第54話:大きな痛手、小さな一歩

 保健室にやってくると、保健室の先生方が暦と神巫さんを引き取ってくれた。


 全身を切り刻まれた神巫さんはもちろん暦もまた体を大きく損傷していたため、二人とも治療室で治療を受けることとなる。俺と睦美さんは二人の治療が終わるまで保健室で待機することにした。


「この一ヶ月間、何も起こらなかったものだから嘘じゃないかって疑っていたけど、久遠くんと伊井予さんが言っていた未知なる敵の夜襲というのは実在したのね」


 睦美さんは近くにあったソファーに腰をかけ、足を組んで腿に肘をかけた状態で俺に話しかける。俺は二人の容態が気になり、座れるほどの余裕がなかったため睦美さんのそばに立っていた。


「そう思うのも無理はないですよね。ただ、今回の敵は俺たちが戦ったことのある敵とは違っていました」


 クラスカースト決めの時に襲ってきた奴らは漏れなく戦闘特化の能力を持ち合わせていた。それが今回現れた二人はどちらも非戦闘特化の能力者だった。


「前回の人たちでは返り討ちに遭うと思ったのかしらね。一人は移動系の能力者だった。私が駆けつけた時はすでに戦いは終わっていたから分からなかったのだけど、もう一人はどんな能力を使っていたの?」


「幻覚の能力です」


「幻覚……なるほど。1年のトップ層と2年のトップ層が力を合わせても敵わない相手だったから一体どんな能力を有してるのかと思ったけど、幻覚の能力と言われたら頷けるわね。それにしても、久遠くんはよく勝てたね」


「運に恵まれただけです」


 自分が見ているのが幻覚であることに気づきやすかった点、幻覚を打ち破るための【能力無効】の能力を扱えるようになっていた点など、敵に対抗できる手段を多く秘めていたのが功を奏した。


 もし俺が暦や神巫さんの立場だったら敵に勝てなかっただろう。


「別に謙遜しなくてもいいのに」


 睦美さんはそう言って頬を緩める。同時に保健室の扉が開いた。


 やってきたのは久世さん、それと神山先生だ。大事になっているためか二人ともいつもとは違って不穏な表情をしている。


「美陽は医療室かい?」


「ええ。あと伊井予さんもね」


 久世さんの質問に睦美さんが答える。


「あなたたち二人は怪我してない?」


「は、はい。特に怪我したところはありません」


 神山先生の質問に答えながら怪我がないことをアピールするように体を叩いた。怪我がないことに安堵したのか、俺の滑稽な動きを面白く思ったのか彼女は頬を微かに緩めた。


「久世くんから話は聞いていたけど、国の治安を維持するための育成機関でこんな暴動が起こるなんて。とても信じられることではないわね」


 神山先生は再び顔を強張らせると、拳をきつく握りしめた。


「閉鎖的空間であるこの学校で暴動が起こった以上、内部にいる人間の仕業と見ていいだろうね。医療室に運び込まれるくらいの怪我ということは明らかな殺意があったはず」


「内部にいるとは限らないかもよ。今日戦った一人が移動系の能力者だったから遠方からやってくることも可能ではある」


 睦美さんの言うことはもっともだ。ただ、それなら一点気になることがある。


「俺の意見としては学内の人間と見て間違いないと思います」


 俺がそう言うと、久世さんが「詳しく教えてもらってもいい」と問いかけてきた。


「安易な推理です。今日戦った能力者は二人いましたが、移動系の能力者は最後の方だけ姿を現したんです。おそらく暦と神巫さんは移動系の能力者でない方と戦って敗れた。移動系でない能力者一人だけが現れることがあるとすれば内部に潜んでいる可能性は十分高いと思います」


「なるほど。もし仮に移動系の能力者がそいつを連れてきたのなら、二人がかりで戦うはずだものね。先ほどの私の意見は撤回するわ。久遠くんの意見に賛成」


「その移動系の能力者でない方はどんな能力を持っていたの?」


「幻覚の能力です」


 神山先生の質問に睦美さんに言ったように答える。すると、彼女と久世さんは難しい表情をして顔を合わせた。


「何かあった?」


 俺よりも先に睦美さんが久世さんに尋ねる。

 

「内部の人間の可能性が高いと言ったけど、幻覚の能力を持つ生徒はいないはずなんだ」


「学校の先生方の能力もひととおり知っているけど、幻覚の能力を持っていた人はいないはずよ」


 施設内の管理は全てロボットが行っているため学園にいるのは先生と生徒のみ。その中に幻覚の能力を持つ者がいないとなれば、睦美さんの言ったとおり外部から来ているのだろうか。


「犯人探しは追々していきましょう。私はこれから会議がありますので先にお邪魔します」


 神山先生はそう言って僕たちに軽く礼をすると保健室を後にした。


「これから夜の警備はどうなるの?」


 先生の姿を見送ったところで睦美さんが話し始める。


「生徒会を持ってしても倒せない相手だと分かったんだ。僕たちでの警備はなくなるだろうね。ただ、今回の件から伊井予くんが狙われている可能性は高い。彼女の警備だけは必須になりそうだ」


 前回と今回を合わせると、狙われているのは暦だと分かる。


「神巫さんは大丈夫そうでしょうか?」


 俺は思わず久世さんにそう尋ねた。


 暦が狙われていると言うことは誇誉愛先輩が影響しているのかもしれない。ペア替えが行われたのは今日が初めてなので何とも言えないが、誇誉愛先輩を探している神巫さんも一緒だったから狙われたと考えると彼女の身の安全も考える必要がある。


「大丈夫とは言えないだろうね」


 久世さんも同じ考えなのだろうか、俺の質問に曖昧に答えた。


「もし心配なら私が付き添ってあげようか。同じ階に部屋があるから移動しやすいし」


 僕たち二人を見回しながら睦美さんが提案する。俺では判断がつかなかったので、久世さんに目配せすると「じゃあ、お願いしようかな」と言った。


「暦の警備は俺から一年の女子に頼もうと思います」


「そうしてくれると助かるよ。なら、僕はこれまでの卒業生の中に幻覚の能力を持つ人がいなかったかどうか確認してみる」


 彼の言葉にハッとさせられた。


 確かに、これまでの卒業生の中に幻覚の能力を持つ生徒がいて、その生徒が誇誉愛先輩と同じように行方不明となっていたら、内部に潜伏している可能性は高いかもしれない。


「よろしくお願いします」


「生徒が襲われたんだ。生徒会長が何もしないわけにはいかないからね」


 各々やることが決まった。


 それから暦と神巫さんの処置が終わり、保健室に戻された。二人とも命に別状はなかったものの、目覚めることはなかったので俺たちはそのまま保健室を後にすることとなった。

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