第2話 満州は絶好の兵器試験場
私は部下の上げて来た報告書に目を通している。
北伐の完遂後も関東軍は満州に居座り続けた。表向きは共産党ゲリラの掃討を掲げて奉天軍と中華民国軍と連携する。実際は満州一帯を張作霖の要請を受けて実質的に保有した。あくまでも、お互いに旨味のある関係を目指して不利益は押し付けない。
満州を工業化するに兵器の試験場を設けた。中国の広大な大地は狭小な日本と真反対でいくら撃っても構わない。北伐が完遂されて友好関係を結び始め、流れ弾が変に飛んで行っても問題にならず、日中軍が合同で訓練を開くことさえだった。ここは絶好の兵器試験場なのである。
「九二式重機関銃は驚異的な命中精度の代償に発射速度は遅くて弾幕を張るに適さない。それに極めて重いから最前線で動かすことも一苦労だ。機動化の一環と車載である程度の機動性は付与できる。要塞など拠点に設置する固定火器には悪くなかった」
張作霖からプレゼントされたお茶を啜った。彼とは非常に嗜好が似通っている。我が友と言い張った。彼のことを駒と言っているが、大局的に見ればの話しであり、私という個人としては良き友と失いたくなく、奉天軍を関東軍に吸収して厚遇するのは私的なアレだ。
今も試験場では多種多様な試作品が実弾を用いての試験が行われている。近年は技術進歩が著しい。欧米列強に負けじと研究に開発を進めた。関東軍も中華民国を上手く活用して本国では手に入らない外国製を入手する。我々で独自に研究して複製から改良まで完結した。時折にお叱りのお言葉を貰うが握り潰している。世界終末の大戦争に勝つ以前に生き残るためには手段を問わない。
「英国より入手したブリティッシュ.303を基にした試作品は信頼性にこそ難あれど良好な成績を収めた。機関銃に正確な射撃を志向して弾薬の消耗を嫌うことが矛盾を孕む。時代は火力の集中であって狙撃は三八式歩兵銃の狙撃型で間に合う」
手元の資料は新式重機関銃の九二式重機関銃と試製重機関銃の試験結果と所感が纏められた。前者は三年式重機関銃の改良型と開発が進められ、かの有名なキツツキ(ウッドペッカー)と恐れられたが、稀代の名重機関銃も利点と欠点が併行している。1km先まで狙撃できる高い射撃精度は驚異的で脅威的だが、低い発射速度と大重量に依るものであり、弾幕形成を担う重機関銃には難儀した。何よりも大重量は最前線における機動力に致命的を及ぼす。
私は近代戦を火力の集中を前提として機動戦を提唱した。いかに敵軍に火力を集中させられて機動力でかき回して翻弄できるかを重視する。そのために八九式中戦車に始まる国産戦車の機甲戦力の整備を頑なに主張して譲らなかった。もっとも、地上戦は機甲戦力だけで決まらない。最後は歩兵同士の戦いが決着をつける。戦場の主役たる歩兵の銃火器の刷新は必須項目に設定した。
「ブローニングM2かオチキスをライセンス生産と独自改良する。本命はM2だがベルト式給弾が上手くいくか不透明だ。したがって、予備案にオチキスも用意している。あわよくば、両者の良いとこどり、13.2mmのベルト式給弾も面白いか」
九二式重機関銃は高評価だが最前線の機動戦に対応が難しい点より要塞など拠点向けの防御に採用したい。拠点向けの固定火器にすれば大重量は気にならなかった。敵兵の接近を許すことなく一掃できる。仮に最前線で運用する場合は半装軌車や装軌車、戦車が車載機銃と運用した。
これに好敵手となる試製重機関銃はM1919の英国仕様であるブリティッシュ.303機関銃(便宜的な仮称)の国産化を予定する。新しい実包をブリティッシュ.303こと7.7mm×56mmR弾に定めると将来的な弾薬規格の統一を目指した。日英同盟の残滓から英国製の入手は比較的に容易い。我々を警戒して輸出を絞っても中華民国を経由して掻い潜るのだ。欧米諸国が中華民国を支援したことが裏目に出ている。
12.7mmか13.2mmの中口径機関銃(機関砲)も開発中だ。現代の現世でもバリバリで現役を務めるブローニングM2が理想である。米国も初期型を洗いざらいと改良した。そんな時期にライセンス生産を申し出ては訝しいだろう。一旦は予備案としてオチキスの13.2mm機銃を確保しておいた。こちらはベルト式給弾でなく30発弾倉のため継続力に難が呈される。ベルト式給弾のブローニングM2が理想でも厳しい場合は13.2mmのベルト式給弾で良いとこ取りを目指した。
日本の銃器に関する技術力は世界一線級に躍り出たと雖も必ず有効とは限らない。まずは欧米製の優れた物を導入して次第に国産化するが手っ取り早い。そして、敵軍を制圧する兵器は機関銃に終わらず、我が国の擲弾筒と似た世紀の傑作である迫撃砲を入手した。
「八九式重擲弾筒も最高の支援火器であるが迫撃砲も捨てがたい。中華民国軍のドイツ製ミーネンヴェルファーは優秀だ。あいにく、時代はストークス式迫撃砲である。連合国軍から鹵獲することを踏まえて81mmを基本に定めた。これを120mmか150mmに拡大した重迫撃砲と60mmに縮小した計迫撃砲を開発する。野砲が無くても戦えるようにせねば」
次の報告書はイギリスかフランスで出自の定まらないストークス式迫撃砲を手放しに称賛した。既に小型迫撃砲もどきの八九式擲弾筒がある。50mmの小口径ながら長射程と大威力を両立した。小型で軽量の簡便さは圧倒的なアドバンテージとなる。しかし、迫撃砲を拵えない理由とならず、中華民国のドイツ製迫撃砲は優秀と言えた。我が軍も一刻も早く揃えなければならない。
迫撃砲は曲射歩兵砲と称される通りに山なりの弾道を描いた。直接照準できないことを懸念しても意味を為さない。迫撃砲は曲射による障害物越しの砲撃が可能なんだ。ポンポンとリズム良く撃ち出すこともできる。敵軍を制圧する火器に丁度良いわけだ。
特にストークス式は完成され尽くされている。現代の迫撃砲も大きくは変わらない。ストークブラン社から81mm迫撃砲の売り込みがあると、本国の難渋を無視して関東軍は独自に導入しており、早期に特許と製造法を購入していた。これを隅々まで研究と複製から独自製品に移行する。81mmは便宜的に中迫撃砲と称した。中途半端な口径は後に連合国軍が導入することを見越す。戦場では輸送が滞りがちである。現地調達は珍しくない。迫撃砲だけは口径を崩さないで鹵獲品の流用を想定した。
「迫撃砲は無理に改造せずとも車載化できた。現地改造も考えている。野砲と迫撃砲に拘らないでロケット砲や臼砲も欲しいな」
とにかく火力の集中に近代的な野砲と迫撃砲だけでは足りぬは足りぬ工夫が足りぬを読まなければなるまい。現在も鋭意研究中のロケット砲や古典的ながら絶大な威力の臼砲も揃えた。日本は米国に工業力の差から物量ですり潰される。創意工夫を以て対抗する以外に手は無かった。満州から中華民国を工業化して差を縮めても焼け石に水が否めない。
「問題は小銃だがどうするべきか。重機関銃も軽機関銃も7.7mmに統一したいが日本人の体格などを考えると…」
機関銃や迫撃砲を考えても最後は歩兵の小銃に至った。三八式歩兵銃は有無を言わさない高性能から支持を得ている。三八式歩兵銃があっても大正期から7.7mm弾を使用する歩兵銃を研究した。次期主力歩兵銃は7.7mmに拡大するが吉だろう。とはいえ、三八式歩兵銃の完成度の高さは世界最高峰を誇る。日本人の体格から7.7mm弾の強烈な反動で疲れること等々の課題が残された。
「贅沢を言うなら半自動小銃を早期に実用化したい。研究の熟成を待つのみ。それよりも軽機関銃はZB-26を基に国産化する。あれは良い物だが6.5mmか7.7mmのどちらを採るべきか…」
単なる作戦参謀が兵器開発に口を出すことは越権行為も甚だしい。このように言われても無視を貫徹した。我々は中華民国を経由して各国の優れた兵器を入手できるのだから使わない手があろうか。本国の頑迷な上層部は悉く無視して独自に進めた。
コンコン
「中村です」
「入室を許可する」
石原莞爾の独り言をドア越しの者に聞かれていないことを切に願う。私の部下で何かと重宝している中村大尉が新しい報告書を届けにきてくれた。彼が持参する場合は特に重要度の高いものと思われる。
「ついに試製重爆撃機が飛びました。国産重爆撃機の夢はもう間もなく」
「フィリピンからシンガポールまで焼く尽くすぞ」
続く
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