いっそのこと、このまま…

帰りが遅くなってしまった俺を迎えたのは、

「おかえりなさいませ、ご主人様」


あげはだった。


「…ああ」


俺は返事をすると、あげはの横を通り過ぎた。


チラリと、横目であげはに視線を向けた。


彼女の目は、やっぱり黒だった。


――その吸血鬼、赤い目をしていたんですって


章子の口から聞いた吸血鬼の特徴――何故だかよくわからないけれど、それが俺の中でずっとひっかかりっぱなしだった。


あげはの目は黒だ。


吸血鬼の特徴から離れているのに。


せっかく寝ようと思っても、章子の言葉が頭から離れない。


パーティーで疲れているはずなのに、あんなくだらないものに出席して躰も心も疲れてるはずなのに、何故だか眠ることができなかった。


目を閉じて意識を手放そうとしても、章子の言葉が邪魔をして目を開けた。


俺は躰を起こした。


「――ッ…」


躰を起こしたとたん、めまいに似た感覚が俺を襲った。


とりあえず、水でも飲もう。


キッチンまで歩いたら少しは疲れて、眠れるだろう。


そう思いながら、俺はベッドから抜け出した。


少しふらついた足で、俺は部屋を後にした。


灯りのついていない薄暗い廊下を歩いていると、だんだんと目が暗闇になれ始める。


まるで吸血鬼だなと思いながら、俺は廊下を歩いた。


「――んっ…?」


月明かりが差し込んで、廊下の一部を照らしている窓に誰かがいることに気づいた。


そこに立っていたのは、あげはだった。


「――あげは?」


俺に名前を呼ばれたことにビクッと肩を揺らしたあげはは視線を向けてきた。


「そんなところで何をやっているんだ?」


俺が歩み寄ったとたん、あげはは逃げるように後ろへと下がった。


俺が1歩1歩と近づくたびに、あげはも逃げるように1歩1歩と下がって行く。


「どうして逃げる?


逃げる理由でもあるのか?」


あげはと距離を縮めようと思っても、彼女に逃げられる一方である。


何なんだ、この状況は。


俺は苛ついて、あげはに手を伸ばした。


「――やっ…!」


あげはの腕をつかんだ瞬間、俺は気づいた。


「――あげは…?」


目の前の光景が信じられなくて、俺はあげはの名前を呼んだ。


彼女の目は、真っ赤だった。


暗闇に浮かぶ鮮やかな赤は、白い肌のあげはによく映えていた。


「――お前…」


そう呟くように言った俺に、あげはは赤い目を伏せた。


吸血鬼の特徴である赤い目を持っていたのは、あげはだった。


つまり、彼女はその吸血鬼だったのだ。


部屋には、俺とあげはの2人きりだけだった。


俺はベッドに腰を下ろして、目の前で立っている彼女を見つめていた。


「ーーお前は、吸血鬼なんだな?」


俺の問いに、あげはは首を縦に振ってうなずいた。


「ーー血のない死体は、全部お前の仕業なんだな?」


続けて問いかけた俺に、あげはは否定をしないで首を縦に振ってうなずいた。


首を縦に振ってうなずいた後、あげはは俺から目をそらすようにうつむいた。


もう終わったと、彼女は思っているのだろう。


今まで隠していた秘密が俺にバレてしまったからだ。


でも俺は、彼女の秘密を誰かにバラすつもりはなかった。


バレたからと言って、あげはを他人へ渡すつもりなんてない。


世間にあげはの姿を見せようなんて、これっぽっちも思っていなかった。


「ーー欲しいんだろ…?」


そう言った俺に、あげはの顔があがった。


「ーー血が欲しいんだろ…?」


あげはは躊躇った表情を見せて、俺と距離を置こうとする。


俺はパジャマのボタンを1つ外した。


「ここにいた1ヶ月、吸血行為をずっと我慢してきたんだろ?


…だったら、俺の血を飲めばいい」


赤い目が俺を見つめている。


「――あげは…これは、主人の命令だ」


あきらめたと言うように、あげはが俺の前にきた。


殺されるなら構わない。


むしろ、あげはに殺して欲しいと思っていた。


こんなくだらない人生を送るくらいなら、最初から殺して欲しかった。


あげはに全てを奪って欲しかった。


彼女の華奢で小さな手が俺のパジャマに触れた。


赤い目が俺を見下ろしたかと思ったら、あげはは俺の首筋に顔を埋めた。


ーーザクッ…!


そこに彼女の牙が入ったのだろう。


一瞬の痛みに、俺は思わず顔をしかめた。


これで終わる。


俺の人生は、ずいぶんとつまらないものだったな。


他人事のように、俺はそんなことを思った。


ゴクリと、あげはが喉を鳴らした。


ああ、吸われているんだな…と、俺は思った。


あげはは何度も喉を鳴らして、俺から血を奪っていた。


その様子から、彼女は血に飢えていたんだなと俺は思った。


そう思ったのと同時に、甘さにも似た痺れが俺の躰を走った。


「――ッ、あっ…!」


血を吸われているその場所に、あげはの吐息がかかっている。


不覚にも、彼女の吐息に感じている自分がいた。


躰の中を駆け回るような甘い痺れに、吸われている場所から快楽を感じる。


「――んっ、くぅっ…!」


躰の中心から溶けてしまいそうで、俺は思わずあげはにしがみついた。


「――あっ…!」


セックス以上の快楽に、どこまでも堕ちてしまいそうになる。


あげはに血を奪われていたその時間は、ずいぶんと長かったような気がする。


あげはの唇が俺の首筋から離れた。


「――死んでない…?」


俺は頬に手を当てた。


血を吸われたから、てっきり死ぬんだろうと思っていた…けれど、俺は死ななかった。


あげはが俺から離れて、赤い目が俺をまた見下ろした。


「――あげは…?」


俺はあげはの名前を呼んだ。


ああ、俺は生きている。


でも…何故俺が生きているのかよくわからない。


「ーー血を吸われたから死ぬなんて、思わないでください」


あげはは呟くように言った後で、唇の端についた血を親指でぬぐった。


「わたしがいつも人殺しをしているなんて、思わないでください…」


あげはは寂しそうに言うと、親指でぬぐった血を口に含んだ。


その動作に、俺の心臓がドキッ…と鳴った。


…ああ、もう無理なのかも知れない。


「ーーあげは…」


あげはの名前を呼んだ次の瞬間、俺は彼女をベッドに組み敷いた。


赤い目に見下ろされる格好から一転、その目から俺を見あげる格好になる。


「――ッ、ご主人様…?」


いきなり俺に見下ろされたあげはは戸惑っている。


「“正宗”だ」


俺は言った。


「――えっ…?」


「2人の時は“ご主人様”じゃない、“正宗”だ」


そう言った俺に、

「そんな…」


あげはは困ったように目を泳がせた。


いきなり呼べと言われたから、あげはは困っているのだろう。


しかも相手は、自分の主人…だけど、俺は前言を撤回するつもりはなかった。


「――ッ、あっ…!」


俺はあげはの首筋に顔を埋めた。


「――んっ…」


舌を出して、白いそれに触れる。


「――ッ、あっ…!」


必死で声を押さえて、あげはは身をよじって俺から逃げようとする。


俺に感じているのに、あげははそれを隠そうとする。


そんなことしても逆効果だ。


余計に、俺の中の本能をあおるだけである。


「――やっ…!」


俺の手が太ももに触れた瞬間、あげははビクッと躰を震わせた。


そのまま焦らすように、彼女の太ももをなでてやる。


「――あっ、んんっ…!」


ビクビクと、あげはは感じているように震えている。


「――ま、正宗様…」


震える声で、あげはが俺の名前を呼んだ。


後ろに“様”がついているが、名前を呼んだから見逃すことにしよう。


「ーーいい子だ、あげは」


そう言った後で、

「――んっ…!」


俺はあげはの中心に手を伸ばした。


「――やっ、ひゃっ…!」


あげはの中心はすでに濡れて、溶けていた。


「――あっ、んんっ…」


「――ッ、キツいな…」


男にこの場所を触れられるのは初めてらしく、あげはの中は狭かった。


こんなにも濡れているのに、指1本のところがやっとである。


俺は親指ですでに膨れあがっている彼女の蕾に触れた。


「――やあっ…!」


触れた瞬間、あげはは大きな声をあげてビクビクと躰を震わせた。


震えた躰にあわせるように、あげはの長い髪が揺れた。


「――呼んだら、やめてくれるんじゃなかったんですか…?」


「ーーそんなこと、誰が言った?」


違うのかとでも言うように、あげはが俺に視線を向けた。


「俺はそんなことを言った覚えはない。


名前を呼んだらやめるなんて、誰が言ったんだ?」


何も言えないと言うように、あげはは俺から目をそらした。


「あげは」


あげはの名前をささやいたのと同時に、彼女と唇を重ねた。


舌先に感じたのは、鉄の味だった。


その鉄の味をぬぐうように、舌であげはの口の中をなでた。


「――んっ、ふうっ…」


苦しそうに声をあげたあげはに、俺は重ねていた唇を離した。


離したとたん、互いの唇に銀色の糸がやらしくひいた。


「――性欲処理だなんて思うなよ…」


そう言った俺に、あげはは濡れた視線を俺に向けてきた。


「押さえ切れないから…歯止めなんて利かないから…」


俺の中の本能が煽られて、俺の中を支えていた理性が消える。


こんな気持ちは、初めてだ。


誰かに対してこんな気持ちを感じたのは、生まれて初めてだった。


自分の気持ちを押さえることができない。


自分の気持ちを隠すことができない。


自分の気持ちに、歯止めを利かすこともできない。


俺はすでに勃ちあがっていた雄(オス)を取り出す、

「――あげは…」


名前を呼んで、彼女の中心に押し込んだ。


「――うっ、ぐぅっ…!」


押し込まれた瞬間、あげはが苦痛に顔を歪めた。


初めてこんなものを入れられたから痛いのは当然か。


慎重にあげはの中に雄を押し込みながら、俺は思った。


一体どうしたのか、自分でもよくわからない。


今はただ、あげはに触れたくて仕方がなかった。


あげはをこの躰に感じたくて仕方がなかった。


このまま、あげはと一緒に堕ちていいとさえ思った。


「――んっ…」


雄が全部あげはの中に入った。


「――はあっ…」


あげはは苦しそうに息を吐いた。


その顔も、吐息も、俺の心臓をドキッと鳴らせる。


「――あげは…」


キツく雄を締めているあげはの中に答えるように、俺は突きあげた。


「――ああっ…!」


突きあげられたとたんに、シーツのうえで長い黒髪が踊った。


それは俺が突きあげれば突きあげるほど、加速する。


「――正宗様…」


あげはが俺の名前を呼んだ。


不覚にも、俺の心臓がドキッと鳴る。


こんなことで喜ぶなんて俺は相当なバカだ、単純にもほどがある。


「――あげは…」


あげはの名前を呼んだ瞬間、俺は彼女の中で果てた。


「――あっ…!」


それに感じたと言うように、あげはは短く声をあげた。


ビクビクと震えているあげはの躰を、俺は強く抱きしめた。

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