートに囲まれて生半可な爆撃と砲撃ではビクともしない。トーチカに75mm山砲や37mm速射砲などの重火器を備え、重機関銃や軽機関銃も潤沢にあって効果的な弾幕を形成でき、敵戦車の突破は対戦車障害物と落とし穴が認めない。敵戦車が行動不能になったところを37mm速射砲が釣る瓶撃ちにした。


 ジューコフは戦車旅団が一日で突破すると踏んでいる。まさかの想定外の大苦戦に驚くと直ちに予備兵力の全投入を決定した。単なる高地に集中し過ぎと言われる。本人曰く「日本軍の抵抗は凄まじく、1日の遅れが1000の損失を呼び、遅れるだけ負けに近づく」と一切を無視した。これが後に歪みとなって瓦解へ繋がっていくのである。


 そんなソ連軍の何度目かわからない突撃を新兵器が出迎えた。


「噴進弾発射! 直ちに退避ぃ!」


「退避急げ! 砲撃が来るぞ!」


「二番退避完了ぉ!」


 猛烈な爆発音と振動が大地を支配した。一連の騒ぎが収まるとT-26(化学戦車)が黒焦げとなり、歩兵は突撃を叫んだままの姿で焼かれており、ソ連軍の数量を活かした力押しは圧巻の反面に多大な損害を強いられた。力押しは必ずしも有効と限らない。特に頑強な要塞を目の当たりにした際は顕著だった。


「噴進砲はたっぷりと残っている。いくらでも撃って良いが狙いは絞り込めよ。我々は最後の一兵に至るまで残り続ける」


「敵の砲撃が来ます!」


「衝撃に備え! コンクリートは崩れん!」


 現地司令部は頑強な竹筋コンクリートに覆われている。ソ連軍の大祖国榴弾砲に耐えた。金属不足から調達の容易い竹を代用にする竹筋コンクリートも優秀とする。さらに、乾季に作った分厚い土壁が即席のコンクリートを為した。貴重な速射砲と山砲をカウンターの砲撃から守り抜くが、速射砲と山砲は砲弾が払底するまで働くも遂に折れる。


「こいつは本格的な攻城兵器を持ち出してきたようで」


「攻城兵器まで持ち出させたか。よく戦ってくれている」


 今までの比でなかった。地震規模の揺れから大口径も大口径の大砲を投入したとわかる。ソ連軍はちょっとした高地に攻城兵器のB-4榴弾砲とBr-5臼砲を投入した。これらは後の冬戦争でも使用される超重砲であり、一撃の破壊力は大祖国を代表して堅牢なコンクリートの一画を破壊し、日本陸軍の重砲はソ連製に比べて射程距離も精度も劣る。


「まだ負けておりません。噴進砲は不規則な砲撃を与えており、敵兵の接近を許さず、砲弾の備蓄は腐る程あります」


「今度はこちらの番と一斉に撃ちました。また揺れますよ」


「衝撃に備えい」


 彼らは重砲と野砲を満足に受けられない代替として噴進砲ことロケット砲を多数装備した。関東軍の志向する機動戦に適合した兵器と精力的に研究と開発を進める。大口径から小口径まで目白押しの中で重砲の代役を務め上げるは九八式臼砲だ。


 これは通称『ム砲(ム弾)』と呼ばれる程の特異な見た目を有する。砲身の無い差し込み型迫撃砲(スピガット式)に括られた。砲身を持たない故に機動力に富んでいる。極端を言えば、砲弾さえ用意すれば運用できる絶大な利点を秘めた。それも36cmという戦艦級の榴弾を使用できる。超々重砲を手軽に使用できることから秘匿兵器に定められた。


 九八式臼砲の欠点は射程距離の短さにある。簡素を突き詰めた代償に射程距離は非常に短かった。装薬量を多くしても最大1.2kmが限界である。これでは重砲の代替とは言い辛いが圧倒的な破壊力が解決した。一発が落下する度に強烈な爆発音と振動を生じさせる。敵軍には威圧を友軍には鼓舞を与えた。砲弾のある限りは敵の士気を下げて味方の士気を上げる。


「全ての弾が尽きるまで。我々は抵抗を続ける。ここは通さんぞ」


「監視所より報告! 友軍機多数! 救援が来ましたぁ!」


 戦闘機と双発機の群れが空中を占拠した。


続く

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