第2話
「ね~え、なんで私なの?」
「ええい! そなたしつこいのじゃ! そなたがここ周辺に住まう少女の中で最も神力が強かったからじゃ!」
「神力って?」
「だから! 神力は神力じゃ! まったく、我は人選を誤ったかもしれぬ……」
あの後、元凶を沈めるまではこの世界から元の世界へと戻ることはできないと言うことを聞き、仕方がなく彼女に協力してあげることにした。確かに不安は大きいし、なんで私がというマイナスな思考もある。ただ、どこかこの短い冒険を楽しく感じている私もいるのは事実だ。
この世界でも時間は流れる。元の世界と同じように太陽は昇って、夜になれば沈んでいく。しかし、元の世界と異なるのは真夜中の0時になるとまた時間が繰り返されると言うこと。私達が厄災の元を沈めるまではこの2月1日から日をまたぐことができないのだ。
「私達はこれから何をするの?」
「そうじゃな。なにか武器を集めるだとか、そなたを鍛えるなんていう面倒くさいことはせぬ。そのまま厄災の元へ突撃じゃ!」
「えぇ、それって死なない?」
「死ぬかもな。じゃが何ら問題はない。そなたが死んだとてあくまでこの世界で死ぬだけじゃ。元の世界に何事もなかったかのように戻り、日常生活が始まる。もっとも、それから厄災の元を沈めるまでは世界中で災いが起こるがのう」
そういうと彼女はにひひと笑うが、まったくもって笑いごとではない。
「それにな、奴も長年の封印で力を失っているのじゃ。加えてあくまで封印から漏れ出た厄災の元凶のかけらと戦うのみじゃ。正直リスクはあるが心配することでもない。時折こうやって世に降りては1人の巫女を連れて鎮めに行っておるのじゃ」
どうやらこの儀式は厄災の元があふれてきた時に毎度行っている伝統行事らしい。この地域周辺に住む巫女を鈴の音で導いて共に儀式をしに行くのだとか。私ら巫女の仕事は祈りを捧げるリリスを守ること。
守るってどうやって……、と思いはするものの、巻き込まれてしまったものは仕方がないと自分自身に言い聞かせ、ちょっとした社会科見学じゃよ~、とか言いながら湖に沿って歩く彼女にひとまずは付いていく。
「おなかが空いてきたのう」
そういいながらリリスはおなかをさする。現在時刻は午前8時であり、ちょうど朝食の時間だ。湖岸から市街地へ入り、近くにあったコンビニへと足を運ぶ。
「まったく。毎度思うがこの自動ドアとやらはうなずけんな。使い物にならん」
「……」
そのコンビニの自動ドアにリリスは苦戦しているようであった。どうやら自動ドアはリリスに反応しないらしい。ドアとドアの隙間に手を入れて、精一杯に引っ張ってみているようだがびくともしない。
そんな光景を田舎特有の広い駐車場から見ているが、本当にコイツと共に戦って大丈夫なのだろうかと不安になる。
「まったく。世話が掛かる」
「おお、さすがじゃ。我が見込んだだけはある」
「普通に歩いただけだよ」
もちろん自動ドアは私には反応する。一瞬この世界だと自動ドアは機能しないのだろうかと思ったが、ただリリスに反応しなかっただけらしい。
私が近づいた影響で開いたドアを通り、暖かい店内へ入る。どうやら暖房などの電子機器は機能しているらしい。電気は付き、冷蔵庫だって動いているが、レジに目をやっても店員は一人も見当たらない。この世界に生命体が2人しか存在しないということが事実であるのだと感じさせられて少しわくわくする。
なお、リリスはるんるん鼻歌を歌いながら一直線にお弁当コーナーへと進み、姿勢を落としてお尻をふりふりとしながら、何がいいかなぁと楽しそうな声で呟いている。語尾はどこ行ったんだ……。
どうやら普段はお供え物だかのよく分からない米や酒ばかりを食べていて、味気のない食事らしい。おかずはただの塩のみ。
「ひえぇ、思い出しただけで食欲が失せるのじゃ……」
塩味の濃い食事を食べられるのは、こうやって巫女を連れてこの世界にやってきたときくらいだそうだ。ちなみに、お正月とかはいろいろな供え物が並べられて多少はマシになるらしい。
「そなたは何にするんじゃ?」
両手で大事そうにハンバーグ弁当を抱えながらリリスが私を見上げ、そう問いかける。
私は目の前のおにぎりの棚に手を伸ばし、梅干しと明太子のおにぎりを手に取った。たったそれだけか? と問われたので、小食だからと返答する。
そしていつもの癖でレジの方向へと歩みを進めるが、もちろんそこに店員はいない。
「何をしているんじゃ? 早く行くぞ」
適当なエコバッグを見つけ、その中にハンバーグ弁当を入れたリリスはもう既に出入り口そばにいる。そして、レジの方向へと向かっている私を見て、何やっているんだと言わんばかりの表情を向けた。
「お金を払う相手なんていないぞ。大丈夫じゃ。ここにある弁当を盗ったところで元いた世界には何ら影響はない」
若干の罪悪感が芽生えるが、支払先が存在しないのだから仕方がない。弁当を傾かないように慎重に歩くリリスと共にコンビニを後にした。
「ひえぇ、さむいのう……」
「別にわざわざ外に出て食べる必要はないのでは?」
「……それもそうじゃったな。まあ出てしまったものはしょうがない」
近くの公園に場所を移し、2人して若干湿ったベンチに腰をかける。抜け目のないリリスは、コンビニから貰ってきていた箸を器用に使ってハンバーグをつついている。
「……夏野は自分のがあるじゃろう」
その光景をじっと見つめていたら、彼女の目には私がハンバーグを狙う人のように映ってしまったらしい。いらないわ! と自分のおにぎりにかぶりつく。
顔を上げると、目の前には大きな諏訪湖が広がっている。一周4時間と言えばそこまで長くは掛からないように聞こえるかもしれないが、こうやって湖畔でじっくり眺めると非常に広いものだ。
あいにくの曇り空で富士山は見えない。一面の氷で冷やされた風が私の頬を撫で、身震いしそうになる。2月の諏訪湖はひたすらに寒い。
「暖めれば良かったのじゃ……」
つめたい……としょんぼりしているリリスに風情はないが、時代が時代ならおもわず一句詠んでしまいそうな風景である。まさかこの下に厄災の元が眠っているなどとは考えたこともなかった。
「まったく、そなたはなかなかに変わり者じゃなぁ。我もいままで多くの巫女と会ってきたが、そなたが一番の変わり者じゃよ」
リリスがハンバーグの下から一生懸命にパスタを引き抜いてはちゅるっと口に運ぶ。ただのかわいらしい少女にしか見えないが、明らかに耳と尻尾が生えている。違和感。
「まずのう、適応能力が高すぎるんじゃ。普通急に裏世界に連れてこられてこんな馬鹿馬鹿しくいられるかえ? 我が言うのも何じゃが」
「敬う気にならなくて……」
「まあ敬われるような立場じゃないからそれは構わんのじゃが……」
そういうといつの間にか空になったお弁当の容器をそこら辺に投げ捨て、勢いよく立ち上がった。
「さて、さっさと元凶を裁ち切りに行くのじゃ!」
そう元気に言うもんなので、頭にチョップを食らわせておいた。
「な、何をするのじゃ」
「ポイ捨てをやめなさい」
「のほほ……、そんな強く叩かなくても……」
小さなこぶをさすさすとしているリリスの後ろを付いていく。私達2人は順調に湖畔から外れ、踏切を渡って山道に入った。どうやらこの山道を抜けてさらに山の中に入るとしばらくで、小さな社があるらしい。その社が地下への入り口なのだとか。
なお、表の世界ではその入り口は隠れていて、通常見つかることはないそうだ。
「はい。到着じゃ」
社の位置はそこまで山奥というわけではなかった。しかし、山道から外れた所にあるが故に場所を知らなければたどり着くことすらできなさそうである。
相当古く見える社は私の背丈もないほど小さい。一輪の花もない小さな花瓶と、相当昔に置かれたであろうカップ酒がぽつんとあるのみで、柱は脆く今にも崩れそうであった。
「古くではよく人々が訪れた社だったのじゃ。厄災の元が封印されて以降こんな感じじゃがな」
神力で守られたこの社が崩れることはないらしい。昔は月ごとに麓の神社から貢ぎ物がやってくるほどには広く知られたものだったそうだ。今となっては私がそうであったように、地元の人でも存在を知らない。
「さて、さっさといくかのう」
「……道はどこに?」
周囲を見渡してみても、地下につながるような道は見つからない。よくゲームとかで見る地下遺跡の入り口のようなものを想像していたのだが、そんなものはどこにもない。
「そなたは何を言っておるんじゃ。これが入り口ではないか」
しかし、リリスはそう言って譲らない。彼女は先ほどからこの社を指さしているのだ。
「これは社でしょう。目印みたいなものでは?」
「違う。これが入り口じゃ。試しに突進してみぃ」
彼女の目には何が見えているのだろうか。私の目に映るのはただの小さな社であって、そこに地下へとつながる道など存在しない。突進したらこの社は崩れるだろう。神力なんていう力で守られているとはいうものの……。
「ええい、なにうじうじしとるんじゃ!」
「うわっ、ちょッ――」
リリスはためらう私を思いっきり社へ向かって突き飛ばした。
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