第50話:睦美との警備

 数日後の夜。神巫さんに伝えた提案が反映され、夜の警備は日毎にランダムでペアを決めることとなった。


 初日。俺とペアになったのは睦美だった。


 先輩を待たせるわけにはいかないと思い、開始十分前に集合場所にやってきた。だが、睦美さんは俺よりも早くやってきていて、道の端にあるブロック塀に座りながら夜空を見上げていた。


 俺の気配に気づいたようで、声をかける前に顔をこちらに向ける。


「遅れてすみません」


「謝る必要はないわ。まだ警備の時間は始まってないのだから」


 睦美さんはブロック塀からお尻をあげ、立ち上がる。


「今日はよろしくお願いします」


「ええ。よろしく。初日から久遠くんと夜のデートができるなんてついてるわね」


 俺の顔を見ながら手を口元に当て、薄く微笑む。


 脳裏には宵越との会話が思い出される。睦美さんは宵越との警備中、激しいスキンシップをしてきたらしい。女子同士だからだと思うが、先ほど『デート』と言った様子から男子にもやりかねないような気がしてくる。


 期待してしまう自分がいるのは恥ずかしい話だが、夜襲の当事者である以上は警備には真剣に取り組みたい。ここはきっぱり断っておく必要がありそうだ。


「デートじゃなくて警備ですよ」


「そう? 約一ヶ月間、何も起こらなかったのだから警戒する必要はなさそうだと思うけどね。だからいっそ夜のデートにして楽しんだ方がいいかと思ったのだけど。私じゃお気に召さないかしら?」


 睦美さんは俺を見ながら口元に当てた手を胸元に持っていく。膨よかな胸の輪郭をなぞるように手を滑らせていく。彼女の様子を見て、体が熱くなるのを感じた。


「べ、別に睦美さんが気に入らないわけじゃないです。むしろ好みかもしれないです。それに期待してるのも事実です」


 俺は慌てふためきながら睦美さんに弁明する。一体何を言ってるんだ俺は。


 自分を落ち着けるために一呼吸を置いてから言葉を続けた。


「ただ、俺がやっかみに生徒会を巻き込んでしまった可能性があるので、当事者である以上は真剣に取り組みたいんです」


 できる限り睦美さんの目を見て話す。


 彼女は俺の話を聞き終えると、空気を漏らす音を響かせ笑い始めた。


「な、なにかおかしかったですか?」


「いえ。何もおかしくはないわ。むしろ、何もおかしくないから笑っちゃったの」


 笑い涙を拭ってからもう一度こちらを向く。


「期待してるくせに望まないなんて真面目な子ね。それに、私はただ『夜のデート』を楽しもうと言っただけよ。私の動作を見て、勝手に妄想しないでね」


 彼女の一言で恥ずかしさのあまり鳥肌が立つ。


 仕方ないだろ。自分の体を摩って「お気に召すか」なんて聞かれたら、誰だって淫らなことを想像してしまう。デートに『夜の』を付けるのも相乗効果を発揮させている。


「彩月ちゃんと言い、今年の一年は初心で可愛いわね」


「まだ高校一年生なんですから初心に決まってますよ」


「そうかもしれないわね。久遠くんの誠意に免じて警備にしておいてあげるわ。でも、一つだけ覚えておいてね」


「何をですか?」


「生徒会は生徒を守るためにあるものだから巻き込まれるのは当たり前。自分一人で背負いすぎないようにね。何かあったら、私や美陽ちゃんにでも頼りなさい」


 睦美さんはそう言って後ろを振り向いて歩き始める。


 彼女の言葉に胸がときめくのが分かった。面倒そうな人ではあるが、悪い人ではなさそうだ。むしろ良い人だ。


 今の彼女の言動を見て、内密者ではないと思わされた。


 話している間に警備開始時間がやってきた。俺たちは定められたルートを歩きながら異常

がないかを確認する。しかし、半分あたりまで歩いても特に異常は見られなかった。


 睦美さんの言ったように約一ヶ月間、何も起こらなかったのだ。たとえペアを変えたとしても、すぐに何かが起こるわけではないだろう。


「は〜あ〜、何だか飽きてきちゃったわね。やっぱり『夜のデート』にしようかしら?」


 前を歩く睦美先輩はわざとらしい溜め息をつき、こちらに体を向けた。


「始まる前に警備にしてくれるって言ったじゃないですか」


「半分は遥斗くんの要望に応えて警備したのだから、もう半分は私の要望に応えてくれも良いと思うのだけど」


 微妙に筋が通っているためか断りにくい。


「デートとは言っても警備に支障が出ることはないから安心しなさい」


 どう答えようか困っている間に逃げ道を塞がれる。


「信じて良いんですね?」


「それは遥斗くん次第」


 俺が信じるか否か決めるわけだから俺次第になるのは当たり前か。


「分かりました。それで、夜のデートは一体何をするんですか?」


「簡単よ。手を繋ぐだけ」


 手を繋ぐだけ。何でそんなことをしてくるのか甚だ疑問だけど、手を繋ぐぐらいなら確かに警備に支障はなさそうだ。


「手を繋ぐだけですね」


 念を押すように言葉を繰り返し、睦美さんの元へと歩んでいく。彼女の隣にやってくると、繋ぎやすいように手を出した。


「ありがとう」


 睦美さんは俺の手を取る。同時に体を俺の方に寄せ、反対の手で俺の二の腕を抱く。距離が一気に近づいたことで髪から流れる甘い香りが鼻腔をくすぐる。腕から伝わる弾力性は俺の思考を鈍らせる。


 警備に支障をきたすかは俺次第ってこういうことだったのか。


「睦美さん……流石にくっつきすぎじゃないですか……これ、手を繋ぐというより腕を抱きしめるに近いですよ」


「でも、遥斗くんはちゃんと手を繋いでいるだけでしょ?」


『手を繋ぐだけ』の後ろには『遥斗くんは』が隠されていたみたいだ。叙述トリックとでも言うべきだろうか。


「私ね。人肌を極度に欲しがる体質なの。常にオキシトシン不足とでも言うべきかしら。だからチャージするにはこれくらい密に触れた方がいいのよね」


 睦美さんはそう言って腕の力を一層強くする。比例するように彼女の胸の感触が俺の脳を刺激する。


 常にオキシトシン不足。宵越に向かって激しくスキンシップを図っていたのはそう言う意図があったわけか。


「じゃあ、警備の続きでもしましょうか」


「は、はい……」


 とは言うものの集中できるはずがない。人間の知覚の割合は視覚が8割と言うが、この状況ではどう頑張っても触覚が10割だ。


 空いた手で自分の足をつねることで正気を保つよう試みる。ずっとつねっていると慣れによって痛みを感じにくくなるが、それは胸も同じこと。ずっと刺激を受け続ければ、慣れが来るに違いない。


「っ!」


 頑張って耐え続けていると、電子端末からの通知によって意識が逸れる。睦美さんにも同じように届いているのか、彼女は俺から腕を外し、電子端末を開いた。


「警報が来たみたいね」


 睦美さんが画面を覗きながら呟く。


 警備している際に異常を発見した場合、目撃したペアが直ちに鎮圧を図る。それでも、防ぐことができなかった場合は『警報』として別のペアに通知を送るようになっている。


 警報を鳴らしたのは『暦と神巫さんのペア』だった。


 どちらも誇誉愛さんを探している人物。夜襲を仕掛けてきた敵は彼女を攫った人物であり、彼女を探している者たちを潰そうとしているのだろうか。


 兎にも角にも、まずは行って確かめるしかない。


「すみません、睦美さん。先に行きます」


 電子端末には二人の位置情報が表示されている。それを見れば、どこにいるかはすぐに把握できた。


【脳内模倣】によって【瞬間移動】を発動する。俺の見ている景色はすぐに一転した。

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