第55話:我妻への頼み事

 午後のカリキュラムは能力ありきでの実技演習になったこともあり、クラスカーストで使われていた実技場で行われることとなった。


 4人1組となり、それぞれのエリアで特訓していく。俺は宵越と我妻と暦の4人でペアを組んでいた。前日の怪我により暦は学校を休んでいるため、本日は3人のローテーションで特訓することとなる。


 午後のカリキュラムを担当する神山先生は毎日ランダムにエリアを訪れ、特訓のアドバイスをしてくれる。今日は別のエリアを見ているのか俺たちの元には来なかった。


「昨日は災難だったな」


 特訓を始める前、宵越が俺を励ますような口調を見せる。


 昨日の出来事は生徒会のメンバー全員にメールで伝えられた。メッセージでは暦と神巫さんが負傷した旨しか伝えられていなかったはずだが、昨日の当番に俺もいたため声をかけてくれたのだろう。


 本当、宵越は最初の印象と随分変わったな。


「ちっ! もし私が昨日当番だったなら、強い奴と戦えたのか。勿体無いことしたな」


 訂正。宵越はやっぱり最初に見た時と同様、強者に飢えた狂人だ。


「暦は大丈夫そう?」


 戦うことのできなかった怒りをぶつけるように、掌に拳を叩きつける宵越。その姿を一瞥してから我妻が問いかけてくる。


「大丈夫とは言えないな。数日は休まないといけないくらい負傷してる」


「数日……結構な深傷を負っているんだね……私たちが相手にしようとしていたのは思っていた以上に強敵だったわけか」


 我妻の言うとおりだ。まさか敵が1人で暦はおろか神巫さんすらも倒してしまうとは思わなかった。


「なあ、我妻。一つ頼みたいことがあるんだけど聞いてもらっていいか?」


「私にできることであれば構わない」


 暦についての話題が上がったので、これを機に昨夜の件について我妻に頼むことにした。


「昨日、久世さんと話したんだけどさ。今回の襲撃を受けて敵の狙いが暦である可能性が高いことが分かったんだ」


「前回は遥斗と暦が襲われたんだよね。それで、今回は暦と神巫先輩。確かに、共通項は暦だから彼女が狙われていると思って良さそうね」


「でもさ、何で伊井予が狙われているんだ? あいつ、この学校に来る前に何かやったのか?」


 宵越が疑問に思うのも無理はない。暦は敵に深傷を負わされたのだ。余程の理由がない限りそんなことは起こらないだろう。


 二人にも理由を話しておいた方が良いだろう。そう思うも『内密者』というワードが脳裏をよぎる。いや、今までの二人の行動を見てきたら内密者とは言えないはずだ。


「ここだけの秘密にしておいてもらってもいいか?」


 そう言うと、二人は俺を見る。一瞬、戸惑うもののすぐに頷いた。


 俺は二人に暦の姉について話した。前の生徒会長が暦の姉であること。彼女が去年行方不明になったこと。行方不明になる前に暦や神巫さんに意味深なメッセージを送っていたこと。それらをおおまかに伝えた。


「へぇ……国の治安を守る人財を作る育成機関でそんなことが起こってたのか。ここは案外闇の深い場所だったんだね」


 流石は宵越と言うべきか、俺から話を聞いてもいつもどおりの振る舞いをしていた。むしろこの状況を楽しんでいるようにも見受けられる。


「……」


 反対に、我妻はショックを受けている様子だった。話を聞いている途中から俯き、怒りをぶつけるように拳をぎゅっと握りしめている。


「暦が狙われる理由は分かったけど、私への頼みって結局何だったの?」


 再び顔を上げると、我妻は俺の目を見て話を促す。そういえば、話が逸れてしまったがために大事なことを言えてなかったな。


「暦が狙われていると分かった以上、彼女の護衛が必要だという結論に至った。ただ、俺だと女子寮に入ることができないから護衛に限界がある。だから我妻に頼みたいんだ」


「なるほど……分かった。私がその仕事を受け持つよ」


 頼みは案外すんなりと受け入れられた。我妻自身も今回の問題に思うところがあるからだろうか。


「ありがとう。我妻がいれば心強いよ」


「そうは言ってもよ。昨日の敵は神巫先輩がいても敵わなかったんだろ。なら、我妻だけじゃ物足りないんじゃないか。私も護衛についてやるよ」


 ここで宵越から予想外の発言が繰り出される。


「強い相手と戦えるかもしれないしな」


 いや、こうなることは予想できたかもしれない。宵越はこういう奴だった。


 とはいえ、宵越の言い分は一理ある。もし、幻覚を見せる敵が再び現れた時、我妻だけでは対抗できないかもしれない。護衛の人数が増やせるなら増やすに越したことはないだろう。


「そうね。宵越さんがいてくれた方が有難いかもしれない」


「よっしゃ! 決まりだな。でも、女子寮にいる時はどうする? 流石にあの部屋を3人で使うのは狭すぎる気がするな」


 寮の部屋は1人用として設計されている。ベッドは1つしかない。2人で共有するならまだしも3人で共有するのはかなり苦労するはずだ。


「女子寮にいる時はどちらか1人が部屋にいれば大丈夫だと思う」


「部屋で休んでいる時に敵がやってきたらどうするんだ? 連絡して駆けつけるにしても時間がかかると思うぜ」


「心配は要らない。もし、部屋にいる時に敵がやってきたら遥斗に連絡すればいい。彼なら【瞬間移動】の能力を使ってすぐに駆けつけてくれるはずだから」


「なるほどな。ん? でもよ、久遠が使える【瞬間移動】って見たことある景色じゃないと発動できないんじゃなかったか?」


「そうね。ただ、遥斗は一度だけ暦の部屋に行ってるだろうから問題ないはずよ。だよね? クラスカースト決め初日、暦と一緒に女子寮のエレベーターに乗っていたものね?」


 我妻は確認を取るように俺の目を見て尋ねる。その横では宵越が訝しげな表情で俺を見ていた。


「あれは暦がどうしても来て欲しいって言ったから着いて行っただけで下心があったわけじゃないんだ」


 両手を振りながら弁明する。しかし、宵越には事実であることだけが重要だったようで、俺の言葉を聞くと両手に炎を宿した。


「まさか敵について話してくれていた奴が私たちにとっての敵だとは思わなかったぜ。まずはてめえから始末しようじゃねえか!」


 宵越はそう言って片方の拳を俺に向けて放った。彼女の目を見れば敵意を剥き出していることは容易に察することができた。


【瞬間移動】の能力を使って彼女の背後に移動する。


「ちょっと待ってくれ。俺は無実なんだ。ただ、あの日に夜襲があって暦が理由を知っているようだったから聞こうとしたら、女子寮で話すって言ったから仕方なく付いていったんだ」


「その理由だけで禁則事項を破ろうとはしねえはずだ。絶対に下心があっただろ。このクソ野郎が! 罰として一発技を喰らわせろ!」


 攻撃を回避されたとわかると、宵越はすぐに声のした方に体を向けた。


 何を言っても今の宵越には一蹴されるだろう。ここは彼女の腹の虫が治るまで避け続けるしかない。


 それからしばらくの間、俺は宵越の技をひたすら避け続けたのだった。


 苦行であったが、俺たちの滑稽な争いを見て、我妻が少しだけ元気を取り戻してくれたのは良かった。

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