ひきこもり令嬢なのに、氷の辺境伯の花嫁(※期間限定)に選ばれてしまった

もよりや/ビーズログ文庫

一章 ひきこもりの花嫁候補

1-1

 

「ひきこもりのはなよめになるなんて、絶対にいや! って、おじょうさまは言ってたわ」

「うちのお嬢様もよ。遠い田舎いなかの辺境で暮らすなんて、考えられないって。でも、へんきょうはくさまは王族の血を引いているんでしょう?」

「もちろん、だからこそ国王陛下がわざわざお相手探しをさせるために、今夜のパーティーを開いたんじゃない」

「だけど見つかるのかしら? 辺境伯様って、ほとんど王都にいらっしゃったことがないと聞いているけど。それに、まるで氷のように冷たい方なんですって」

みょうれいのごれいじょうは、ほとんど強制的に招待されたみたいね。これで見つからなかったらもうごけっこんはあきらめて、一生独り身で田舎にこもっているしかないわよ」


 美しい空色のかべがみに、がねいろがくぶちかざられた絵。小型のシャンデリアががるわいらしい小部屋。

 ここはフェザント王国の王宮の大広間にりんせつした、じょじゅうたちのひかえの間だった。

 ひとり、またひとりと今夜のパーティーに招かれた令嬢がとうちゃくするたびに、室内の人数は増えていき、ひそひそと社交界についてのないしょ話、うわさ話のささやごえあふれていく。

 リリーベルは侍女としてもまつすぎる灰色のワンピースをかくすように、白い大きなエプロンをつけ、それらの会話に交ざらずに部屋のすみでじっとしていた。


(なんだか、悪口ばかり聞こえてくる。だれに対してだろうと気持ちがいいものじゃないわ。……早く帰って、土いじりがしたい)


 そんなことを考えながら、左右に束ねたふわふわの赤いかみの毛先を、指でくるくるといじる。

 雑談に興じている侍女たちの主人は、大広間でこれから始まるパーティーに参加する令嬢、それに大事なむすめの夫になるかもしれない相手をみしようと、ってきた保護者たちだ。

 時折、主人に伝言や忘れ物を取りに行くよう命じられ、いそがしく部屋を出入りしているものもいる。

 侍女たちのひかえしつとはいえ、テーブルにはどっさりと焼きやお茶が用意されており、国王がいかによいのパーティーに力を入れているのかということが、まったく興味も知識もないリリーベルにも伝わっていた。


 フェザント王国は、山と大河に囲まれている。

 しかしゆいいつ平原である西側のりんごくとの境界は、地層の関係でフェザント側の大地がよくであり、貝やたんすいぎょが豊富にとれる湖があるため、過去には領土をめぐって時々争いが起こっていたらしい。

 もっともそれは『いたらしい』というくらいに昔の話であって、近年はずっとへいおんだ。

 なぜなら国境をパトロールしている、スターリング辺境伯率いるじゅう部隊があまりにゆうもうおそろしいため、他国はていさつすることすら難しいのだという。


 魔獣とは、ものようせいが世界をかっしていた太古の時代の生き残りであり、火をき頭には銀の角が生えているという、野生動物とはまったくちがう生き物だ。

 リリーベルは絵本でしか見たことがないのだが、きょだいおおかみのようなきばつめを持つ、と

てもこわい姿をしていた。


 はるか昔、建国の王フェザントは、幼いころ森で迷った際に助けてくれた魔獣と親しくなり、森林大火災が起こったときに、今度は自分が魔獣を救うべく森に向かい、ようじゅうすうひきを連れ帰ってきた、という伝説が残っている。

 その際、幼獣の世話役を申し出た王弟が現在のスターリング家の先祖であり、代々使命をいで、今も魔獣を飼育しているのだそうだ。

 どうもうな魔獣をあやつれるのは辺境伯の一族だけと言われ、誰にでもできる仕事ではない。

 だからなんとしてでもぎをさずかる必要があるのだが、現在の辺境伯はなぜか成人しても社交界に顔すら出さず、身を固めるつもりがないらしい。

 つうの貴族であれば、少し変わったちゃくなんのせいで家が断絶しようとも、他の人間には関係がない。実子に不安があるなら、養子をむかえることもできる。

 けれど、辺境伯は事情が違う。魔獣たちはどうやら、血でけているのか、スターリング家のものにしか従わない。

 そのため世継ぎが生まれなければ、次の世代の国境をまもるものがいなくなってしまう、ということなのだ。

 そのためごうやした国王は直々に、年ごろの令嬢たちにいっせいに招集をかけ、なんとしてでも花嫁を決めるようにと辺境伯に命じ、今夜の大々的なパーティーをかいさいする運びとなったのだった。


(なんだかお気の毒だわ。だって結婚したくないのに、相手を選ばなきゃならないなんて。きっと本当はおしきの中でひっそりと、自分の好きなことをしていたいんじゃないかしら。私にはその気持ち、わかるもの)


 ごとながら、リリーベルは心の中で同情した。

 自分もパーティーなどのはなやかな場所は苦手だし、家にこもって好きなことをできるのなら、それが一番いいと思っているからだ。

 現に今も侍女としてここに来ているだけで、落ち着かなくてそわそわしていた。

 こうしゃくこうしゃくの令嬢に仕える侍女たちは、お仕着せもや仕立てのいい服で、中央のとテーブルにじんっている。


「……ですって。それに辺境伯は、魔獣を従えるお仕事でしょう」

「そうそう、それよね。魔獣なんて気味が悪いわ。鳥でもないのに、卵を産むのですって」

「まあ! そんなところへ行くなんて、絶対に嫌だわ。お屋敷もけものくさいんじゃないの?」


(魔獣のいるお屋敷……どんな感じなのかしら)


 リリーベルは初めて少しだけ、その話に興味を持った。


(絵本には、魔獣はとってもきょうぼうで、恐ろしい生き物だ、って書いてあったわ。人になつかなくて、卵から生まれるそうだし、犬やねことはまったく違うみたい。……辺境伯様という人におよめさんができにくい理由がちょっとわかってきたわ。だって、私も怖いもの)


 うんうん、とリリーベルがかべぎわで、ひとりでなっとくしてうなずいていたとき、大広間に続くドアがそっと開いた。

 王宮の女官が顔を出し、きびきびした声で言う。


「フレイルはくしゃく令嬢付きの侍女に、お言付けがございます。ご令嬢のかみかざりに破損があり、へんこうされたいとのこと」


 はい! と後方の椅子に座っていた侍女が立ち上がる。


「わかりました。でも、変更と言われても……」


 急な命令にドアの前でおろおろしている侍女の様子を、見るともなく見ていたリリーベルだったが、ハッとする。

 自分のすそまである長いスカートがもぞもぞと動き、中からするっと飛び出したものがあったからだ。

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