2-5
「わあ、すごい……!」
思わず、そんな言葉が漏れていた。
青空の下、午後の日差しを受け、
白銀の魔獣たちの被毛と額から生えた
特に大きく
それはまるで、伝説の
(なんて
エリアスを怖くて苦手だと思ったことも忘れ、リリーベルはしばし
「いかがです。本日は午後ですけれども、日によっては朝、また別の日には夜と、日々このようにしてエリアス様は国境をパトロールし、王国を護っているのです。我が主は、勇ましいでしょう?」
自分のことのように
「この辺境地帯には実り豊かな山林と森、そして
おっほん、と執事長は
「ですから、辺境伯というのは王国内で、大変に重要なお立場なのです。しかも、どれだけ努力をしようとも、誰でもなれるわけではないのです」
「まあ。努力をしてもなれないなんて、どうしてですか?」
尋ねると、興味を持たれたことが嬉しいのか、熱っぽく執事長は説明した。
「魔獣はもともと警戒心がとても強いのです。ですから外敵や見知らぬものに対して、大変に
へええ、と感心して、リリーベルは改めて小さくなっていく隊列を見送った。
その背後から、のんびりした声がかけられる。
「さあさあ、いつまでもエリアス様の
言ったのは先ほど髪を結ってくれた侍女頭で、ワゴンで運んできたお茶菓子を、テーブルに並べていた。
「これは失礼。リリーベル様、どうぞお茶を」
この人たちはエリアスを
「領地の牧場から取り寄せた、
にこにこして言う侍女頭に
「――美味しい! とっても美味しいです、深いミルクのコクがあって、口の中でほろほろ
感激して絶賛するリリーベルに、侍女頭は顔をしわくちゃにして喜んだ。
「それは嬉しいお言葉。……ああ、こんな素直で可愛らしい方が、本当にエリアス様のもとに
両手を
「エリアス様には、親しくされていた女性はいないのですか……? 執事長さんもおっしゃっていましたけれど、あんなに凛々しい辺境伯様なのに。パーティーでも、心を寄せた令嬢が、
リリーベルの言葉に、執事長と侍女頭は顔を見合わせ、急に肩を落としてため息をついた。
執事長はどこか悲しそうな顔で言う。
「女性に限らず、もともとエリアス様は、あまり人付き合いが得意ではないのです。何しろここは、王都から離れた辺境の地。
うなずいて、侍女頭が話を継ぐ。
「それに何より、スターリング辺境伯家は魔獣を従える
「結果として、王立学校では魔獣と同じくらいエリアス様を恐れるものも多かったのですよ。口下手なエリアス様は、愛嬌を振りまくというタイプでもございませんし、大事な魔獣を少しでも悪く言われると、
「ご卒業してからもいつもおひとりで、領地の管理とパトロールを
執事長と侍女頭は、
(そういえば、この前のパーティーで、辺境伯がひきこもっていたというようなことを話していた侍女たちがいたわ。そんな理由があったのね)
リリーベルは
(ひとりきり……ということは、ご両親はここに住んでいないのね。お風呂でも思ったけれど、お屋敷の規模に対して、使用人もすごく少ないみたい。この部屋に来るまでにちらっと何人か見かけたけれど、みんな侍女頭さんたちみたいにお
新しい使用人を
そして同時に、
(この辺境の地で……生まれながらに家系で宿命づけられたお仕事を、王国のためにずっと続けているのだわ)
聞くうちに、なんだか切なくなってしまったリリーベルだったが、執事長と侍女頭を見てふと思う。
「でも、おふたりは、とてもエリアス様のことが好きなのでしょう? 話していて、そう感じます」
もちろんですとも、とふたりは力を込めて
「私どもは、エリアス様が幼いころからずっとお世話をしてまいりました。
「根はお優しい方なのです。私などは
どうぞ、と侍女頭は、リリーベルの華奢な水色のティーカップに、おかわりのお茶を注ぎながら言う。
「ですから私どもは、リリーベル様が来てくださって、本当に嬉しいのです。それに、魔獣を見ても、逃げ出さないでくださっておりますし」
「は……はい」
本当は到着早々、死ぬかもしれないと思うほど恐怖を感じたのだが、優しい侍女頭に心配をかけまいと、先ほどのことは
(エリアス様だって、いくら魔獣を扱うことに慣れているとはいっても、あんな大きくて獰猛な生き物が相手なんだもの。危険なことだって、きっとあったはずよ。私も魔草を相手に、納屋にひきこもっていたけれど、それとは全然違う。この国でたったひとりの、魔獣を従える辺境伯。……すごい人なんだわ……)
執事長たちから話を聞けば聞くほど、リリーベルはエリアスの存在が気になるようになっていた。
もっともそれでもまだ、悪人ではなくても自分にとっては怖い人、というイメージのままだったが。
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