オリエンテーション開始 1

 お兄様との結婚式の準備は、お母様がするらしい。

 何故なら学園には寮があり、春、夏、冬の長期休暇以外はたいてい寮で過ごすからである。

 まあ、王都にタウンハウスを持っているわたしたちのようなお金持ち貴族は、土日の休みに家に帰ることも珍しくないのだが。

 現にわたしもお兄様も、家でごろごろするのを目的に公爵家に帰っていたからね。


 ……でも、これからは寄り付きませんよ。少なくともお母様が結婚式の準備をしている間はね‼


 お母様は派手好きだ。

 わたしは質素に、できるだけ目立たず、「あれ~いつの間に結婚したの~知らなかった~」と周囲に言われるくらい地味な結婚式を挙げたいのだが、お母様はそんなことは許してくれない。

 できるだけ盛大にド派手な結婚式を挙げると意気込んでいるお母様の、結婚式にかける情熱は天井知らず。

 そんなお母様に捕まったが最後、せっかくの土日が朝から晩まで潰されてへとへとになるのは目に見えていた。


 君子危うきに近寄らずってね!

 わたしはおバカさんだが、前世ではそれでも三十歳まで生きたのだ。無知は人生経験でカバーする! できる! たぶん!


 と言うことで、学園の寮に戻ったわたしは、先週配られた学園のスケジュールを開いていた。

 貴族学校は大変お金を持っていらっしゃるので、寮といっても広く、一人部屋で、加えて使用人一人まで連れてくることが可能だ。

 わたしはもちろん侍女のヴィルマに同行してもらっている。


「お嬢様が机に向かっているなんて、明日は雨かしら?」


 なんて失礼なことを言いながら窓の外を確認しているヴィルマは無視だ無視。

 ヴィルマの部屋はわたしの部屋と内扉でつながっているのだが、わたしが部屋にいる時は、寝る時以外はヴィルマはわたしの部屋で過ごす。


 ……さてと! 二年生の選択授業を決めないと……って、ああ、オリエンテーションは明後日からだったのね。


 二年生もはじまったばかり。

 学園の授業は必修科目のほかに選択科目もあり、学園がはじまってから二週間以内にどの科目を取るのかを提出しなくてはならない。

 学園は先週からはじまっていたのだけど、先週は第一王子ルーカス殿下にまとわりつくことに忙しくて、選択科目のことなんてなんにも考えていなかったから、早いところ決めてしまわなければならなかった。……ああ、本当、わたしはどこまでおバカさんなのだろう。


 そして、オリエンテーションの問題もある。

 オリエンテーションは毎年四月に行われる課外授業で、新入生の一年生から五年生までの学生が学年を超えてランダムに班分けされ、王都の南の湖畔地帯に魔物討伐に向かうというものだ。

 湖畔地帯には王家の別荘と言う名のお城があり、オリエンテーション期間の三日間はそこに滞在する。

 移動は移動魔法陣があるのですすいのすいっと移動できるので大変便利だ。


 ……魔物討伐なんて物騒だけど、言って見れば親睦会みたいなものなのよね~。


 班分けは学園がする。

 発表はオリエンテーションに向かうその日なので、わたしは誰と同じ班になるのかはまだ知らない。


 ……ああ、憂鬱になって来たわ。


 いい男を見れば誰かれ構わず粉をかけて回っていたわたしである。

 同じ班にはもちろん男性もいるだろうから、わたしがこれまで追いかけまわしていた男性もいるかもしれない。

 おバカさんで能天気で頭の中にお花畑を持っていたこれまでのわたしは、追いかけまわしていた男性に嫌われているなんて想像すらしていなかっただろうが、今のわたしには理解できますよ。絶対に嫌われている。


 ……わたし、オリエンテーションの間、ハブられるんじゃないかしら?


 それもこれも、これまでのわたしの行いのせいなのだから仕方がないとは思うけれど……あ~、行きたくないな、オリエンテーション。


「ヴィルマ、来週のオリエンテーションのことなんだけど……」

「もちろん準備は終わっていますよ。ちなみにお嬢様が新調した『ドキドキ☆悩殺ランジェリーセット』は入れておりません」

「入れなくていいからそんなもの‼」


 ああ、わたし、何を買ってるのよ……。

 もう、穴を掘って埋まりたい。

 わたしはそんな恐ろしい下着を、いったい誰に披露する気だったのか。もちろんわかっている。その下着を着て夜にルーカス殿下の部屋に特攻する気だったのだ。


 ……いやいや、王子殿下の部屋の前は警備が厳しいからね。突入する前に騎士の人に取っ捕まって笑いものだよ。もうほんと、勘弁してよわたし……。


「かわりと言っては何ですが、お嬢様がお店で一目ぼれをして買った恐ろしく布面積の少ない水着は入れております」

「今すぐ荷物から取り出して処分してちょうだい‼」


 そうだよ。そうだったよ。隠そうという意思すら感じられない、もはや裸と言っても過言でないほどのとんでもない布面積の少ない水着を、わたしは今日のために新調していたのよ!

 春のまた涼しい……というより寒い時期に、わたしはそんな水着を着て湖で水遊びでもするつもりだったのか⁉ あほすぎる。オリエンテーションの趣旨をはき違えているよマリア! オリエンテーションは魔物討伐に行くのであって水遊びをしに行くんじゃないからね‼


 過去の自分の行いに、わたしは息も絶え絶えになる。

 わたしはそのうち恥ずかしさのあまり死んでしまうかもしれない。

 ヴィルマもヴィルマだ。何故そんな水着を荷物に入れたのだろう。

 不安になって来たわたしは、ヴィルマに、他にどんなものを荷物に詰め込んだのかを聞くことにした。


「お嬢様の大好きなお化粧品にドレスに靴にアクセサリーを詰めております。ついでに、お嬢様が怪しげな店で購入してきた媚薬と、その店主に『これを着れば男なんていちころよ☆』と勧められた各衣装も――」

「今すぐトランクを開けて‼」


 待て待てわたし、なんで媚薬なんて買ってるの‼

 いやそれよりも恐ろしいのは『これを着れば男なんていちころよ☆』と言われて買った衣装の数々だ。


 ヴィルマが「せっかく詰めたのに」と嫌そうな顔をしてトランクを開けた。

 すると、出るわ出るわ! あきれ返るようなふざけた衣装の数々が‼


「こんなアラビアン風な踊り子衣装なんて誰が着るのよ‼ なんだこの全身用の網タイツは‼ ほとんど裸じゃないの‼ 隠す意思すら感じられないわ‼ ってぎゃああああああ‼ 何でバニーガールの衣装がここに⁉」


 スマホゲーム「ブルーメ」はところどころお遊びが過ぎたところがあった。

 というのも、ヒロインが攻略対象とデートに行くときに衣装が選べるのだが、その中には好感度爆上がり衣装と同時に、好感度ダダ下がり衣装というものが存在していて、バッドエンドを目指す一部のプレイヤーたちがこぞって選ぶ、ウケ狙いのとんでもないデート服があったのだ。


 そのうちの一つが、この「バニーガール」である。

 網タイツに黒い水着、そして白いふわふわのしっぽにふわふわの耳。

 常識的に考えてこんなものを着てデートに行くバカはいないだろう衣装が、あのゲームには用意されていた。


 ……それがまさかわたしの荷物にインしてるぅううううううう‼


 そして当たり前のようにこれをオリエンテーションに持って行く荷物に入れてしまうヴィルマ‼ お前は何を考えている⁉ 『ドキドキ☆悩殺ランジェリーセット』よりこっちの方が問題だ! いや、両方問題だけど、そっちを外したならこっちも外しなさいよ‼


「処分、処分、全部処分――――‼」

「処分しなくても、ジークハルト様ならこんなふざけた衣装でも喜んでくれるんじゃないですか?」 


 ヴィルマはもちろんわたしの侍女なので、お兄様とわたしが結婚する予定だということは知っている。


 わたしはキッと涙目でヴィルマを睨んだ。

 お兄様が喜んでくれるですって⁉ 大笑いして馬鹿にされて「ばらされたくなければ三回回ってわんわんと言いなさい」なんて意地悪を言われる未来しか見えないから‼


 怪しげな衣装も媚薬も全部トランクから取り出すと、大きなトランクがスカスカになってしまった。ヴィルマがものすごく面倒くさそうに、代わりに詰めるドレスをクローゼットから引っ張り出してくる。

 わたしはぐったりと、その場に座り込んだ。


 ……ああ、わたし、こんなんでオリエンテーションを無事に乗り切ることができるのかしら?


 もうすでに、寝込みたいくらいに疲れたわ。




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