「神々の泪」の三つの目の素材 2
「ハイライド、お願いがあります」
夜、ヴィルマが控室に下がったあとで、わたしはベッドサイドに灯りをともすと、ベッドの上に座ってハイライドに向かって頭を下げた。
わたしの前には、ハイライドへの貢ぎ物(賄賂とも言う)であるクッキーの箱が置いてある。
鳥かごの近くに置いてあるハイライド専用クッションの上で眠りにつこうとしていたハイライドは、クッキーに釣られてふわりふわりと飛んで来た。
「それは俺のか?」
「お願いを聞いてくれたら差し上げます」
すると、ハイライドは小さな手でクッキーの箱のふたを開けて中身を確かめ、真面目くさった顔で頷いた。
「うむ、申してみろ」
……はい、クッキーがお気に召したみたいですね!
用意したクッキーは、ハイライドが特に気に入っているお店のものだ。バターがふんだんに使われていて、けれどもくどくなく、ハイライドに言わせるとベスト・オブ・クッキーなのだという。
正直わたしにはほかのクッキーとの違いがほとんどわからないが、妖精の王子様の繊細な舌は些細な違いを感じ取れるらしい。
「神々の泪」を生成するために必要な「光の妖精の翅の鱗粉」。これをどうやって見つけたことにしてアレクサンダー様に渡すのかについては、まだ方法を思いついていないが、とりあえずハイライドから入手しておかないことにははじまらない。
「実は、ハイライドの翅の鱗粉がほしいの」
「……俺の翅の鱗粉?」
ハイライドはすーっと目をすがめた。
どうやら、あまり渡したくないらしい。
仕方ないので箱からクッキーを一枚取り出して差し出すと、ハイライドはパッと顔を輝かせてから、こほんと一つ咳ばらいをした。
「き、気軽に渡せるものではないが、理由によっては聞いてやらんでもないぞ」
……クッキー効果、すごっ!
ハイライドがもぐもぐとクッキーを食べているのを見やりながら、わたしは背筋を正して事情を説明した。こう言うのは誤魔化さずに正直に伝えるのがよいのだ。
「実は、わたしの知り合いに、眠ったまま目覚めない女の子がいるの。最高難度の治癒魔法、エリクサーでも目を覚まさなくて……。そのため、わたしたちは『神々の泪』という調合魔法薬を生成して試してみたいと考えているのだけど」
「……ふむ、確かにあれには光の妖精の翅の鱗粉が素材として必要だな」
「知っているの⁉」
「当然だ。この世に俺様が知らないことなどない!」
……はい、堂々と嘘をつきましたね。
いくら何でも、ハイライドが世界のありとあらゆるものを知っているとは思えないので、わたしはそのセリフは適当に聞き流しておくことにした。
ただ、妖精が関係するものの多くは知っていると考えてもいいのかもしれない。
クッキーを食べ終えたハイライドはベッドの上に胡坐をかくと、腕を組んでうーんと唸る。
「しかし、そうか。エリクサーでも目覚めないのならば、確かに『神々の泪』を頼りたくなる気持ちもわかる。……うーん。でも、気軽に与えていいものではないんだよなあ」
「もう一枚クッキーをどうぞ」
「仕方ないな特別だぞ‼」
クッキーに釣られたハイライドは、にこにこと笑いながらあっさりと了承する。……それでいいのか妖精の王子。まあ、わたしとしては助かるけどね。
ハイライドは二枚目のクッキーを食べ終えると、ひらりとその場に飛び上がる。
「マリアには世話になっているからな。俺とマリアの仲だ、特別に進呈してやろう」
わたしとハイライドの仲というけれど、ハイライドはおそらく、わたしのことを「クッキーをくれる人」くらいにしか思っていない気もする。
でもいいのだ。
わたしが知っているゲームのストーリーでは、ハイライドルートのとき、悪役令嬢であるマリアは、ヒロインのリコリスに毒を盛ろうとして怒ったハイライドに「最果ての島」という無人島に飛ばされてしまう。
そう、ハイライドルートで迎える悪役令嬢の破滅エンドは、誰もいない小さな無人島でのサバイバルエンドなのだ。恐ろしい‼
それを思えば、「クッキーをくれる人」という認識であろうとも、ハイライドに好意的に思ってもらえているだけましというものだ。
……このまま餌付けして、万が一の際には味方になってもらえるようにしようっと。
お兄様と契約結婚して悪役令嬢になるのを回避しようと目論んでいるが、それが百パーセントうまくいく補償はない。保険はかけておいた方がいいだろう。光の妖精の王子が味方なんて、こんなに心強いものはない。
ふわふわと飛んで行ってベッドから降りたハイライドが、床の上に着地したかと思うと、キラキラと光り出す。
そして、小さな妖精の姿から、人と同じ大きさにその姿を変化させた。
……本来は、この大きさなのよね。
小さな妖精の姿でも充分に美形だったが、やはり大きくなったハイライドは迫力がある。
白磁のような美しい肌に、キラキラとそれ自体が輝いている金色の髪。そして、世の中のすべてを見通していそうな切れ長の金色の瞳。
人間が持ちえない、妖精だからこその美がそこにある。
ハイライドは、パタパタと翅を羽ばたかせる。
すると、宙にふわりふわりと金色の粉が舞った。
ハイライドが軽く手を振ると、宙に舞っていた金色の粉が一か所に集まって来る。
「マリア、何か入れ物はないか? 袋でもいいのだが」
「ちょっと待っててね!」
わたしはベッドから降りると、棚の引き出しを開けて小さな巾着袋を持ってくる。
ハイライドが集めた金色の鱗粉を袋の中に入れてくれた。
「これだけあれば足りるだろう」
「ありがとう、ハイライド!」
「では、報酬をよこせ」
クッキーですね、わかります。
わたしが箱ごとクッキーを差し出すと、ハイライドは満足そうに受け取る。
そして箱を鳥かごの側に置くと、小さな妖精の姿に戻った。
自分のクッションの上に胡坐をかいて、夢中になってクッキーを食べているハイライドが可愛くて、わたしはくすりと笑ってしまう。
玲瓏たる美貌を持っているハイライドだが、中身はびっくりするほど人間臭い。妖精なのに。だがそこがまたいい。
わたしはハイライドからもらった鱗粉の入った巾着袋をベッド横の棚の上に置くと、ベッドにもぐりこんだ。
あとは、この「光の妖精の翅の鱗粉」をどうやってアレクサンダー様に渡すかである。
……とりあえず、隙あらばいつでも差し出せるように、持ち歩くことにしますか!
できるだけ早くアレクサンダー様に渡して、アグネスを目覚めさせてあげなくちゃ!
わたしはふわりとあくびをすると、必要な素材が揃ったことに安心して、そのままあっという間に眠りについたのだった。
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