第3話 親日派クーデター

1935年7月


 関東軍は電撃的に中華民国の主要都市を制圧した。


「これを蒋介石一派による工作と断定しました。汪兆銘氏の狙撃事件に張作霖氏の爆殺未遂事件も同様です。我ら関東軍は親友のためならば行動を止めない」


 各国のジャーナリストを集めて開いた会見にて広報担当の軍人は高潔を纏って主張する。この発端は前年から連鎖している不穏によるものであり、関東軍は中華民国の要請を受けて独自の調査を行い、共産党勢力に唆された蒋介石の仕業と断定した。そして、中華民国の真なる独立を目指す勇士が立ち上がる。


 蒋介石一派を排除するクーデターが起こった。


 汪兆銘を頂点に据えた親日派が主導すると直ぐに張作霖氏の奉天軍が参加し、クーデター勢力はあっという間に主要都市に行政機能を掌握していき、蒋介石など一連の不穏の元凶たる首謀者を捕縛する。すぐに極刑に処すことはなく正当な裁判を経て人民による裁きが下された。


「人民の命を何と思っているのか。長江に黄河を意図的に氾濫させる目論見を抱いて全てを我々に押し付けようとした。我らは中華民国の兄弟である。なぜ苦しめる真似をしなければならない!」


「現場から発見された爆薬がソ連製だったことは?」


「間違いありません。ソ連がロシア帝国から南下を引き継いでいることは言うまでもありませんよ」


 蒋介石一派は張作霖爆殺未遂事件に始まり直近の汪兆銘狙撃事件まで暴挙に暴挙を重ねた。それにもかかわらず、王手と言わんばかり、偉大な長江と黄河から人民を守る堤防に爆薬を設置し、意図的に文明の母たる大河を氾濫させようと試みたらしい。なんということだ。暴挙の文字が不適応に思われる。まったく、言葉が見つからなかった。長江と黄河の堤防に設置された爆薬を善良な市民が発見すると通報して事なきを得ている。


 中華民国当局は即座に調査に入った。蒋介石一派が隠蔽に入る前に汪兆銘氏と張作霖氏ら親日派が先制する。第三者的で外部の日本の専門家という関東軍を迎え入れた。中華民国と日本の合同調査から共産党勢力の仕業と判明するが、爆薬自体はソ連製と分かり、コミンテルンの陰謀が明るみとなる。一番の問題は調査を進めていくうちに国民党の最有力候補である蒋介石が浮上したことだ。


「日本軍の行動に対する反発は必ず生じます」


「よく承知しております。今回の行動は軽薄だったかもしれませんが、中華民国の共産化を防ぐためにやむを得ず、被害を受けた市民の皆様に謝罪と贖罪を行います」


「なんと…」


「我々は義のために動いているのです。私的な野心なんぞございません」


 なんとも予め設定されたシナリオ通りの舞台も見事なプロパガンダである。国際記者達の中には当然のことながらサクラが仕込まれた。まさに台本通りに会見は進んでいくが異例は変わらない。


 蒋介石一派の仕業とするに都合良く宣伝を欠かさなかった。張作霖爆殺未遂事件は日本に擦り付けることで奉天軍の取り込みを図ったと考えられ、汪兆銘を狙撃と排除を試みたことも親日派の摘み取りが読み取れ、日本を取り除きたい意思を確認できる。もちろん、日本を排除して自主自立を目指す意思は否定しないが、現実性の観点からは疑念が呈されよう。日本の一部となれとは一切言わない。しかし、欧米諸国の侵蝕を防ぐに東亜は団結しなければならぬ。


 長江と黄河の堤防を決壊させて洪水を引き起こせば数万どころか数十万の命が失われる。中華の人民を何と思っているのか何度も問い詰めたくなった。中華の歴史から微々たるものと言われては反論のしようがない、なんてこともなく、非道の過ぎる考えと一刀両断しよう。


「汪兆銘氏の臨時政府が完成次第に撤兵します。一兵も残らずに退いて託しましょう」


「残留した場合はいかように?」


「その場合は当該部隊の指揮官を即刻裁判にかけます。何度でも申し上げます。我々は中華民国の権利を脅かすことはありません」


 この会見はラジオ放送で広く共有されていた。


=現地司令部=


「まったく、広報に関しては右に出る者がおらん。これも全て蒋介石一派の仕業にしている」


「何を仰いますか?」


「あぁ、いや、そうだな」


 私は広報の才を見出した腹心の演技っぷりに感嘆が止まらない。いくらサクラを仕込んだと雖も演技の才能を称賛した。やはり、人間は適材適所で運用するべきと認識を強化する。中華民国を同胞と迎え入れるに蒋介石一派は障害と立ち塞がった。彼らが友邦と志を共にするならば厚遇して迎え入れる。あいにく、欧米諸国だけでなく共産党勢力と合流しようと画策し、かつ非業の策を講じた以上は排除せざるを得ない。こればかりはどうしようもないんだ。


「我々の新兵器が役に立ったようで何よりである。九五式重戦車と九五式軽戦車はよくやった。これからは地上戦の主役を戦車が務める」


「機動戦に対応した軽戦車と敵陣突破を重んじた重戦車です。前者は優秀ですが後者は如何とも」


「敵砲を阻む重装甲を纏って敵陣に穴を開ける大砲を背負う。重戦車は諦め自走砲か突撃砲にするべき」


「と言いますと?」


「あれだよ。車体に大砲を据えた」


「あぁ、あれですね。75mm野砲を搭載した試製は一定の評価を得ています」


 中華民国の主要都市を制圧する際に新型戦車を大々的に投入した。新型の実戦形式の試験を兼ねているが、戦車の威圧感は半端でなく、ゲリラなど歩兵相手には絶大な威力を発揮する。主要都市に入場する際も圧倒的な威圧感を以て抵抗を許さなかった。


 まずは高機動を重視した九五式軽戦車が縦横無尽に駆け回る。八九式中戦車が鈍足で使い物にならない。機動戦から高速性を追求した小型で軽量な見た目の通りで最速45km/hを叩き出した。全体的にお固く纏まった設計とディーゼルエンジンから信頼性も高い。主要都市を電撃的に制圧することに大活躍した。一見して貧弱な37mm砲も対戦車砲と開発され、徹甲榴弾だけでなく榴弾や榴散弾も発射でき、ゲリラの抵抗を一掃している。現場の戦車兵からも好評を以て受け入れられた。


 これに続いての九五式重戦車は試作品が否めない。戦車兵からは不評を買った。敵陣突破用も九五式軽戦車に取って代わられる。敵陣に穴を開けるために75mm榴弾砲を装備して重装甲に纏われた。その重量は約25tと重たい上に懸架装置と履帯も貧弱である。最速20km/hはいただけない。国産戦車の開発に良い経験を積むことができたと次世代の後輩たちに託すことが賢明だ。重戦車に預かった敵陣突破の思想は突撃砲又は自走砲(砲戦車)に受け継がれる。


「これで中華民国の平定は成し遂げられたが、欧米諸国の圧力は変わらずあり、幣原外相も苦労しているようだ」


「欧米の触手はあと一歩まで伸びていました。これを断てたことは大きいも大きい」


「東亜に大連邦を作らねば真なる自主自立は得られない。多少は強引な手段を講じてでもな」


「よく理解しています。我々は悪者を厭いませんので」


「すまないね」


 中華民国を欧米の侵入から守るために多少の手荒い手段はやむを得ないと強行している。我々は東亜に大連邦を築き上げてアジアの真なる自主自立を守ることに生涯を賭す覚悟なのだ。今回は蒋介石一派に押し付けた(事実として計画が存在した)が悪者になっても構わない。世の中には正義ばかりでどうにかなる事は稀有どころ皆無だから荒療治は有効な治療法と断言した。


「さてさて」


「これからは対ソを念頭に置いて活動してまいります。石原閣下の提唱された大航空戦力を整備して」


「頼んだぞ」


続く

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