第58話:学年チーム戦に向けての特訓2
美里がようやく動けるようになったところで、俺たちは学年チーム戦に向けての練習を始めることとした。
学年チーム戦では地下にあるVR機器の搭載された部屋を使うことになる。そのため、戦いの場は神巫さんと戦ったような広大な地である可能性が高い。広い空間をどのように生かすかが要となってくるだろう。
「てやっ!」
美里は持っていた小刀を来栖に向けて振るう。使い始めて間もないことがわかるほど動きに洗練さが感じられない。美里の小刀はあっけなく来栖の持っていた小刀に受け止められる。
「ふっ!」
今度は来栖が反撃する。美里の小刀を弾くと、素早い動きで彼女の懐に入っていく。能力を使う際に懐に入ることが必須なためか、こちらは洗練された動きだった。今回は足を打つようなことはせず、持った刀を美里の顔へと突き刺していく。
弾いた時は逆手持ちだった。いつの間に、持ち手を変えたのだろうか。
「ちょっ!」
美里は慌てて顔を逸らすことで避ける。
「やばっ!」
後退しようとして後ろに重心をかけすぎたのか、危険を知らせる声を出すや否や大きく尻もちをつく。
「来栖さん……容赦なさすぎるよ。もうちょっと手加減してくれないと」
「学年チーム戦まで時間がないんだからビシバシ行かないと!」
「来栖の言うとおりだ。もし仮に美里のところに敵がやってきたら、誰かが駆けつけるまでは一人で戦う必要があるからな」
俺たちの立てた戦術では俺、来栖・晶、美里の三つに分かれることになっている。
美里は味方の治癒に当たる。チームのためのスポットを一箇所制定し、美里に留まってもらう。他のメンバーは敵からダメージを受けた際にスポットに行き、美里に損傷を治してもらうという算段だ。
だから、もし敵が俺たちのスポットに気付いた場合、美里は一人で戦う必要がある。治癒という強力な能力を持っているため、簡単に負けるような真似はしてほしくない。だから学年チーム戦までにできるかぎり力をつけておいて欲しいのだ。
「分かってるわよ。さあ、もう一回やるよ」
美里は立ち上がると再び小刀を構えた。文句を言いながらも、ちゃんと練習してくれるのはありがたいところだ。
「あと、治癒能力の強化も頼むぞ!」
そもそも治癒能力が使い物にならなかったら、元も子もない練習だからな。美里にはちゃんと能力の強化もしてもらわないと。
「分かってるわよ! ひとまずはこっちに集中させて!」
美里は心底怒ったような口調で俺に返事をする。人が頑張ろうって時に追加注文するのは良くなかったな。「悪い……」と美里に謝る。
さて、次は残るもう一人の練習に付き合おう。
俺は美里と来栖が戦っている所から離れ、晶のいるところに向けて歩き始める。
晶はライフルのような両手持ち拳銃を構え、壁に取り付けられた的に目掛けて打っていた。実際に弾が出るわけではなく、引き金を引くと銃口にとりつけられたセンサーが的に印をつける仕様となっている。
的に記された銃痕は真ん中に集まっているわけではなく、バラバラに散っている。
「案外難しいもんなんだな」
俺の場合は【波動支配】が補正機能を果たしてくれるので、真ん中に当てるのは容易い。しかし、それがない状態で打てば晶と変わらない結果になりそうだ。むしろ晶以下かもしれない。
「うん。でも、少しずつ近づいてはいる。練習さえすればうまくなると思う」
そう言って引き金を引くと、今までの銃痕よりも真ん中に近い位置に印がついた。彼女の言ったとおりだ。
「何かあった?」
打ち終えると、晶は拳銃を下ろして俺の方に顔を向けた。うまく真ん中辺りに当たったというのに喜ぶ様子はなく、いつもどおりの澄ました表情を見せていた。
「一つ、晶に試して欲しいことがあってな」
「試して欲しいこと?」
「ああ。晶は【瞬間移動】の能力を誰かを引き連れてやったことってあるか?」
「ない」
「そうか。なら、場合によっては晶が誰かを引き連れて【瞬間移動】の能力を発動できるように特訓しないといけないかもな」
「……それは学年チーム戦で必要なこと?」
晶の問いに頷くことで答える。
俺は3人に対して、俺、晶・来栖、美里の3手に分かれ、俺が敵を殲滅、晶は遠距離から俺をサポート、晶に近づいてきた敵を来栖が返り討ちにし、美里はスポットで待機すると伝えた。
だが、伝えきれていないことはまだある。それを伝えられるかどうかは、晶が自分以外の人物も【瞬間移動】させることができるかどうかにかかっている。
「分かった。なら、試してみる。遥斗が手伝ってくれるっていう認識でいい?」
「もちろん。そのために来たんだからな」
俺の答えを聞き、晶は持っていた銃の紐の部分を自分の肩にかける。
「誰かを引き連れての【瞬間移動】は、その人の体に触れて【瞬間移動】の能力を発動すればできる気はする」
「俺も同じ認識だ」
実際、夜襲の時にいた移動系の能力者は、能力を発動する前に仲間の体に触れていた。
晶は俺に近づいてくると、自分の手を俺の肩にかけた。
「行くよ」
言うや否や晶は突然姿を消した。顔を左右に動かし、彼女を探す。少し離れた位置に晶の姿を発見した。どうやら、晶は一人で瞬間移動をしてしまったみたいだ。
彼女もまた俺の方に顔を向ける。それから早足でこちらにやってきた。
「失敗した」
「そうみたいだな。能力の鮮度が問題かな?」
「多分。今の私は小物程度しか瞬間移動はさせられないんだと思う。拳銃はちゃんと瞬間移動できていたから」
晶は強調するように肩に掛けていた拳銃を今一度掛け直した。自分の身につけている物はちゃんと同じように瞬間移動できているみたいだ。
自分の身につけているものか……
「晶、一つ試したいことがある。少しだけ我慢が必要になるけどやってみてもいいかな?」
俺はふと浮かんだアイデアを試すためにも晶にそう前置きした。彼女は言っている意味がわからないと言うように首を傾げる。
「成功に一歩近づけるのなら構わない」
「なら、少し体を借りるぞ」
「えっ……」
晶が了承してすぐ俺は彼女の体をギュッと抱きしめた。同い年の異性を抱きしめるのは気が引けたが、学年チーム戦を勝ち抜くためには必要な技になってくるので、背に腹は変えられない。
晶は戸惑いの声を上げる。何が起こったのか理解しきれていないようで、体は動かないままだった。
「この状態で【瞬間移動】を使ってみてくれ」
俺が声をかけると、不意に見ていた視界がガラリと変わった。
どうやら、浮かんだアイデアは当たっていたみたいだ。晶の体から離れ、俺は彼女に向かって笑みを浮かべた。
「誰かを引き連れて【瞬間移動】の能力を発動するには、鮮度以外にも接地面という解決作があるみたいだな」
自分のアイデアを晶に語る。ただ、晶には俺の話が届いていないみたいだった。頬を真っ赤に染め、虚空を見つめている。
「ど、どうした?」
もう一度問いかける。そこでようやく晶は俺を見た。
「な、なんでもない。いきなり抱きつかれたから驚いただけ」
視線を若干俺から背け、晶は言う。
すると、彼女は不意に目を大きくした。どうしたのだろうかと思ったところで、晶は突如と姿を消した。
「何してんのよ!」
不意に背中にものが当たったような感覚を覚える。ものの勢いは凄まじく、俺の体は宙に浮き、そのまま吹き飛ばされた。俺は地面に3、4回ぶつかり、動きを止めた。膜が張られていなかったらと思うとゾッとした。
「遥斗……あんた……晶に何してくれてんのよ!」
チラッと自分がいた位置を見ると、美里の姿があった。美里は鬼のような形相をしながら俺を見ている。
どうやら、晶以外にも前置きをしておかなければいけない人物がいたみたいだ。他の異性に見られた場合のことを考えられていなかった。
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