眠り姫の目覚め 2
「マリア!」
ぼーっと横になったまま過ごすこと、およそ二時間。
医務室に、お兄様がやってきた。
わたしが上体を起こすと、ベッドに駆け寄って来たお兄様がぎゅうっとわたしを抱きしめる。
「ああよかった! お前が気を失ったときは肝が冷えたよ。どこも痛いところはないかい? ……おや、ずいぶんと髪がぼさぼさだねえ。お前はどんな寝相をしているんだい?」
わたしの髪がぼさぼさなのは全部ヴィルマのせいよお兄様。ヴィルマがポマードでがっちがちに髪を固めてくれたせいで、ほどいただけでは元に戻らなかったの。おかげで、あっちにくねくね、こっちにくねくね、まるで鳥の巣状態よ。
わたしは不満を表現するために口を尖らせた。
「お兄様、わたしの寝相はとってもいいです」
「おやそうかい? じゃあ今度一緒に寝て証明してくれたまえよ」
「わかり――って、なんでそうなるんですか!」
うっかり「わかりました」と頷きかけたわたしが怒鳴ると、お兄様がハハハと声を上げて笑う。
もう! お兄様ってばまたわたしを揶揄って!
お兄様と一緒に眠るなんて、心臓がいくつあっても足りないわ!
睨むわたしの頭を、なだめるようにお兄様が撫でる。
すると、お兄様に遅れてアレクサンダー様も医務室にやってきた。
ベッドに上体を起こしているわたしを見てホッと笑った後で、ボッと顔を真っ赤にする。
……何事?
首をひねっていると、アレクサンダー様がベッドのそばまでやって来る。
そして、声を落としてぼそぼそと何やら言い出した。
「マリア、その……無事でよかった。……ええっと、だな。神に誓って言うが、あの時は、緊急事態というものだったのだ。わ、私は口が堅い方だし、君の不名誉になるようなことは絶対に口にしたりしないので安心してほしい。ええっと、だからだな……」
……何を言ってるのかしらアレクサンダー様。
ハイライドの鱗粉も渡したことだし、「神々の泪」の材料が揃ったことが嬉しくて、喜びすぎて言語中枢がおかしくなったのかしら? 言っている意味がまったくわからないわ。
すると、お兄様がじろりとアレクサンダー様を睨んだあとで、わたしを見てにやりとした。
「安心しなさいマリア。おにいちゃまも、昨夜お前の大きな胸とか愛らしいおへそとか、それはもうもろもろしっかりこの目に焼き付けておいたが、お前の名誉のために他人に吹聴したりはしないよ」
……え?
わたしは一瞬、言われたことが理解できずに目を点にする。
そして、徐々に内容を理解するにつれて、くわっと目を剥いた。
……なんですって――――⁉
つまりあれか⁉
わたしはお兄様とアレクサンダー様に、裸! 裸を! さらしてしまったと! そう言うことでしょうか⁉
そう言えばサラマンダーのせいで制服はボロボロに燃えていたはずだ。
あれでは大切なところを隠す機能は失われていただろう。
……ひぃ――――‼
ぼぼぼぼぼ、とわたしの顔が真っ赤に染まる。
確かにあれは緊急事態だった。
火傷を負って生死の境をさまよっているわたしに、新しい服を着せるなんてことはできなかっただろう。
それはわかる。わかるのだけど!
……恥ずかしすぎる!
わたしはベッドのシーツを手繰り寄せると、頭からシーツをかぶってその中で丸くなった。
「マリア、マリアちゃーん? 大丈夫だよ。おにいちゃまはお前の可愛い裸を誰かと共有しようとは思わないからね。アレクサンダーの記憶も今ここで抹消したいくらいなんだよ?」
お兄様がシーツの上からゆさゆさとわたしを揺さぶるけど、お願いですから少しの間そっとしておいてください!
恥ずかしすぎて泣きそうです!
マリア・アラトルソワは、前世のわたしから考えると、信じられないくらいナイスバディのとんでもない美少女だ。
だがしかし、裸を見られてもいいというものではないのである。
……うぅ、お嫁に行けない!
お兄様だけでも恥ずかしいのに、その上アレクサンダー様にまで見られたなんて!
お兄様、アレクサンダー様の記憶を抹消してついでにご自身の記憶も消し去ってくださいませ!
シーツの薄い壁の外から、お兄様とアレクサンダー様がわたしの名前を呼んでいる声が聞こえる。「大丈夫だ誰にも言わない」だの「自慢できる裸だった」だのという言葉が聞こえてくるが、もう、裸ネタから離れてくれませんか⁉
本気で涙が出てきましたよ。
「マリア、シーツの中に潜られていると話ができないよ」
……お兄様、マリアはしばらく、そっとしておいてほしいです。
だけど、そうもいかないのだろう。
そろそろとシーツの隙間から顔を出すと、お兄様がホッとしたように笑う。
わたしの頭を撫でながら、お兄様が昨夜の続きを教えてくれた。
「墓地の結界だがね、国が急ぎ修復をしてくれることになった。安心しなさい。それから、私たちは国が司祭の調査依頼を聞き入れなかったから代わりに墓地を調べに行ったという体にしてある。そのため、国から褒賞が出るそうだ。まあ実際のところは、そのせいでお前が大怪我を負ってしまったことへの慰謝料だろうがね。墓地の結界の維持という責任を怠ったことについては、その褒賞をもって知らなかったことにしてほしいそうだよ」
それは何とも、都合のいいことですね。
だけど、国が司祭の調査依頼を無視して、墓地の結界が消えていたことに気づかずに市民を危険にさらしたという事実は、決して表に出してはならないものなのだろう。
国の平穏を守るためにも、知られれば市民からの不満が上がるような事実は秘めておかなくてはならない。
わたしも貴族の端くれですからね、そういう事情は、わかるつもりです。
「大怪我をしたお前には思うところはあるだろうが、我がアラトルソワ公爵家からも、ナルツィッセ公爵家からも、墓地の結界を定期的にチェックするように国に依頼を出しておいた。それで手打ちにしてあげておくれ。公爵家としても、事を荒立てて国と対立したいわけではないからね」
それが、お父様とお兄様、そしてアレクサンダー様とナルツィッセ公爵の判断ならば、わたしが従わない理由はない。わたしだって国と対立なんてしたくないよ。破滅したくないもん。
わかりました、と頷くと、お兄様が「いい子だ」と微笑む。
「それにしても、お前が無事で本当によかったよ。だけど、もうあんな無茶な魔法の使い方をしてはいけない。お前の魔法が暴発したときは、頭の中が真っ白になったよ」
「まったくだ。マリア、君はもっと、己の実力について知るべきだ。強引に魔法を使おうとするからあのようなことになる。……まあ、それで昔、君に怪我を負わせてしまった私が言えた義理ではないだろうがな」
お兄様もアレクサンダー様も、昨日のあれは魔法の暴発と信じているようだ。
わたしが神妙な顔で「すみません」と謝ると、お兄様が首を横に振った。
「無茶をしないと約束してくれるならそれでいい。それから、昨日のあれは私の落ち度だ。お前を守ると約束したのに、アンデッドはすべて倒したと思い込んで油断してしまった。すまなかった、マリア。怖かっただろう?」
「それを言うなら私もだ。君を守ると誓ったのに、君を危険にさらしてしまった。申し訳ない。昨夜の責任は、必ず取る」
お兄様とアレクサンダー様が眉尻を下げてわたしの瞳を覗き込む。
二人ともに心配されて、わたしの中で昨夜の恐怖が蘇って来たのか、じんわりと目に涙の膜が張った。
……怖かったです。でも、お兄様たちを巻き込むかもしれなかったことの方が、マリアはもっと怖かったんですよ。
わたしは今、無性に幼い子供のようにお兄様に甘えたい気分です。
おずおずと手を伸ばすと、お兄様が抱き起して、ぎゅっと抱きしめてくれる。
無茶をして、ごめんなさい。
――でも、二人が無事で、本当によかった。
わたしの目からぽろりとこぼれた涙が、お兄様のシャツにシミを作る。
お兄様はわたしが泣き止むまで、ぽんぽんと優しく背中を叩いてくれていた。
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