第10話:割れた鏡。

飛飛フェイ・フェイが水無月家に現れて半月が経とうとしていた。

その間も愛彦と飛飛の営みが続いていた。


愛彦は仕事から帰ってきて、飛飛の様子を伺うと相変わらず店に出て接客を

していた。

晩ご飯を食べて風呂に入って自分の部屋で、くつろいでいると、 まったく気づかないうちに、飛飛が愛彦のそばに来ていた。

気配すら感じなかったが匂う甘い香りで彼女がいることに気づいた。


(この子は幽霊みたいな子だな)って愛彦は思った。


飛飛との毎夜の夢のような快楽の世界はとどまることを知らず、愛彦は飢えた犬の

ように彼女を求めた。


「愛してるよ・・・飛飛・・・」


「私もだよ、ヨシヒコ・・・」


「なにがあっても離れないし離さないからね、飛飛」


「ヨシヒコ・・・・死ぬまで一緒だよ」


加減を知らない飛飛とのセックスで愛彦は心も体もがおかしくなりそうだった。

愛彦の場合は彼女を求めると言うより取り憑かれると言った方が正しかった。


母親が愛彦を見て言った。


「あなた、最近お仕事忙しいの?」


「少し痩せたような気がするけど・・・大丈夫なの?」


たしかにこのところ、疲労感があって自分でも朝、鏡を見て痩せた気がしていた。

昼間はそれでも愛彦は多少、冷静に物事を考える余裕はあったので、

このまま飛飛との関係を続けていたらダメなんじゃないかと思い始めていた。


自分が痩せた原因はなんとなく分かっていた、それは飛飛とはじめて寝た夜から

はじまっていると・・・。

飛飛と寝るたびに、愛彦は自分の精気がどんどん彼女に吸い取られてる気がした、


ひいじいさんも同じ経験をしてたんだろうか?

だから身の危険を感じて飛飛を鏡に封印したんじゃないのか・・・。

愛彦のあらぬ妄想はどんどん膨らんでいった。


封印と言っても、愛彦にはすべがない。


(いっそ、鏡を割ったら・・・そしたら・・・どうなる?

飛飛はどうなる・・・鏡の精だろ・・・鏡を割ったら彼女は消えるのか・・・)


愛彦は葛藤していた。

飛飛とのトロけるような快感に満ちた夜の捨てがたい営み・・・。

もうすでにセックス依存症になっていると言ってもおかしくなかった。


飛飛に惹かれつつも、わずかに残った愛彦の理性はこの関係をどうにかしようと

模索しはじめた。


ある夜、飛飛と悦楽の夜を過ごした愛彦は、 彼女にさりげなく聞いてみた。


「あのさ・・・君が出てきた、あの鏡のことだけど・・・」

「もしだけど・・・もし鏡が割れたら君には何も影響ないの?」


「なんでそんなこと聞くの?」


「いや、ちょっと思っただけ・・・鏡は僕の机の引き出しの中に大切に

しまってあるけど何かの拍子に取り出すことがあって、もし、もしも

落として割れちゃったりしたら大変だろ?大丈夫のかなって思って・・・」


「落としたくらいじゃ鏡は割れないよ・・・仙女が使う鏡だからね」

「でも、もし割れたら、そんなことになったら私は消えちゃうね・・・

鏡と私は一心同体だもん・・・だから鏡は大事にしてねって言ったでしょ」

「絶対、割れることのないように・・・」


飛飛は急に強い口調になった。


「約束して、絶対鏡は守るって・・・」


「分かった・・・約束するよ・・・ちゃんと管理するから・・・」


「絶対だよ・・・もし鏡が割れたら私と二度と会えなくなるよ」


「分かったって・・・鏡は大事に仕舞っておいて触らないようにするよ・・・」


(そうか・・・そうなのか・・・)


それを聞いた愛彦は次の日、飛飛が店に出てるすきに 彼女に見つからないように

手鏡を持ち出して庭に出た。


一瞬どうしょうか迷った・・・。

鏡を割ったらもう愛しい飛飛には二度と会えなくなる・・・。


(いいのかそれでも・・・)

(でも、なんとかしないと、きっとこのままじゃいけないんだ・・・)


愛彦は意を決して庭の置石めがけて鏡を叩きつけた。

パーーーーンと弾けるような音とともに、鏡は粉微塵に割れて飛散した。


(これでいいんだ・・・これで・・・)

(これで飛飛に憑かれることもないだろう)


愛彦は取り返しがつかないことをしたんじゃないかって複雑な気持ちでそこに

座りこんだ。


「ごめんよ・・・飛飛・・・俺、約束やぶっちゃったよ・・・」


つづく。

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