ひっかかった特徴

専属なんて、俺もずいぶんとバカなことをしたもんだなと思った。


あげはを俺の専属メイドとして働かせるなんて、我ながらバカな提案である。


けれど…あげはを他人に任せたくなかったし、あげはを他人に渡したくないと、俺は思っていた。


何とも子供じみた理由だ。



「お茶です」


そう言って、あげははテーブルのうえにティーカップを置いた。


働き始めてから1週間、あげははすぐに仕事を覚えた。


紅茶の入れ方も、シーツの引き方も、掃除のやり方も、俺が教えたことをあげはは何もかも覚えた。


俺はカップを持ちあげると、紅茶の香りを鼻で感じた。


チラリと、俺はあげはに向かって視線を動かした。


腰までの長い黒髪に隠れた後ろ姿だった。


膝丈の黒いワンピース、フリルのついた白いエプロン、頭にはエプロンと同じくフリルのついたカチューシャが身につけられていた。


我が家に雇っているメイドたちと同じ格好をしているあげはだが、彼女が身につけると何かが違うな。


自分の中で出かかりそうになっているものを隠すように、俺はコクリと紅茶を口に含んだ。


相手はメイドだ。


メイドの姿なんて、飽きるくらいに今まで見てきたはずだろう。


その時だった。


「困ります、章子様!」


慌てたような谷田部の声と同時に、大きな音を立てながら足音がこちらに向かって近づいてきた。


バンッ!


一瞬ドアが壊れたのかと思ったが、それは違った。


「正宗様!?」


部屋に入ってきたのは章子だった。


「申し訳ありません、正宗様」


谷田部が章子の後ろにくると、頭を下げて謝罪をした。


「一体何をお考えなんですが!?」


章子がズカズカと大股で俺の前にきた。


椅子に座っている俺は、章子に見下ろされる格好になる。


「拾った女を正宗様専属のメイドとして雇ったなんて!」


…ああ、それか。


彼女はそれが気に入らないと言いにきたんだなと思いながら、俺はカップをテーブルのうえに置いた。


章子の視線から離れるように、俺は椅子にもたれかかった。


「それは主人である俺の勝手だ。


お前には何の関係もない話だろ」


「――で、でも…」


でも、何だ?


俺は息を吐くと、

「名前すら忘れている彼女を吸血鬼のエサとしてお前に引き渡せとでも言うのか?」

と、言った。


「そんなことをおっしゃっているのではなくて…」


章子の口からは言葉が続かない。


沈黙が部屋を襲った。


あげはと谷田部が黙って、この状況を見つめている。


沈黙に先に根をあげたのは、

「――もういいです、失礼します」


章子の方からだった。


彼女は俺に背中を見せると、部屋を去った。


「本当に申し訳ありません」


謝罪の言葉を述べると、谷田部も章子の後を追った。


嵐が去った後みたいに部屋が静かになった。


「あげは、閉めろ」


「はい…」


返事をしたあげはがドアに歩み寄ると、彼女は静かにドアを閉めた。


音を立てることなく静かに閉めたドアから、あげはは離れなかった。


「――あげは?」


ドアは閉まったはずだろ?


俺に呼ばれたことに気づいたと言うように、あげはが俺のところへ戻ってきた。


「お菓子の用意をしますか?」


そう聞いてきたあげはに、

「頼んだ」


俺が返事をすると、あげはは背中を見せると用意を進めた。


時おり、用意をしている彼女の手が止まった…かと思ったら、すぐに動いた。


「――あげは…」


気がついたら、俺は彼女の後ろ姿に歩み寄っていた。


彼女に触れたらダメだ…と、頭の中で何かが言っている。


だけど、それに逆らうように俺の腕はあげはに向かって伸びていた。


何かが俺の中で動いている。


それを止めるのに必死なのに、躰は言うことを聞いてくれない。


「――ご主人様…?」


あげはが驚いたのも無理はなかった。


俺は後ろから、彼女を抱きしめていたのだから。


突然のことに驚いたはずなのに、あげはは何も抵抗しない。


俺は、自分の行動に戸惑うばかりだった。


何故だかよくわからないが、俺は自分からこうしたくなった。


どうしてなのかわからないのに、自分はこんなにもおかしなことをしている。


まるでそれは、あげはを慰めるように。


しばらく俺は彼女を後ろから抱きしめていた。



あげはを雇ってから1ヶ月が経った。


あの日の出来事はウソだったかのように、俺は毎日を過ごしていた。


あげはは相変わらず覚えた仕事を完璧にこなしている。


世間はまだ吸血鬼の事件が続いているのだろうか?


吸血鬼は、まだ血のない死体を出し続けているのだろうか?


心の中で思ったことを隠すように、俺は紅茶を口に入れた。


「行ってらっしゃいませ、正宗様」


今日はあげはが玄関まで見送っていた。


出席もしたくないパーティーに、俺はまた呼ばれた。


どうせつまらないだけなのによくやるよなと、俺は心の中で毒づいた。


またいつも通りこなけりゃよかったと後悔するのになと、俺は谷田部が運転する車に揺られながら思った。


パーティー会場は後少しである。


「あら、正宗様」


…やっぱりな。


また章子に会ってしまった。


「ごぶさたしております」


そう言った章子に、

「…今日はやけに機嫌がいいな」


俺は毒づくように言った。


こっちはパーティーに参加しているせいで気分が悪いって言うのに…。


章子の上機嫌さは気分がよくなるどころか、さらに悪くなってしまうくらいだ。


「正宗様に会えたからです」


そう言った章子に、俺は演技がヘタクソだと心の中で毒づいた。


素人よりもヘタクソ過ぎて笑える。


「他には?」


俺は言った。


お前の演技などお見通しだ。


そう言う意味も込めて、俺は章子に聞いた。


「――勘がお強いんですね…」


唇をあげて笑う章子だが、目は笑っていない。


俺に見通されるなんて、思っていなかったのだろう。


「ここ最近、吸血鬼を見なくなったの」


章子が言った。


見なくなった?


「死体も出なくなったのか?」


そう聞いた俺に、

「当たり前よ、吸血鬼がいないんだから」


章子は皮肉混じりに言った後、息を吐いた。


「やっと吸血鬼の特徴がつかんだから、ようやくお縄にかけられると思ったのに」


特徴…?


何故だかよくわからないけど、あげはの顔が頭の中に浮かんだ。


俺は頭の中の彼女を消した。


何であげはが頭の中に出てきたのか、自分でもよくわからない。


「その吸血鬼、赤い目をしていたんですって。


目撃者の証言でようやくわかったのに、どこかへ逃げたわ」


ーー赤い目だと…?


あげはの目は黒――人間と同じ色をしていた。


目撃者が見たと言う吸血鬼の目は赤だ。


だから違う、あげはは吸血鬼じゃない。


そう思っているのに、俺の中では何かがひっかかっていた。

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