眠り姫の目覚め 1

 目が覚めると、わたしはお城の医務室にいた。


 ……何故お城?


 少し離れたところにある窓を見れば、外は明るいので、今はお昼だと思う。


 ……うーん。記憶がつながらないわ。


 わたしはベッドに横になったまま考える。

 わたしは王都の南の墓地にいたはずだ。

 そこでアンデッドに襲われて、一か八かの無茶な賭けに出た。つまり、サラマンダーを召喚してわたしごとアンデッドを燃やしてもらったのである。


 そこまでは覚えているのだが、そのあとからの記憶が途切れていた。

 わたしは上体を起こそうとして、頭が妙に重たいことに気が付いて首をひねる。

 怪訝に思いながら頭に手を伸ばすと、なんか妙に固い。整髪料でがっちり固められているような感じだ。


 ……ん?


 なんだこれ、と髪をさわさわと触りながら考えていたとき、医務室の扉が開く音がした。


「ああ、目が覚めたんだね」


 涼やかな声がして、紫がかった銀髪のとんでもないイケメンが顔を見せた。

 濃い緑色の瞳に、銀縁の眼鏡。背はそれなりに高いが線は細めのこの美丈夫を、わたしがわからないはずがない。ホルガー・ラヴェンデル侍医長だ。「ブルーメ」の攻略対象で、数少ない眼鏡キャラの‼


 ……ああ! もう! この世界はイケメンパラダイスかしら? さすが乙女ゲーム! 皆様顔面偏差値が天元突破してるわ‼


 新たなイケメンの登場に「眼福……」と心の中で手を合わせていると、ホルガー侍医長が、突然ぷっと噴き出して、口元を押さえて横を向いた。ぷるぷると肩が震えていらっしゃる。何事?

 すると、ホルガー侍医長の後ろから、ヴィルマがひょいっと顔を出した。


「お嬢様、お目覚めですか?」

「ええ。ヴィルマもここにいたのね。それで、どうしてわたしはここにいるの?」


 記憶が途切れている間の情報を得ようとヴィルマに訊ねると、代わりにホルガー侍医長が答えてくれた。……笑いながら。


「君は、ふっ、ふふ……、き、昨日の夜に、ジークハルトとアレクサンダーの二人に運び込まれたんだよ……ふっ! ククッ……、や、火傷がひどくて、服もあちこち焦げて破れていて、いったい何があったのかと、クッ……思ったんだけど……、き、危険な状況だったので、ふふふ……エリクサーで治癒をして、ここで様子を見ることに……ぶふ! もうだめ……っ‼」


 あはははは、とホルガー様が笑い出す。


 いやいや、今の話の内容で笑うようなところはありましたかね?

 わたしはエリクサーで治癒しなければならないような大怪我を負って運び込まれたんですよね? そして今まで眠っていた、と。その部分の、いったい何がおかしいんでしょうか?


 いくらわたしでも、ここは笑われる場面ではないとわかる。

 むむむ、と眉を寄せると、ホルガー様がお腹を抱えながら、わたしの髪を指さした。


「き、君はっ! 少々変わっている令嬢だと、聞いたことがあるんだけど……、そ、それはない! それはないよ! リックに通ずるレベルの変人さだ‼」


 ……はい⁉


 リックってリッチーのことよね? え? わたし、リッチーと同レベルにされてる? あの、妙なものばっかりを集める収集癖ある、ふりふり趣味のリッチーと⁉ それはちょっとないです! わたし、別にふりふりエプロン好きじゃありませんからね‼


 わたしが口をとがらせると、ヴィルマがホルガー様の後ろでドヤ顔をしていた。その顔を見て、途端にわたしの胸に不安が広がっていく。

 さっきから、髪の感触がおかしいと思っていたのよ。もしかしてこいつ……。


「ヴィルマ、鏡」

「はいお嬢様」


 ヴィルマがさっと手鏡を渡してくれる。

 わたしはベッドに寝転がったまま自分の頭のあたりを確認して――くわっと目を剥いた。


 ……なんじゃこりゃあああああああ‼


 ヴィルマ! あんた、やりやがったわね⁉

 わたしの髪が、マリーアントワネットみたいになってるじゃないの‼


 ヴィルマは、以前から狙っていた「ヴォルケヘア」を、わたしが眠っているのをいいことに勝手に試したらしい。

 しかも、もりもりと盛られた髪のあっちこっちに、ぷすぷすと花まで挿してある。しかも生花!


「ヴィルマあんた何してくれてんの!」

「お嬢様の髪の毛先が燃えてしまっていたんですけど、寝ている状態のお嬢様の髪を切るのは無理だったので、わたくしのテクニックでいい感じに隠させていただきました」


 ヴィルマがそう言って親指を立てる。グッ、じゃないからね! 隠すにしても他にやりようがあったでしょうが! ただ単にあんたがやりたかっただけじゃないの‼


「じゃあこの花は何なのよ‼」

「それはジークハルト様とアレクサンダー様が持って来られた花を使わせてもらいました。お嬢様に届けられた花なのでお嬢様に使わなくてはと思いまして」

「普通に花瓶に生けてちょうだい‼」


 何故頭に挿す⁉


 ホルガー侍医長が笑うはずだよ。この世界でこんな奇々怪々な髪形をしている人間なんて、そうそうお目にかからないでしょ!


「今すぐ元に戻しなさいっ!」

「えー、時間かかったんですよ、それ。お嬢様ちっとも起きてくれないから、寝たままの状態でその髪型にするのはすっごく大変なんですから」


 えー、じゃないから!

 第一この髪型にしてなんて頼んでないでしょうが! なにわたしが悪いみたいな言い方してるのよ!

 まったくもう、主人で遊ぶ侍女なんて、世界広しといえどあんたくらいなものだわ‼


 ヴィルマがぶーぶー文句を言いながら、わたしの髪からぷすぷすと花を抜いていく。

 ヴィルマがわたしの髪を直している間、わたしはホルガー侍医長からより詳細な情報を得ようと質問した。


「あの、それで、わたしはエリクサーで治していただいたんですよね? ありがとうございます、ホルガー侍医長。お兄様とアレクサンダー様は……」

「夜明け近くまで君の側にいたけどね、いったん家に帰ったよ。君が怪我をしたことを報告しなくてはならないし、墓地の結界が壊れていたのだろう? それについても連絡を入れないといけないからね。君は、アンデッドに襲われて、その時に、自分の身を守ろうとした魔法が暴発してしまったんだろう?」


 なるほど、そう言うことになっているのか。

 まあ、お兄様やアレクサンダー様にはサラマンダーの姿は見えないでしょうから、突然炎が噴き出したようにしか見えなかったでしょうし、魔法の暴発だと思うわよね。

 わたしとしてもサラマンダーのことを説明するのは無理なので、そう言うことにしておいてもらいたい。


 わたしの制服はボロボロになっていたので、ヴィルマが寮からルームウェアを持って来て着替えさせてくれたそうだ。

 笑いの発作がおさまったらしいホルガー侍医長が、わたしの額を優しくなでる。


「それにしても、無事……ではなかったが、治せる状態でよかったよ。本当にひどい状態だったんだよ? 聞きたい?」

「け、けけけ、結構です!」


 わたしは怖いのが苦手ですからね! 火傷を負ってどんな状態だったかなんて、知りたくもありませんよ。


 ホルガー様によれば、お兄様とアレクサンダー様が、自分たちが使える治癒魔法でどうにかわたしの命を繋ぎながら急いで城まで運び込んでくれたそうだ。


 ホルガー様は侍医長なので、普段から城で寝泊まりしている。

 夜中にたたき起こされたホルガー様は、わたしの怪我を見て目を剥いたらしい。

 エリクサーという最高の治癒魔法で治癒された結果、大怪我だったにも関わらず、わたしに傷跡は残っていないそうだ。髪の先がちょっと焼け焦げた程度ですんだという。


 ……咄嗟にサラマンダーを召喚したけど、今度から召喚するときは慎重にならないとね。


 あの時は、とにかくお兄様とアレクサンダー様を巻き込んではいけないとそれしか考えていなくて、危険も顧みず無茶をしてしまった。こうして生きているからいいもの、一歩間違えれば死んでいたと思うとゾッとする。


「もう大丈夫だろうが、あとでジークハルトが迎えに来ると言っていたから、それまで休んでいなさい。……その髪型も、元に戻さなくてはならないのだろう。ふ、ふふ……」


 ホルガー侍医長が、笑いながら部屋を出て行く。


 ……うぅ! せっかくのイケメン侍医長との邂逅だったのに、変な髪形のせいで、絶対に「おかしな女」のレッテルを貼られた気がするわ‼ ヴィルマのあほー‼


 わたしがじろりとヴィルマを睨むと、彼女は肩をすくめて言った。


「まともに魔法が使えないくせに無茶をするからこんなことになるんです。まったく、お嬢様は、本当にどうしようもないんですから」


 無茶をしたのは否定できないけど、今はわたしの無茶よりこの髪型について文句が言いたい。


「ヴィルマ、だけど、この髪型はないわ」

「似合ってますよ」

「似合ってたまるか!」

「頑張ったのに……」


 ヴィルマの不満そうな顔を見ながら、わたしはだんだんおかしくなってくる。

 ヴィルマとこんなふざけたやり取りができるのも、生きていたからこそよね。


 ……ああ、死ななくて、本当によかった~!




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