アレクサンダーとリッチーの意外なつながり 2
「お茶を入れるわ~。上がってちょうだ~い」
とリッチーが店の奥に駆けていく。
わたしのワンピースが人質に取られている以上帰れないので、わたしはリッチーの指示に従うしかないだろう。
……お店の奥、はじめて入るわ。
怖いもの見たさというのだろうか。ちょっとだけわくわくする。
店主が店の奥に引っ込んでいいものかと思ったが、面白半分でヴィルマが「わたくしが店番やります」と申し出たので、店にはヴィルマ一人に残ってもらった。わたしに対する態度は少々問題だが、たいていのことはそつなくこなすタイプなので、おそらく任せても大丈夫だろう。
アレクサンダー様がはあと息を吐いて、くいっと顎をしゃくった。先に行けと言うことらしい。
リッチーの後を追って店の奥へ向かうと、わたしの後ろをアレクサンダー様がついてくる。
そこそこ広いお店だと思っていたが、奥の部屋もまた広かった。
腐っても侯爵家の子息のお店ね。
奥は応接間になっているようで、広い室内には高そうな調度品が並んでいる。
部屋の中心部に置かれたソファ席を勧められたので、口の字型に配置されたソファのうち、わたしは一人がけのそれに座った。アレクサンダー様が、わたしの斜め前の二人掛けのソファに腰かける。
「このお菓子、最近のあたしのお気に入りなの~」
リッチーがそう言ってわたしとアレクサンダー様の前にカラフルなクリームでデコレーションされたカップケーキを置いた。
前世でさ、「インスタ映え」とかを狙ったお菓子とかがたくさんあったけどさ、この世界でも「映え」って重要なのだろうか。そう思わせる、何とも派手で可愛らしいカップケーキだ。
アレクサンダー様はカップケーキを手に取って「何故クリームが緑や青やピンクなんだ」とぶつぶつ言っているが、こういう色のクリームでデコレーションされたケーキが珍しくなかった元日本人のわたしは、色を気にすることなくかぶりつく。
……こういうのはフォークとナイフじゃあ食べにくいのよね。かぶりつくのが一番……って、あら?
もぐもぐと食べていると、アレクサンダー様が驚いた顔でこちらを見ていた。
もしかしなくても、高飛車公爵令嬢マリア・アラトルソワが豪快にカップケーキにかぶりついたから驚いているのかしら?
でも、ナイフとフォークを使って、お皿の上でボロボロにしながら食べるよりは、かぶりついた方がいいと思うよ。
最近のお気に入りというだけあって、リッチーもナイフとフォークでは食べにくいことがわかっているのだろう、カップケーキにかじりつく。
アレクサンダー様は、わたしとリッチーを交互に見て、カップケーキをそっとお皿の上に戻した。お上品な公爵子息様は、人前で口の周りにクリームをつけながらカップケーキにかぶりつくということはなさらないようだ。……まあ、そうだろうと思ったけどね!
「それでアレクちゃん。いったい何があったの? 普段あたしの店には来ない……というか、あたしに会いに来ないアレクちゃんが急に来たってことは、何かあったんでしょ~?」
アレクサンダー様はちらりとわたしを見た。
そして、仕方がなさそうに一つ嘆息して、口を開く。
「叔父上は古今東西の変わったものを集めていらっしゃるようなので、もしかしたらと思って立ち寄っただけです」
「うんうん、それで? 何がもしかしたらなのかしら~?」
アレクサンダー様はぐっと眉を寄せる。
「……ここから先は、ナルツィッセ公爵家の機密情報になりますので、マリア・アラトルソワ公爵令嬢にはご退席願いたいのですが」
「あらダメよ、マリアちゃんはあたしのお友達だもの~」
はい! わたしはいつリッチーのお友達になったのでしょうか!
そしてもう一個はい! わたしがリッチーのお友達なことが、この場から退席しない理由になるのでしょうか!
そんな疑問が頭の中にもくもくと湧いてくるが、余計な口は挟まない。
ちょっとだけ興味があるからだ。ナルツィッセ公爵家の機密情報ってなんだろう。
……ごめんねアレクサンダー様。でも、「ブルーメ」を楽しんでいた元プレイヤーとしては、ゲームの中で語られなかった攻略対象の秘密が気になるんですよ。機密情報? もう、わくわくぞくぞくしてくる響きじゃあないですか! 知りたいです! 聞きたいです!
前世の記憶を取り戻した当初は、お兄様と契約結婚して安全を手に入れ、攻略対象たちには極力近づかないようにしようと思っていたけれど、目の前に情報という名の美味しいものをぶら下げられたら食いついてしまうのが、ゲームファンの悲しい性……。
……今回はわたしから首を突っ込んだんじゃなくて、リッチーのせいで巻き込まれたようなものだからセーフだよね、セーフでしょう、セーフに決まってる‼
さあさあ、どんな機密情報が飛び出してくるのやら。
もう、胸の高まりが抑えられませんね!
野次馬精神を表情に出さないように頑張って取り繕いつつ、わたしはすました顔でカップケーキを食べ続ける。
わたしが部屋から出て行かないことにアレクサンダー様はイラっとしたようだが、この店の主であるリッチーがわたしがいることを許可したからだろう、最終的に諦めたような顔で口を開いた。
「眠ったまま目覚めないものを目覚めさせる効果のある薬、もしくは魔道具などを探しています」
「また妙なものを探しているのねえ。何が原因かわからないけど、そんなものを探すより魔法医に見せた方がいいんじゃないかしら~?」
魔法医とは、回復系魔法に特化している魔法使いの医者のことである。
ブルーメは魔法ありの異世界なので、何でも魔法で解決する傾向にあって、前世のような外科や内科的な医学は全然進歩していない。
代わりに、何でも魔法で治してしまう魔法医がその医者の代わりを務めている。
ほかにも、電気やガスも通ってなくて、このあたりのエネルギーも全部魔道具で賄われていた。
ある意味便利だが、必要に駆られないために科学的な進歩とは皆無の世界、それがブルーメの世界だ。
まあ正直、どっちがいいのかはわからないけどね。
科学が進歩しないからか、大気汚染とか環境破壊は問題にならないし。
ただ、科学が進歩しなくては、わたしの前世の癒しだったテレビやゲームも登場しないだろうから、それはちょっと悲しい。
「診せなかったと思いますか?」
アレクサンダー様が辛そうな表情を作ったので、リッチーが怪訝そうに首を傾げた。
「アレクちゃん。その、眠ったまま目覚めない者って、誰のこと?」
アレクサンダー様の表情から、「眠ったまま目覚めない者」に該当するのがアレクサンダー様に近しい存在だと悟ったらしい。
アレクサンダー様がぎゅっと琥珀色の目を閉ざした。
「……アグネスですよ、叔父上。私の妹の、アグネスが、数日前から眠ったまま目覚めなくなったのです」
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