2-4


 浴室から出たリリーベルは、用意されていた分厚いふかふかの布で身体をき、広いだつじょできょろきょろする。


(えっ。私のワンピースがない……!)


 うすよごれているとはいえ、持っている服はあれだけだ。

 身体に布を巻きつけておろおろしていると、横の出入り口から白いお団子頭の侍女頭が姿を現す。


「失礼いたします。新しいお洋服をご用意しました」


 侍女頭は言葉の通り、両手に畳んだ服をささげ持っている。

 エリアスの言葉を思い出し、リリーベルはきょうしゅくした。


「あ、ありがとうございます……。私がその綺麗なお洋服を着てもいいんですか?」


 尋ねると、侍女頭はくしゃっと顔中をしわだらけにして笑みを浮かべた。


「もちろんでございますとも。以前のお洋服とエプロンは、お部屋にってあります。よろしければおせんたくいたしますので、ポケットの中をかくにんしてからおわたしください。さあ、お手伝いをいたしますから、こちらへ。髪のお手入れも、お任せください。まずは下着を」


 ゆうどうされるようにして、リリーベルはなめらかなの、すその長いシュミーズを身に着けた。

 下着とはいえこれだけでも、レースがふんだんに使われていて、さっきまで着ていたはだざわりの悪い綿めんのものとは、まったく質が違った。

 それから侍女頭は、おそらくは他国から取り寄せたと思しき、エキゾチックなとうの椅子にリリーベルを座らせると、後ろに回って赤い髪の毛を布でていねいに拭き始める。

 目の前にはちょうこくふちられた大きな鏡が設置されていて、ここは風呂上がりの女性が身だしなみを整える場所なのだろうな、とリリーベルは想像した。

 鏡の下には小さな棚があって、丸められた綿の入ったガラスびんこうの入った美しい陶器、ブラシなどが置いてある。

 姿を見えなくしているゴランは、そこにちょこんと腰をかけ、足をぶらぶらさせて楽しそうにこちらを見ていた。


(家にもお風呂はあったけれど、井戸の近くの石のタイルをった床のお部屋に、小さな浴槽を置いただけの、殺風景な室内だったわ。でもこのお屋敷のお風呂場は、お花や観葉植物もたくさん飾られているし、いい香りが漂って、すごくリラックスできる場所……)


「リリーベル様。よろしければ、どうぞ」

「あ。ありがとうございます!」


 せっせと侍女頭が髪をかわかしてくれている間に、彼女とは別のやはりろうれいの侍女が、飲み物まで持ってきてくれた。

 こんなによくしてもらっていいのだろうか、とリリーベルがまどっていると、侍女頭が感心したように言った。


「汚れを落とすと、なんとまあつやつやとして綺麗な赤い巻き毛でしょう。きちんとったら、それはもうちがえるようになりますよ」

「えっ。そうですか……?」


 本当だろうか、とリリーベルは思った。

 幼いころから継母に、薄汚い、不細工だと言われて育ったため、外見に関しての自己評価は、地の底にのめり込むほど低いのだ。

 それにちょっとでも髪をかしたりしようものなら、いやらしい、色気づいたなどと言われるので、怖くて手入れなどできなくなっていた。


(本当のお母様は……同じ赤い髪でも、とても美しいと社交界でも評判だった。似姿の絵は、みんな燃やされてしまったけれど……私の心の中のお母様までは消せないわ)


 そんなことを考えていたリリーベルだったが、鏡を見ているうちにハッとした。

 顔の汚れが落ちた上に湯で血色がよくなり、髪を綺麗に左右で結われた自分の顔が、一瞬母親のものとだぶったのだ。


(……お母様に似てる……のかしら? まさか、ちがいよね)


 鏡の中のリリーベルに、背後から侍女頭が笑いかける。


「ほら、すっかり可愛らしくなられましたよ。さすがエリアス様は、見る目があります」


 侍女頭は満足したように、うんうんとうなずいている。


「さあ、それではこちらのワンピースを」


 侍女頭に渡されて、リリーベルはあわい若草色の絹のワンピースにそでを通した。

 大きな白いえりレースで、スカートの裾には花のしゅうほどこされている。

 袖は折り返しの部分が白く、くるみボタンは服と同じ色だ。

 洗練されて可愛らしいデザインだということは、あまり洋服に興味のないリリーベルにもわかった。

 飾りだなの上に乗っているゴランは、めているらしく何度もこちらに向けて、投げキッスのような仕草をしている。

 まったくもう、とリリーベルはしょうした。


(これでエリアス様に、みっともないと思われないようになったかしら。少なくともここにいる間は髪もきちんと梳かして、怒られないようにしなくちゃ)


 ね。と鏡の中の自分に、リリーベルはうなずいた。




「おお! これは驚きました。格段にお美しくなられて……大変よくお似合いになっておられますよ!」


 そう言ったのは、全体的に丸くて背の低い侍女頭と対照的に、痩せていて背の高いロマンスグレイのしつちょうだった。


「あ……ありがとうございます」


 たとえお世辞でも、そう言ってもらえるのは嬉しい。

 服も髪も綺麗にし終えたリリーベルは、侍女頭に居間へと通されていた。

 いかにもそうな執事長は、丁寧にお茶をれてくれる。


「午後のお茶にいたしましょう。すぐに、焼きもお持ちいたします。こちらで、ゆっくりとおくつろぎください」


 リリーベルは、きょろきょろと部屋を見回した。


「あの。エリアス様は……?」

「ご公務で、今から国境警備のパトロールにお出かけになるところです。……そこの窓から、見られるかもしれません」


 いないと言われ、自分をどう評されるか心配していたリリーベルは、内心ホッとした。


(綺麗にしても、まだみすぼらしいって言われたら、どうしようかと思ってた。でも、それだったら私以外の、もっと美しい令嬢を指名すればよかったのに。……何を考えているのか、よくわからない人だわ)


 そんなことを思いながらも、こちらへ、と言う執事長について行ったリリーベルは、大きな窓の前に立つ。

 ぴしっと常に背筋を伸ばしている執事長は、あちらをご覧ください、とうやうやしく手で示した。

 素直にそちらに視線を移したリリーベルは、目を見開く。

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