眠り姫の目覚め 3

 気を失う前にちゃんとアレクサンダー様に言ったから、ハイライドの鱗粉はアレクサンダー様が風魔法でかき集めておいてくれたらしい。

 リッチーの店から黄金のリンゴも回収してきたそうなので、これで「神々の泪」の調合に必要な薬は揃ったことになる。


 ……ここから先は、わたしが出しゃばってはならない部分だ。


 アレクサンダー様はホルガー侍医長と話をつけ、三日後、「神々の泪」の調合に成功したそうだ。

 アグネスも無事に目を覚ましたようで、今は体に不調がないか様子を見ているという。


 ……よかったよかった! これにて一件落着だね!


 アグネスが目を覚ましたと聞いて安心したわたしは、木曜日に補習を受けるために生活指導室へ向かった。

 そして、そこで待っていたアレクサンダー様の姿に目を丸くする。


 ……あれ? ニコラウス先生は?


 不思議に思っていると、アレクサンダー様がふわりとわたしに微笑みかけた。


「マリア、今日はニコラウス先生にお願いして、私が君の補習を担当させてもらうことにしたよ」


 ……なんで⁉


 以前、ニコラウス先生がどうしても外せない用事が出来てアレクサンダー様に代打が回ってきたことがあったけれど、本来であれば学生であるアレクサンダー様が補習の先生を務めることはないはずだ。

 目をぱちくりさせていると、アレクサンダー様がわたしのために椅子を引いてくれる。


 ……うん。紳士ね。でも、以前のアレクサンダー様なら、わたしに対して決してこんなことはしなかったはずよ。これじゃあまるでお姫様扱いじゃないの。いったい何があったのかしら?


 わたしの頭の中に「?」がポンポンと生まれる。


 すると、もっとおかしなことが起こった。

 アレクサンダー様が、椅子に座ったわたしの前に跪いたのだ。


 ぎょっとするわたしの手を恭しく取って、じっとわたしの目を見つめてくる。


 ……わーぉ、琥珀色の瞳が美しい……じゃなくてー!


 アレクサンダー様ってばいったいどうしちゃったと言うのかしら⁉


 驚きすぎて、わたしの口からは「あぅ」とか「はぅ」とか、言葉にならない声しか出てこない。

 おろおろしていると、アレクサンダー様が、わたしの手の甲に、そっと額を押し付けた。


「マリア、君には本当に感謝している」

「ほえ⁉」

「君のおかげで、アグネスは目を覚ますことができた。君がいなかったら、妹はまだ夢の中で、もしかしたら、来年も、再来年も、ずっと……それこそ永遠に目覚めなかったかもしれない。ありがとう、マリア」

「ええっと、はい、でも、わたしは特に……アレクサンダー様が、アグネス様を目覚めさせようと頑張ったからの結果だと、思いますよ」


 わたしは前世の知識があったから、それとなく手助けはしたけれど、そもそもアレクサンダー様がアグネスを目覚めさせようと頑張っていたからこそ、アグネスは目覚めることができたのだ。

 エリクサーでダメだったから無理だと、アレクサンダー様が諦めてしまっていたならば、わたしはアグネスが眠りについていることも知らずにいただろう。

 だから、アレクサンダー様の頑張りの結果なのである。


「いや、君のおかげだ。君が私に光をくれた。君がいなければ、なし得なかったことだ」


 光って、ハイライドの鱗粉のことかしらね?

 ええっとあれは、偶然見つけたのを装ったつもりなんだけど、もしかしてアレクサンダー様はわたしがハイライドの鱗粉を持っていたことを知っていたのかしら⁉


 え? それってまずくない⁉

 何故持っていたくせにすぐに出さなかった! って怒られるところじゃないかしら?

 するとこれは、感謝されているようで、遠回しに怒ろうとしているのかしら?


 え、いやです!

 わたしは怒られたくないので、最後までとぼけますからね!


「ひ、光の妖精の翅の鱗粉は、本当にびっくりしましたね~! まさか空から降って来るなんて! あ! もしかしたら星のきらめきが妖精の翅の鱗粉なのかしら~なぁんて……」


 うぅ、我ながら苦しい。苦しいけれど、この言い分を貫き通します!

 アレクサンダー様は額からわたしの手の甲を離して、首をひねった。


「君は何を言っているんだ? 星のきらめきが妖精の翅の鱗粉なはずがないだろう。そもそも妖精は妖精の世界に住んでいる存在で、夜空には住んでいない」


 ……あぅ! その通りですが、今は正論で返してほしくなかったです。


「どうやら君には、いろいろな常識が欠落しているようだな。山火事の中に飛び込んできたり、魔法を暴発させてみたり、危なっかしくて見ていられない」

「うぐぅ」


 怒られまいとしたら、違うネタでお説教がはじまりましたけど、これいかに⁉


「本当に君という人は、どうしようもない人だ。だが、私は君のことを誤解していた。君は少々不思議な人間で、我々が思いつかないようなおかしな行動を取ることが多いが、優しくて素敵な女性だ。これからは、私が責任をもって、君のたりない部分……常識を、君に身につけさせることにしよう」


 なんかおかしな方向に話が転がりはじめましたよ⁉


「これまで、君に対して失礼な態度を取って本当に申し訳なかった。だが、私は君の本質を、優しさを理解した。もうあのような態度を取って君を傷つけるようなことはしない。これからは、ぜひ、私に側で守らせてくれ。君に怪我をさせてしまった責任を、どうか生涯をかけて償う許可をくれないだろうか」


 生涯とか言い出しましたよ!

 重い! 重いです! 重すぎます!


 わたしはぶんぶんと首を横に振った。


「しょ、生涯だなんて、アレクサンダー様の貴重な人生をわたしなんかのために使わなくて大丈夫ですから! ええどうか、お気遣いなく‼」


 アレクサンダー様につきっきりで常識のお勉強をさせられるとか嫌すぎる‼


 わたしは全力で拒否したのに、アレクサンダー様が感激したように瞳を揺らした。何故⁉


「君は本当に優しいな」


 今の会話のどこにわたしの優しさがありましたか⁉


 だめだ、アグネスが目覚めた感激でアレクサンダー様がおかしくなった。


「私の人生など、君の尊さの前にはちっぽけなものだ。これからは私が君を守る騎士になろう。私の命は、君のものだ」


 ……ひぃー‼


 アレクサンダー様がそう言って、わたしの手の甲に口づける。


 許容量オーバーとなったわたしは、椅子に座ったまま、かくりと意識を失った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る