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(えっ! そんな、まさか!)


 ぴょこんとエンジ色のじゅうたんの上に立っているそれは、犬でも猫でも、ネズミでもない。

 リリーベルが手塩にかけて育てた、伝説の存在である植物。

 ゴランと名づけた、マンドラゴラだった。


(ゴランちゃん! ついてきたらって、あれほど言ったのに!)


 これほどリリーベルがあわてるのには、理由があった。

 マンドラゴラは魔獣と同様、太古の時代に生息し、現在ではぜつめつしたとされているそうの一種だ。

 まぼろしの存在と言われているため、見つかったら国中がおおさわぎになってしまうに違いなかった。

 マンドラゴラの体の部分は根菜なのだが、人間の体形にとてもよく似ている。

 頭は丸く、目も口もふにゃりと笑ったようなあいきょうのある表情をかべていた。

 大きさは生後二カ月くらいの子猫といったところだろうか。

 頭の上には大きなぼうすいけいの葉が数枚と、くきからびる赤い実がついていて、ゆらゆらとれている。

 ゴランはこちらに向けて、ぷっくりふくらんだおしりをふりふりとった。

 そして、てけてけと歩き始める。


(隠れていないと駄目よ! 見つかったらえらい学者さんたちのところに連れていかれて、もどってこられるかわからないわ!)


 リリーベルは慌ててつかまえようと手を伸ばしたが、ゴランはさっと身をかわした。

 そしてだいじょう、と言うようにリリーベルに笑いかけると、頭をくるんと振ってその実を回転させる。

 魔草のゴランは、簡単なほうをいくつか使うことができた。

 今使った魔法は、リリーベル以外から姿を見えなくするというものだ。

 これなら見つからない、とリリーベルが安心したのもつか、ゴランは小さな足をばやく動かし、わーい! とばかりに両手を上げ、ドアに向かってしていく。


(ちょっ、ちょっと待って! 何してるの、そっちは大広間……!)


 足元をすりけていくゴランにまったく気が付かず、先ほどの女官は侍女と話し続けている。


「……の中に、予備の髪飾りがあるとおっしゃっていました」

「そうでしたか! では、すぐに取ってまいります!」


 ドアのすきを、ゴランはうように素早く通り抜け、大広間へと入っていってしまった。


(ああああ! 大変、どうしよう!)


 リリーベルは青くなり、大急ぎで後を追いかける。


「あっ、あのっ、申し訳ありません、急用が……!」


 女官に言い訳をしながらリリーベルも大広間に足をれ、そこでいっしゅんまぶしさとむせるようなこうすいにおいに、くらっとしてしまった。


( ――な……なんてすごいお部屋……!)


 部屋などという規模ではない。

 何しろ、王宮における国王しゅさいの大パーティーである。

 てんじょうえがかれた絵画。きんぱくられた柱やまどわく。金糸銀糸でいろどられたらしいおりもののカーテン。ぴかぴかの大理石のゆか。テーブルに並べられたいろあざやかな砂糖菓子やカクテル、果物やジェリー。

 かざった令嬢たちの、目もくらむような色とりどりのドレス、アクセサリー、髪飾りのごうさと美しさにあっとうされ、リリーベルはぼうぜんとしてしまう。

 同時にそれらはリリーベルに、自分があまりにちがいであるということを、はっきりと感じさせていた。


すさまじいほどぜいたくで、キラキラして、みんなれい……。それなのに私は……)


 リリーベルはしょうぜんとして、自分の黄ばんだエプロンと、どろよごれのあるあちこちほつれたワンピースに目を落とす。


(……なんだか自分が、宝石箱の中に落ちたほこりかたまりみたいに思えてくるわ……。私はここにいたらいけない人間。……早く戻らなきゃならないのに……ああゴランちゃん、どこに行ってしまったの)


 リリーベルはなるべく目立たないよう必死にこしを低くし、テーブルの下からテーブルの下へと移動し、ゴランを探すことにした。

 なんだろう、とちらりと視線を向けてくる貴族もいて、そのたびにリリーベルはひやひやする。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、申し訳ないです、ごめいわくをおかけします」


 きょうしゅくして床にいつくばるようにして、リリーベルは貴族たちがいるテーブルの下をのぞむ。

 幸いとがめられることはなく、虫が歩いている程度の興味しか持たれていなさそうだ。

 リリーベルが床をのそのそ這い回る間にも、控室の侍女たちと同様に、令嬢たちの噂話が耳に入ってくる。


「陛下のご招待だから参りましたけれど、本音を言うとあまり気乗りしませんわ」

「ですわよね。兄に聞いたのですけれど、辺境伯のエリアス様といえば、王立学校にもめっにいらっしゃらなかったのですって」

「あら。ひとぎらいという評判は聞いておりましたけれど、それでよくご卒業できましたわね」

「たまにみえても誰とも話さず、近寄りがたい生徒だったそうですわ」

「なんだか変わった怖い方ですのねえ。辺境伯は、国の護りの要。……そう言うと聞こえはいいですけれども、実際はもうじゅう使いみたいなものなのでしょう?」

「ええ、ばんで不気味ですわ。どうしましょう、万が一、『花嫁候補』に指名されたら……」

「そのときは一カ月だけまんして、お断りすればよろしいわ。いかに国王陛下の開いたパーティーでも、『花嫁候補』のおためし期間は正式なしきたりですもの。断る権利はありますわ」


(エリアス、っていうのが、辺境伯様のお名前なのね、きっと。……ああ、それよりどうしよう。ゴランちゃんが見つからない)


 リリーベルがそうして、なおもテーブルの下をごそごそと這い回っていたそのとき。

 高らかにラッパが鳴り、衛兵が大きなよく通る声で、国王の来場を告げた。

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