第56話:衝撃の情報

 午後のカリキュラムを終え、俺は暦たちのいる保健室を訪れた。


「遥斗くん……」


 保健室に入ると、ベッドにいた暦が俺の方を向いた。可動式のベッドの上半部を動かし、状態を上げている。


 暦の隣には神巫さんの姿がある。彼女は電子端末を開いていた。暦が俺の名前を呼ぶと、操作する手を止め、こちらを向いた。目が合ったところで軽く会釈してくれた。


「怪我の方はどうだ?」


 俺は暦のベッドに近づく。


 まだ傷は癒えていないようで二人とも顔には湿布を貼っていた。神巫さんに至っては露出した首元から包帯を巻いているのが分かる。


「痛みは引いてるよ。神巫先輩は……」


 暦は言葉を続けることなく、不意に萎れた表情を見せる。彼女の雰囲気で何かを察したのか、神巫さんはため息を漏らした。


「気にしなくていいと言ったはずですが……優しいのはお姉さん譲りですね……私も暦さんと同じです。明日からはいつもどおりの生活を送れるでしょう」


 昨日の夜襲で二人の間に何かあったみたいだ。聞きたいところではあるが、暦の様子を見るに止めておいたほうがいいだろう。


「それなら良かったです」


「遥斗くん。まだお礼を言ってなかったね。助けてくれてありがとう」


 暦は再び笑顔を取り戻し、俺に感謝を述べる。


「どういたしまして。ひとまず、二人が無事で良かったよ。それにしても、まさか敵側に二人が束になっても敵わない相手がいるなんてな」


 暦と一緒にいた時に夜襲を仕掛けてきた敵は数が多いだけで一人一人の力はなかった。だが、今回の敵はたった一人で暦と神巫さんを倒すことができるほどの強敵だ。もし、敵が組織だとするなら幹部格あたりが来たと見ていい。


「今回は敵の作戦にまんまと引っかかりました。不甲斐ない限りです」


「神巫先輩の言うとおりだよ。敵の幻覚にうまく対応できなかった」


 暦は悔しがるようにベッドのシーツをぎゅっと握りしめる。


「あの姉さんが誘拐されてしまうほどの敵だ。私が侮って良いわけなかった。次は絶対に奴らを倒してみせる」


 言葉の気迫から彼女の覚悟が読み取れる。今回の戦いで戦意を喪失するかと思ったが、杞憂だったみたいだ。むしろより闘志を燃やしている。


「暦さんの言うとおりですね。幻覚の能力者には逃げられてしまったんですよね?」


 神巫さんが尋ねてきたので、俺は深く頷いた。


「確保しようとしたところで移動系の能力者に先回りされました」


「移動系の能力……これはまた厄介な能力を持っている人間が向こう側にはいますね」


 神巫さんの言うとおりだ。厄介なのは幻覚の能力者を一緒に移動させたところだ。下手に奴と対峙すれば、敵の巣に自分が誘われる可能性がある。誇誉愛先輩が攫われたのは、奴の尽力によるものかもしれない。


「そういえば、久世さんから話は聞いているかもしれませんが、今回の夜襲で敵の狙いは暦の可能性が高いことが分かりました。神巫さんが一緒にいるところを狙ったことから誇誉愛先輩に関連している人物に攻撃を仕掛けている可能性は高いです」


「当然の帰結だね」


「うん。なので、これからの生活ではお二人に対して護衛をつけようという結果になりました。神巫さんには睦美さんがついてくれるそうです」


「先ほど杏奈から聞きました」


 どうやら、俺よりも早く睦美さんは保健室にやってきていたようだ。


「それから暦には我妻と宵越がついてくれることになった。但し、部屋にいる際は広さの関係でどちらか一人が付くって感じだ」


「凛音は分かるけど、宵越さんも付いてくれるんだ。それもそうか。神巫先輩が一緒にいてこの結果だもんね。一人よりも二人にするべきか」


 俺が説明するよりも先に暦の中で自己完結してくれた。理解が早くて助かる。


 話している最中、保健室の扉が開く音が聞こえた。音に反応して振り向く。暦と神巫さんも俺と同じような動きをするのが見えた。


 入ってきたのは久世さんだった。


「二人とも調子はどうだい?」


「痛みはだいぶ和らぎました。心配していただき、ありがとうございます」


「私も神巫先輩と同じです」


「それは良かった。久遠くん以外には誰もいないみたいだし、話すには良い環境が整っているね」


 意味深な発言をする久世さんに対して、俺の中で一つの結論が出る。


「昨日の件で、何か進捗があったんですか?」


「鋭いね」


 俺の予想は当たったみたいだ。


「昨日の件とは何ですか?」


 神巫さんが尋ねる。俺と久世さんのやりとりを見て、かなり気になったようだ。


「昨日、久遠くんと神山先生と杏奈と話していてね。この学校に侵入してきたということはこの学校に元いた人物である可能性が高いと踏んだんだ。それで、今回の敵は非戦闘特化の能力を持っていたから、同じ能力を持つ人物が卒業生の中にいなかったか探したってわけ」


「なるほど。もし、同じ能力者がいれば、そこを敵の情報を収集するための糸口とするわけですね」


「人違いの可能性もあるから慎重に事を運ばないといけないけどね。でも、その心配はいらない」


「つまり、卒業生の幻覚の能力者はいなかったという事ですか?」


 久世さんの物言いから何となく結果が分かったため問いかける。しかし、久世さんは俺の問いかけとは裏腹に首を横に振った。


「幻覚の能力者は卒業生の中に確かにいたよ。それも、調べていったら学校に在籍している最中に行方不明になっている」


 彼の言葉に俺は戦慄を覚えた。他の二人を見ると、同じように驚いた表情をしている。


 無理もない。誇誉愛先輩と同じ被害に遭った人物が過去にいたのだから。誘拐はずっと前から行われていたのか。


「一つだけこの場にいる全員に確認したいことがある。昨日戦った敵の容姿を教えてもらっていいか?」


 久世さんの話を聞き、俺たちは一度顔を合わせた。


「誰かは判別することができませんでした。分かることがあるとすれば、男性ということでしょうか」


 神巫さんの答えに同意するように俺は頷いてみせる。俺たちの話を聞き、久世さんはため息をついた。


「実は、行方不明になった幻覚の能力者は女性なんだ」


 久世さんから出た言葉に耳を疑う。


 同じような事件であったから関連しているように思えたが、先ほど言っていたように人違いだったのか。


「人違いだったのでしょうか。なら、彼女が行方不明になった原因はまた別の理由?」


 神巫さんは顎に手を添え、考える素振りを見せる。それから何かハッとしたように顔を上げた。彼女の視線の先には俺がいた。


「いえ。もしかすると、敵は久遠くんと同じように模倣系の能力者だったのかもしれません」


 彼女の答えは納得のいくものだった。ただ、一つ懸念点がある。


「でも、それならば他の能力も使ってくるんじゃないでしょうか? 俺が喰らったのは幻覚の能力だけでした」


 もし模倣の能力であるならば、俺のように他の能力を掛け合わせてくるはずだ。


「久遠くんの言うことは一理あります。でも、幻覚の能力の体力消費等で使うことができなかった可能性も考えられます」


【部分時戻】のように使う際に大きく体力を消費する能力であれば、極力他の能力を使わないようにして体力を温存しておく可能性はあるか。


「候補は色々あると思います。ひとまず、過去にも同じような事件が起こっていたことが分かっただけでも良い収穫でした。やはり、この学校には何か秘密がある」


 暦の言葉に全員が頷く。


 二人も在学中に行方不明になっているのだ。この学校に秘密があるのは間違いない。

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