1-4



 少しはなれた場所に、探し求めているゴランとは別の、見知った顔を見つけてリリーベルはぎくっとする。

 そこにいたのはリリーベルのままははと、義理のふたりの姉だった。


(見つかったら大変だわ! ああ、どうか私に気が付きませんように。ここにいるなんてバレたら、しばらくご飯も抜きだし、どれだけおこられるかわからない……)


 リリーベルは真っ青になり、小刻みに身体を震わせた。

 実はリリーベルはここに集っている、どの令嬢の侍女でもない。

 リリーベル自身が、しゃくの令嬢なのだ。

 母親が他界した後、仕事の都合で屋敷を空けることが多かった父親は、リリーベルを世話する新しい母親が必要だと思ったらしい。

 急いで知人のしょうかいを受け、ラウラという、ふたりの娘のいる女性とさいこんした。

 それが今の、リリーベルにとっての継母だった。

 夫に先立たれても、ひとりで子育てをしてきたラウラのしゅわんを信じ、姉ができたら話相手にもなりさびしくないだろうという父のおもわくは、すべて外れたのだが。

 ラウラと連れ子の娘たちは、リリーベルがざわりで仕方ないらしかった。

 リリーベルの父親が仕事で長く不在なのをいいことに、ラウラはてっていてきに自分の娘ふたりばかりをできあいした。

 そしてその状態は、父親がくなった後も続いている。

 義理の姉であるエイラとシイラも、ラウラと同様にリリーベルをいじめ、自分たちのめし使つかいのようにあつかっていた。

 幼いころの思い出のまった屋敷の部屋から追い出され、裏庭にあるが、現在のリリーベルの部屋になっている。

 アクセサリーはもちろんのこと、ドレスなど一枚も持っていないし、姉たちとは食事の内容もまったく違う。

 さらには侍女をやとう金がもったいないからと言って、家事の大部分をリリーベルがやらされていた。

 今夜もリリーベルをパーティーに参加させるつもりはなく、侍女として連れてこられたのだ。

 着飾った三人はおうぎで口元を隠し、夢中で何か話しているのだが、ここまで声は聞こえてこない。


(三人とも、顔が赤いわ。それに視線で穴を開けてしまうくらいの勢いで、辺境伯様を見つめてる。みんなと同じように素敵だと思っているのかしら)


 間もなく楽団が演奏を始め、いよいよダンスタイムが始まった。

 令嬢以外にも、その身内の男性貴族などが参加しているため、ホールの中央では、何組かの男女が手を取って踊り始めている。

 この日の主役であるエリアスの周囲には、相変わらず令嬢たちが陣取っていた。


「ねえ、エリアス様。……そろそろ踊ってはいかがかしら」

「あまりみなさんがさそってほしがるから、エリアス様は迷っていらっしゃるのよ。それに、しつこくせまる女性って、はしたないですわ」

「まあ。あなただって三回も、エリアス様に申し込んでいたのじゃありませんこと?」


 隙間からちらりと見えるエリアスは、何も言わずに冷たい表情をしてワイングラスをかたむけ、令嬢たちのいない方向に顔を向けている。

 やっぱり怖い人みたい、とリリーベルは思ったが、それどころではない。

 踊っている人がゴランを踏みつけてしまうのではないかと考えて、テーブルの下に隠れたまま、ハラハラして様子を見守っていた。

 すると一度はしなくなっていた強い香水の匂いが、再びふわりとただよってくる。


「ど、どうかしら。さっきより、少しは華やかになりましたでしょう?」

「まあまあですわね。私もお化粧を、しっかり直してきましたわ」

「少し口紅がすぎるのではなくて? ……ああ、それにしても……素敵ですわねえ……いったい誰を『花嫁候補』に選ぶのかしら」


 大広間に戻ってきた紫色のドレスの令嬢たちは、またうっとりした様子で口々にエリアスを称賛する。

 令嬢たちの声には、ワクワクとした期待と興奮の響きが込められていた。

 しかしエリアスは、すでに楽団が二曲目のワルツをかなでているのに、まだ踊ろうとしない。

 さらに三曲目の演奏が終わっても、まったくの無表情でなんの反応もなかったため、かすかに会場がざわざわし始めた。


「いったいどうされたのかしら、エリアス様」

「人数が多いから迷っているのではなくて? ああドキドキしますわ。さっき一瞬、私と目が合いましたのよ」

「何を言ってらっしゃるの、それは私を見たのですわ! エリアス様にはなんというか、運命を感じるのですもの」


 ざわめく会場で四曲目の演奏が始まったとき、ついにれたように国王が立ち上がる。


「――エリアス! そろそろ踊る相手を決めたらどうか。じっくり品定めするのもよいが、このままでは夜が明けてしまうぞ。まさか明日の夜まで、パーティーを続けるつもりではなかろうな」


 そんなにおもしろくないが、国王のじょうだんとあっては笑わないわけにいかないのか、ドッとていしんたちが笑い声を上げた。

 エリアスはむっつりした顔で立ち上がり、ため息をつく。

 令嬢たちがいよいよだわ、と頰をらせたそのとき、リリーベルは目をみはった。


(見つけた! あんなところにいたのね!)


 むっちり太った大根のようなゴランが、国王の座っていた立派な玉座の下から這い出して、ちょろちょろと床の上を走り出したのだ。

 リリーベルを見てぴょんぴょんとね、やっほー! と言うように、にこにこして手を振ってくる。

 リリーベル以外から姿を見えなくする魔法を使っているので見つかる心配はないものの、られたり踏まれたりしたら大変だ。


(ゴランちゃん、やめて! おとなしくして戻ってきなさい!)


 リリーベルは必死にテーブルの下を這って、ゴランのもとへと近づいていったのだが。


「――陛下。決めました」


 かつかつという靴音が、リリーベルのところに近づいてきて、ぴたっと止まる。

 えっ、とリリーベルが顔を上げたそのとき、おどろくべきことが起こった。


「これが『花嫁候補』です」


 まったく感情のない声で言うと、エリアスは無造作にリリーベルの手首をつかみ、テーブルの下から引っ張り出したのだ。

 どよっ、と大広間がざわめき、楽団は演奏を止めた。


「はいいっ? えっ、あっ、あの……」


 この大広間で、誰よりもぎょうてんしたのはリリーベルだ。

 貴族と令嬢、国王までもが見守る中、リリーベルは埃だらけの粗末なワンピースにくしゃくしゃの赤い髪というちで引きずり出され、呆然としてくす。

 ふと見るとゴランはテーブルの上に飛び乗り、それぞれの手にフォークとナイフを持ち、丸い顔に満面のみを浮かべ、やったね! と言うように、得意げにVの字を作ってみせていた。


(やっ、やめなさいって! 他の人たちからは、フォークとナイフが空中に浮かんでるように見えるはずよ。バレちゃうってば!)


 あわあわしているリリーベルをいちべつすることさえなく、エリアスは冷たい目を国王に向け、たんたんと言った。


「これにて、私の義務はしゅうりょうです。わざわざパーティーまで開いていただいて、ありがとうございました。おかげで伴侶にしたい相手が見つかりました。この場で正式に、彼女を『花嫁候補』といたします」


 は? と国王をふくむ全員があっにとられた。


「では、失礼」


 そう言ってエリアスは、リリーベルの手首をにぎったまま国王に背を向けて歩き出し、大広間を後にしようとする。


「えっ、えっ? 待ってください、これはあのっ、どういう……っ」


 ほとんど引きずられるようにしてついて行くリリーベルだが、何を言ってもエリアスは気にするそぶりも見せない。

 そのリリーベルの背中に、燃えるようなしっの視線と言葉が追ってきた。

 背後に令嬢たちの悲鳴を聞きながら、リリーベルはきょうがくと混乱で頭が真っ白の状態で、大広間を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る