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 令嬢たちはぴたりとおしゃべりをやめ、リリーベルも思わずそちらに目をやった。

 テーブルの下からだと、近くにいる人々はひざから下くらいしかわからないが、遠くにいる人はかえって全身が見える。

 毛皮のえりのついた純白のマントをひるがえし、宝玉のめ込まれたおうかんをかぶった四十代の国王は、げんに満ちた態度と表情で、一段高い場所の玉座に腰を下ろす。


(初めて見たわ。あの方が国王陛下なのね……。っと、こんな姿をとがめられたら大変)


 ますます身を縮めてテーブルクロスのかげに隠れると、次は本日の主役の登場を告げる声がした。


「エリアス・シリウス・スターリング辺境伯様、おなりにございます!」


 静まり返った大広間に、かつかつと小気味よくくつおとひびく。

 靴音が止まると、ばさっとマントが翻る音がした。

 テーブルの下で様子をうかがっていたリリーベルは、周囲の令嬢たちが一斉に、ハッと息をんだのがわかった。


「よく来た、エリアス。今宵は、お前のためのパーティーだ。じっくりと見定めて、しょうがいはんりょを決めるがよい」


 国王の重々しい声が、大広間に響く。


「国王陛下におかれましては、ごげんうるわしく。わざわざ私などのためにこのような機会を授けてくださって、光栄です」


 エリアスのものと思われる声は、甘い美声だった。

 が、どこか冷たく無感情だとリリーベルは思う。

 ところが、令嬢たちは別の感想を持ったらしかった。

 リリーベルのすぐ近くにいるベージュ色のドレスの令嬢は、身をくねらせてでもいるのか、フリルのたっぷりついた裾をわさわさとふるわせている。


「エリアス……辺境伯様……! なんて……なんてお美しい方なんですの……!」


 むらさきいろのドレスの令嬢も、落ち着きなくあしみをして言う。


「ほ、本当に、まさかこんなに美形だったなんて。お顔も綺麗ですけれど、すらりとして、まったお身体からだてき……。わ、私、ひとれしてしまいましたわ」

「あらっ、何を調子のいいことを言ってらっしゃるの。さっきは野蛮だとおっしゃっていたじゃないの。もし申し込まれても、絶対にお断りすると言いましたでしょう? 一度そう言ったのですから、断固そうするべきですわ。私は……お受けしてもいいですけれど……」


 また別の令嬢の言葉に、紫色のドレスの令嬢が食ってかかる。


「まあっ、ずるいですわよ! エリアス様があんなに美形だと知ったからって!」

「その言葉、そのままお返ししますわ!」


 男性でそんなに美しい人などいるのだろうか。

 リリーベルはそう思って、そっとテーブルクロスの隙間から顔を出し、ちらりと上座のほうを見た。

 人々とテーブルの隙間から見えた姿は、遠目でも確かに顔かたちが非常に整っているとわかる。

 華やかなパーティーだというのに、服装は銀色のけんしょうひもかざり、銀糸のしゅう以外はすべてくろくめで、カラフルな貴族たちの中にいて逆に誰よりも目立っていた。

 シャンデリアの明かりにキラキラと反射する、見事なブロンドがふちる顔は、ほおくちびるも厳しく引き締まって、鼻筋がすっと通っている。

 きらめくひとみは緑の宝石のようだったが、声と同様にとても冷たいものを感じて、リリーベルはあまり好ましいとは思わなかった。


(背が高くて、足が長いわね。美しいけれど、決して女性的ではないし……確かに、令嬢たちがさわぐのもわかるけれど……)


 それより怖そう、というのがリリーベルがエリアスに対して感じた第一印象だった。

 しかし令嬢たちの様子は、エリアスを見る前とは百八十度変わってしまっている。

 大広間のあちこちから、わあっ、という勢いで、いくにんもの令嬢たちがあいさつしようとエリアスのもとに押し寄せていく。


「エリアス様、初めまして! レイル伯爵家長女のエリーナと申します。今夜はもう、どなたとおどるか決めていらっしゃいますの? 私……」


 言いかけた令嬢の身体を、横から別の令嬢がぐいと押しのける。


「グレイブ侯爵家のジュリアですわ。何かお飲み物をいただきませんこと? すぐにきゅうに申し付けますわ」

「飲み物係はあちらへどいていただけます? エリアス様、私はリンダと申します。どうぞお見知りおきを」

「ちょっとあなた、今私を押したのではなくて?」

「勝手によろけておいて、がいしゃみたいに言うのは失礼ですわ。エリアス様の前で、目立とうとされていらっしゃるのかしら」

(す、すごい……! お砂糖に群がる、ありさんたちみたい……)


 思わず呆然として見つめてしまったその一団とは別に、リリーベルがひそむテーブルのそばにいた令嬢たちもがやがやと騒ぎ始めた。

 紫色のドレスの令嬢が、なげくような声を上げる。


「ああ、なんてこと! こんなことならとっておきの、一番高価なドレスを着てくるんでしたわ!」

「私だって、エリアス様のお姿を知っていたら、おしょうだって念入りにしましたのに! 今日はしぶしぶ参加したようなものだったから、たくに力を入れていませんの」

「それはもちろん、私もですわ。今夜は地味な薄化粧をしただけですもの」

「あら、そんな真っ赤なドレスをおしなのだから、じゅうぶん目立っていると思いますわよ。でも私は……個性のないベージュのドレスなんて、着るんじゃなかった。今からでも、せめて予備のアクセサリーを持ってこさせようかしら……」

「それですわ! 侍女のいる控えの間に行かなくては」


 結論を出した令嬢たちは、先を争うようにして控えの間に駆けていく。

 それで少し視界が開け、リリーベルは必死にゴランを探したが、まだ見つけることはできなかった。


(困ったわ。あの子はかしこいから、誰かに見つかるようなことはないと思うけれど……)


 リリーベルはこんわくして、額のあせをそっとぬぐった。

 家のものから見咎められずにこれまでいっしょに暮らしてこられたのも、ゴランがきちんと言いつけを守り、リリーベルに協力してくれていたからだ。

 むやみにリリーベルを困らせたことなどないし、むしろ仕事を手伝ってくれたりして、ゴランに助けてもらうことのほうが多い。

 あまえんぼうやさしいゴランは、決してリリーベルを裏切らない、心から信用できる友達だ。

 夜はリリーベルのうでまくらているし、朝起きたときは小さな手で、鼻をつんつんして起こしてくれる。

 土いじりの最中も、いつもかたの上に乗って機嫌よくしていた。


(それなのに、今日はいったいどうしちゃったのかしら。来たら駄目だと言ったのについてくるし、パーティーの会場を走り回るなんて。……あっ)

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