アレクサンダーとリッチーの意外なつながり 1
……え? なんでここにアレクサンダー様が?
生真面目で堅物なアレクサンダー様と「雑貨屋リーベ」ほど似つかわしくない場所はない。
わたしは一瞬幻覚でも見たのかと思って、ごしごしと目をこすった。
だが、やはり店の入り口にはアレクサンダー様が立っている。
そして彼は驚いたようにわたしを見、ぎゅっと眉を寄せた。……うん、本物だ。
悲しいかな、アレクサンダー様のわたしに対する嫌悪感で本人かどうかを判断してしまう。
多種多様なものが雑然と陳列されている雑貨屋リーベは、それほど狭い店ではないのだが、アレクサンダー様が一人増えただけで急に息苦しさを覚えるから不思議だ。
……さっさと買ってさっさと帰ろう。
自然に、ごく自然に「ほほほほほ、アレクサンダー様ごきげんようそしてさようなら~」と彼の脇をすり抜けて店の外に出るのだ。
リッチーからお釣りとワンピースの入った紙袋を受け取って早く逃げようと考えたわたしだったが、残念ながらその作戦はあっさり打ち砕かれる結果となった。
何故なら、リッチーがわたしにお釣りを渡しながら、アレクサンダー様ににこやかに話しかけたからだ。
「あら~、アレクちゃん!」
アレクちゃん⁉
これほどアレクサンダー様に似つかわしくないあだ名があるだろうか⁉
ギョッとしていると、アレクサンダー様が嫌そうに顔をしかめて、長い脚を動かしてこちらにつかつかと歩み寄って来た。
……なんで近づいてくるの⁉
というか知り合い? もしかして常連? 嘘でしょう⁉
「その呼び方はやめてくれと前から言っているだろう。……マリア・アラトルソワ、ここに君がいるとは思わなかったよ」
いやいや、それはわたしのセリフですよ。わたしが言うのもなんですけどね、こんな怪しげな雑貨屋にアレクサンダー様は何用で?
滅茶苦茶気になるけど、わたしにはアレクサンダー様に理由を訊ねる勇気はない。
リッチーがわたしの購入したワンピースの入った紙袋を握り締めて、「あらあ~」と華やいだ(ただし野太い)声を発した。どうでもいいが、そのワンピースを早う! それがなければ逃亡できない!
せめてヴィルマにアレクサンダー様との間のクッションになってもらおうと探すも――いない⁉ あいつどこ行った⁉ と思ったら、店に陳列されている怪しげな薬を眺めていた。
……変なものを買うんじゃないわよヴィルマ。この店、本当に怪しいものがたくさん置かれているんだから‼
ヴィルマのこの行動は、主と相手の会話の邪魔をしないための優秀な侍女の行動ととるべきか、もしくは主の危機を無視して能天気に遊んでいるダメな侍女の行動ととるべきか、わたしにはわからなくなってくる。
ただ一つ言えることは、今まさにわたしはヴィルマの盾を必要としていると言うことだ。
……今すぐに戻ってきてヴィルマ‼
わたしの心の念が通じたのか、ヴィルマがわたしの方を振り返った。
持つべきものは長年仕えてくれている侍女よね――って、ちがーう! なに「心得てますよ」という顔で親指立ててるのよ‼ 違うのよ! 違うの‼ わたしは守ってほしいの‼ こういう時ばっかり「気の利く侍女」を演じなくていいの‼
長年仕えてくれている侍女は全然以心伝心じゃなかった。
わたしががっくりとうなだれていると、リッチーが「うふふ~」と意味深な感じで笑う。
「あら、もしかしてマリアちゃんのデートのお相手ってアレクちゃんかしら~?」
「「違う!」」
わたしとアレクサンダー様の声が見事にハモった。
リッチー、余計なことを言わないで! アレクサンダー様に、またよからぬことを企んでいるとか疑われたらどうするの!
「でもびっくりだわ~! まさかアレクちゃんとマリアちゃんがお友達だったなんて~」
「「違う!」」
また、わたしとアレクサンダー様の声がハモる。
リッチーはきょとんとした顔で首を傾げた。
「あら違うの? でも知り合いなんでしょう?」
「叔父上、あなたも貴族なんですからわかるでしょう。公爵家は国に五家しかありません。人数自体が少ないんですから顔くらい知っています。たとえ彼女がどうしようもない人間でも、顔と名前はわかるということです」
……叔父上⁉
アレクサンダー様のその言葉の衝撃が大きすぎて、わたしの耳にはほかの言葉は入ってこなかった。なんか貶されたような気もするがそれどころではない。
え?
え⁉
叔父上って言った⁉
言ったよね⁉
嘘でしょこのスキンヘッドのごつくて厳ついおネエなおっさんと、正統派イケメンなアレクサンダー様が、血縁者⁉
遺伝子! 遺伝子仕事しろ‼ いくらなんでもおかしいだろ! 全然似てないじゃんか‼
つーかそんな裏設定あったの⁉ もしかして課金しなくちゃ読めなかったイベントとか小話とかにあったのかしら?
あまりの衝撃で頭がくらくらしてくる。
ふらりとよろめいてカウンターに手をつくと、わたしを混乱の渦に叩き落した元凶リッチーが「大丈夫~? 貧血かしら~?」と心配そうな顔をした。
そしてすぐさま、怪しげな薬が置かれている棚から、ピンク色の瓶を持って来た。中には液体が入っている。
「貧血にはこれはおすすめよ~! 一本飲むだけで貧血なんてあっという間に吹っ飛んじゃうくらいに元気になれるわ~! ただちょっと問題があって、しばらくの間興奮状態になるから鼻血が止まらなくなるのよね~」
「いらんわ‼」
見た目通りの怪しい薬だった。
なんつーものを公爵令嬢に勧めてるんだこの男(おネエ)は!
「あらそ~ぉ? じゃあ、アレクちゃんに上げちゃう♡」
「いりません。あまりふざけたことをしていると、母上に言いつけますよ」
「げ! 姉さんに告げ口はひどいわアレクちゃん‼ やめてちょうだい‼ このお店、没収されちゃうじゃないの‼」
リッチーはアレクサンダー様の母方の叔父なのか~。
前世の記憶に残っている情報によれば、アレクサンダー様のお母様は侯爵家の出だったはず。兄一人弟一人だったと思うから、その弟の方がリッチーなのね。
侯爵家の方は長男が継いでいるはずだから、リッチーはこうして気楽な雑貨屋の店主をしているのかしら。侯爵の弟が怪しい雑貨屋の、おネエな店主というのもシュールだわね。
「うぅ、ひどいわ~。マリアちゃ~ん、甥っ子がいじめる~」
リッチーが泣きまねしながらカウンターの外に出ると、わたしにひしっとしがみついてきた。
分厚い胸筋と太い上腕二頭筋がかなり暑苦しい。
「聞いてマリアちゃん~。あたしね~、二十年くらい前に~、お父様に『お前のような気持ちの悪い息子はいらん』ってお家を勘当されちゃって~、そのときすでにナルツィッセ公爵家に嫁いでいた姉さんが拾ってくれたのよ~。そしてこうしてお店まで出させてくれたんだけど~、その姉さんが怖いのなんのって! ちょっと店の商品仕入れを趣味に走っただけなのに、あんまりふざけていると店を没収するわよって怒るの~! ひどいでしょ~?」
……いや、あまりひどいとは思わないわ。勘当のあたりは確かに可哀想だと思うけど、店を没収の当たりの話は普通よ、普通。この店の扱っている商品、本当にヤバいもの。
「くすん、でもいいの♡ だって今はマリアちゃんがいるんですもの♡ もし姉さんにお店を没収されたら、マリアちゃんが出資して新しいお店を作ってくれるんだもんね~♡」
そんな約束はした覚えがありませんが⁉
「マリアちゃ~ん」と言いながら、わたしの頭に頬ずりしてくるリッチーの髭が地味に痛い。チクチクする。やめてほしい。
「リッチー、アレクサンダー様も、本気で言いつけようとはしていないと思うわ、きっと? そうですよねアレクサンダー様?」
リッチーの甥っ子なら責任をもってわたしを髭のチクチク地獄から救ってくださいと、じっと見つめると、アレクサンダー様はわたしにちょっと同情的な視線を返してきた。
「……叔父上、わかりました。母上には言いつけませんから、そろそろマリア・アラトルソワ公爵令嬢を解放してやってくれませんか。……正直言って、猛獣が子ウサギにじゃれついているようにしか見えません」
「誰が猛獣よ‼」
リッチーがぱっとわたしから離れて、キッとアレクサンダー様を睨む。
しかし慣れているのか、アレクサンダー様はきれいさっぱりリッチーを無視した。
「叔父が大変失礼をした。君の買い物は終わったのだろう? では、さっさと帰りたまえ」
その申し出はわたしとしてもありがたかったので、素直に受け入れようとリッチーにワンピースの袋をもらおうと手を伸ばす。
が、リッチーはわたしのワンピースの袋を持ったまま、にっこりと微笑んだ。
「あら、せっかくですもの、マリアちゃんもアレクちゃんの話を聞いて行けばいいじゃない~。アレクちゃんがあたしの店に来るなんてすっごく珍しいもの。きっと、何か大変なことが起こったのよ。自分自身じゃ、どうしようもできないようなことがね」
アレクサンダー様はものすごく嫌そうな顔になって、じろりとわたしを睨む。
だからさ、わたし、悪くないよね⁉
前も思ったけど、なんでわたしを睨むかな⁉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます