学園から去ることはできませんでした

 ブルーメ学園の在籍期間は、十六歳になる年から二十歳までの五年間だ。


 入学は春、四月。

 前世の学校に当てはめて考えるなら、一年生から三年生までが高校、四年生と五年生が短大という雰囲気だろうか。

 つまり、一年生から三年生が基礎教育として幅広い科目の学習をするのに対して、四年生と五年生は各々が選択した専門的な学問をより深く学ぶ場と考えてくれればいい。


 だが、ここは異世界。

 そして貴族学園。

 学校といっても、前世の雰囲気から異なる点も、多々ある。


 まず、在学中の結婚が自由だ。

 前世の常識で考えれば、大学はいざ知らず、高校のときに結婚すれば間違いなく騒ぎになっただろう。


 しかし、ここではそうではない。

 何故ならこの世界の、特に貴族女子は、結婚適齢期が短く、そして早い。

 平均すると十八から十九歳で結婚する人が多く、早い子は十五、六歳で嫁ぐ人もいる。

 そして、二十歳をいくらか過ぎれば「嫁ぎ遅れ」と揶揄される世知辛い世界だ。


 前世だったら三十歳をすぎて独身でも全然珍しくなかったし、わたしの友達で言えば二十代で結婚した子はものすごく少なかった。

 まあそれでも、一昔前は十代での結婚なんて当たり前だったので、大きな疑問は抱かない。


 厳密ではないにせよ「ブルーメ」の世界は十七、八世紀くらいのヨーロッパの雰囲気を元に作られている。

 ゲームなのでご都合主義的なところも多々あるが、元日本人で現代っ子だったわたしにとってはその方が過ごしやすいので文句もない。

 実際、食事に関しても現代風の食事ばかりなのでありがたいくらいだ。


 話を戻すが、結婚適齢期の問題で、学生結婚なんてさほども珍しくない。それがブルーメ学園である。

 で、ここからがわたしにとって重要なのだが。

 学生結婚が珍しくない学園なので、特に女性に多いのだが、結婚と同時に学校を退学する学生が非常に多い。統計では結婚した女の子の半分が学園を去る。


 それはどうしてか。

 貴族の結婚は政略的なものが多く、そして嫁いだ女性の役割として最も求められるものは跡継ぎを産むことだ。

 呑気に二十歳まで学園生活を謳歌していては、跡継ぎを産むのが遅くなる。


 わたしとしては別にいいじゃんと思うのだが、お貴族様たちはそうは考えない。

 何故なら結婚して三年間子供ができなければ、あっさり離縁が認められるような、そんな世界だからだ。


 貴族の結婚は、王家へ申請がいる。

 そして離婚する際もやはり、王家への申請がいる。


 王家は結婚に関してはよほどの問題がない限りあっさり許可を出すが、離婚に関してはそうではない。

 申請して一年以上も許可が下りないなんてザラで、手続きも非常に面倒くさければ、離婚申請の書類を取り寄せるのに莫大な金がかかる。つまり王家は離婚を推奨していないのだ。


 しかし、結婚して三年以上子供ができなかった場合においてはその例に当てはまらない。

 先ほども言ったが、貴族の結婚で最も重要視されるのは跡取りを残すこと。

 跡取りができないなら結婚自体に意味がないとみなされるので、申請をしたその日に離婚が認められ、離婚申請の書類を取り寄せる際のお金もかからない。


 よって、結婚して三年の間に子供ができなければ、夫もしくは夫の家族に、離婚を突きつけられるかもしれないと言うことだ。もちろんその逆も然り。


 だから、結婚後に呑気に学生を続ける女の子は少ないというわけだ。

 夫よりも妻の家の権力が高い、もしくは結婚する際に子供は急がないから学生を続けていいよと言ってくれるお家に嫁いだ人以外は、とっとと学園を去るのである。


 ……だからね~、わたしも退学したかったわけよ。


 はあ、とわたしは息を吐いた。

 お兄様との結婚は、わたしが驚くほどとんとん拍子に話が進んだ。

 もちろん結婚が「契約」なんてことは秘密だ。

 結婚して三年以上子供ができなければあっさり離婚できるので、わたしは目的を果たした後はその制度を使ってサクッと離婚する気満々だが、両親にそんな企みを言えるはずもない。


 ついでに、お兄様が提示してきたふざけた条件に付いても、もちろん両親には言えない。

 両親には表向き、わたしとお兄様が望んで結婚するのだという体を装って、そしれそれは、泣いて喜ばれるほどに歓迎された。

 どうやらお父様とお母様は、前々からわたしとお兄様をくっつけたかったらしい。


 ……道理でわたしとお兄様の婚約者が決められないと思ったわ!


 わたしはともかくとして、お兄様は跡取り息子だ。今年の十月で二十歳になるお兄様がいまだに婚約者を決められていないのはおかしいと思っていたのである。


 ……わたしに至っては、学園に入学すると同時にバカな行動を取りまくったので、婚約の申し込みなんて来なかったんでしょうから、別段不思議でも何でもなかったけどね。「歩く媚薬」とか言われるモテ男のお兄様にはとんでもないほどの申し込みがあったはずだし。


 もっと怒られるかと思ったが想定外にまとまったお兄様との結婚は、書類を取り寄せた後で、今年の夏に結婚式を挙げると言うことで落ち着いた。

 わたしとしては、これは契約結婚で別れる気満々なので、結婚式なんてせずともさくっと書類だけ出せばいいと思っていたが、公爵家としてはそうはいかないようだ。普通に考えればわかりそうなものだが、考え付かなかったわたしが悪い。

 大々的に結婚式なんてしたら別れにくくなるじゃんか、というわたしの気持ちは誰も考慮してくれない。口に出していないのだから当たり前だ。


 だが、わたしの最大の目的は、悪役令嬢として断罪されるのを回避することだ。

 まだゲームがはじまっていないのだから、わたしはいわば「悪役令嬢未満」もしくは「悪役令嬢候補」と言ったところだろう。

 今のうちにその立場を返上しておく、そのための結婚である。

 しかし、結婚し人妻になっても、何となく不安は残る。

 なのでわたしは、極力攻略対象たちに近づきたくないので、お兄様との結婚を機に、学園を退学したかった。


 しかし――


「マリアはおバカさんだから学園でちゃんとお勉強した方がいいと思うよ?」


 と、家族全員がわたしの退学を認めてくれなかった。


 くそぅ! 何故わたしは今日まで真面目に勉強をしてこなかったんだ‼


 地団太を踏んだわたしだったが、家族が認めてくれなければ退学できない。

 ついでに言えば、学園を退学することで、お兄様が提示した、学園を卒業するまでに結婚相手を見つけられなければ、契約ではなく本当に結婚するという条件を、うまい具合に回避しようとしたわたしの作戦はあっけなく砕け散った。


 ふはははは、卒業までにと言ったけど卒業しなければいいんだもんね~! なんてわたしの浅知恵なんてお兄様はお見通しだったのだろう。

 残念な子を見るような目で見られて鼻で嗤われた。悔しい‼


 ゆえにわたしは、あと四年間も、学園に在籍しなければならないらしい。


 はあ……。


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