第9話:飛飛の店番。

愛彦は母親から飛飛フェイ・フェイの服を買ってくるように言われて

いたが、なかなか買いに行けずにいた。

めんどくさいというのもあったが、やはり女性ものの服を男が漁るってのは

変態じみてる気がした。


そこで母親に頼んで母親のお古の服を飛飛に着せてもらった。

飛飛のあの結い上げた派手な髪は、もうとっくに卸していた。

だから普通にロングヘヤのギャルが家の中を、うろうろしていた。


どっちしても、そのうち今時の女の子らしい服を買いに行かなきゃって

愛彦は思ってた。

母親のお古ではやっぱり可哀想だ。


昼が苦手と言っていた飛飛だったが、どう言う風の吹きまわしか愛彦が会社に

行ってる間に店に出て接客なんかしていた。

母親も兄もとくになにも言わなかった。

これも、もしかしたら飛飛の仙術?


仕事から帰ってきた愛彦は、いつものように飛飛がくっつきに来ると思っていたら

いつまで待っても来ないから、 どうしたのかと家中を探し回った。


まさかと思って店を覗いた愛彦は驚いた。


「飛飛・・・何してるの?」


「店番だよ」

「お帰り、ヨシヒコ・・・」


「ああ、ただいま・・・」


「まじでか?」

「普通に接客できるのか?・・・・いつの間にかちゃんと家族してるじゃん」

「でも店番なんて・・・任せて大丈夫か?」


見てると、彼女はちゃんとお客さんに対応していた。


「これ、試食あるよ・・・・食べるか?」

「美味しいあるよ・・・」


「なんで片言なんだよ・・・いつもはちゃんと日本語しゃべってるだろ」

(ちゃんと話せるのに、わざとやってるな・・・)


でもこの片言が、そのうち可愛いと評判になることになる。


母親の出る幕はなかった。

兄も職人さんも、厨房で黙々とお菓子を作っていた。


(もしかしたら、ひいじいさんが生きてた頃にも彼女は店に出ていたのかもな)

(おふくろが幼い時、見た光景はこのことだったのかもしれないな・・・)


それから飛飛が店に出るようになって 店に客がどんどん増えて行った。

彼女の巧みで愛想のいい片言の日本語が功を制したようだった。


愛彦は可笑しかった。


ひいじいさんは金持ちになったと飛飛は言ってたけど それは、まんざら、

うそじゃないのかもしれない。

飛飛が仙術でお金なんか出さなくても店が繁盛すれば、ひいじいさんも

潤っただろう。


ここまで店が絶好調なのは客も家族もみんな知らない間に飛飛の手練手管に

騙されてるからじゃないかって愛彦は思った。


どこまでが本当でどこまでがウソなのか・・・愛彦は分からなくなってきた。


(このままでいいのかな? 飛飛をここに置いていていいのかな?)


でも、愛彦にはどうしても飛飛を鏡の中に返す気にはならなかった。

もっとも戻す方法も知らなかったのだが・・・


(これがすべて仙術とやらだったら・・・それをいいことに使うならいいじゃないか)


愛彦は飛飛と寝たあの夜から、少しおかしくなっていた。

あのめくるめく隠微な時間は普通の青年なら完全におかしくなるだろう。


現に愛彦は飛飛に夢中になっていた。

飛飛のことを普通に女の子を好きになるのとは少し違う感覚を覚えていた。

彼女とのセックスは酒やたばこのように常習性があった。


僕は、彼女に恋してるのか・・・そうなのか・・・。


あまりに、ことが急展開だったせいで愛彦の気持ちがついていけてなかった。

あのセクシーな唇から漏れる吐息・・・吸い込まれそうな瞳。


一度彼女の虜になったら抜けられない。


それは当然の話だった。

飛飛は愛彦の理想の女性像だったからだ。

愛彦のために作られた人形のように・・・。


鏡の精は鏡から召喚した者の理想の形になって現れると言われている。

だから愛彦が飛飛に惹かれるのは当然の話だった。


実際のところ、はじめて彼女を目にした時 愛彦は、ことの次第を把握する前に

彼女に落ちていたのだから。


つづく。

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