第51話:夜襲再び
《伊井予 暦》
「待たせてしまってすみません」
夜の警備の集合場所にやってきた暦は先に来ていた美陽に謝罪する。
先輩との警備は初めてだったため、十分前には集合場所に着けるようにやってきたのだが、それよりも早く美陽は集合場所にやってきていた。
「集合時間に遅れたわけではないので気にしないでください。開始時間までここで待機しているのも何なので、ゆっくり歩きながら警備でもしましょう」
美陽はいつもの調子で話すと、ひとりでに歩き始めた。
一歩遅れて暦は足を出す。駆け足で美陽の横につき、それから一緒になって歩き始めた。
本日から警備のペアはランダムに決められることとなった。初回にして美陽とペアになれたのは暦にとって幸運だった。
遥斗から聞いた話では美陽は姉と交流があったらしい。彼女から見た姉はどんな風だったのか、普段の生活はもちろんのこと失踪する前の生活も詳しく聞きたいと思った。
「暦さんは誇誉愛先輩の妹さんなんですよね?」
先に姉の話題を出したのは美陽だった。
「はい。遥斗くんから聞きましたか?」
「ええ。ここだけの秘密にしておいて欲しいのですが、今回だけ特別に私と暦さんのみ意図的にペアにさせてもらいました。私はずっとあなたに謝ろうと思っていたんです」
「謝るって何をですか?」
「誇誉愛先輩を助けられなかったことです。あの人のそばにいながら失踪してしまうくらいの大事に巻き込まれていることを知りませんでした。不甲斐ない自分であったことをお詫び申し上げます」
横を歩いていた美陽が不意に視界を消す。暦は立ち止まり、後ろを振り向く。そこでは、立ち止まって頭を下げる美陽の姿があった。
思いもよらぬ行動に暦は呆然としてしまう。だが、すぐに我に帰った。
「頭を上げてください」
そう言っても美陽が頭を上げることはなかった。彼女の姿を見て、本気で申し訳なく思っていることを暦は察する。
「神巫先輩が謝ることではありませんよ。姉さんは昔から自分の事情を隠すのが上手でしたから気づかないのも無理はありません。人の悩みにはお節介なほどズケズケ入ってくるくせにね」
姉と過ごした記憶が脳裏で思い出され、胸が締め付けられる。
「その代わり、承知の上だとは思いますが、私と一緒に姉さんを探してもらってもいいですか? 遥斗くんからの話だと私よりも持っている情報は多いと考えられますので」
暦の話を聞いたところでようやく美陽は顔を上げる。
「はい。分かっています。そのためのペア作りでもありますから」
美陽の言葉は予想できていた。謝罪するためだけに自分と組むのは流石に野暮だろう。
話がひと段落したところで二人は再び歩き始める。
「遥斗くんから聞きました。姉さんはこの学校のどこかにいるんですよね?」
「あくまで私の見立てでは。遥斗さんから聞いたと思いますが、誇誉愛先輩は最後に『私に何かあったら、私を探して』と言ったんです。私に『探して』と頼んだということは、この学校のどこかに違いありません。私は学園の外には出られませんので」
「遠征先の可能性はないですか? 姉さんは遠征先で姿を消したはずですし、生徒会であれば補助要員として外部に出ることがあるでしょうし」
「その可能性は薄いと思います。遠征先は固定されておらず、毎回ランダムに飛ばされるので。それも自分たちでは選べません。失踪した時の遠征先に飛ばされない可能性もありますし、飛ばされるにしてもいつになるか分かりません。誇誉愛先輩も承知しているはずなので『探して』とは言いませんよ」
美陽の言うとおりだ。姉は自分のことで他人に労力をかけられないと考えている人だ。いつ来るか分からない出来事について他人に待つことを強いたりはしないはずだ。
「となると、やはり学校ですね。何か当てがあったりしますか? 学校の案内図は一通り見ましたが、とても監禁できる場所があるようには思えません」
「同感です。なので、私としては地下が怪しいと考えています。学年チーム戦で使うVR機器のある部屋のように権限がないと入ることのできない場所がこの学校にはあります。それと同種のものがどこかにあるのかもしれません。ただ、どの建物にあるのか定かでないため探す場所は多くなりそうですが」
「レジャー施設の地下という可能性もありえなくはないですもんね」
「ええ。そこで大事になってくるのが暦さんを襲った者たちの存在だと考えています。この学校に入るためには警備を掻い潜る必要があります。話によれば、彼らは戦闘特化の能力を使っていたようですね」
「神巫先輩の言うとおりです。【火炎遊戯】や【雷光遊戯】を使っていました」
「その能力で警備を掻い潜るのは難しいでしょう。なので、彼らもまた私たちと同じように学内にいると考えていいでしょう。そうなると、彼らが久遠さんと暦さんを狙った理由は誇誉愛先輩に通づると思えてなりません」
「もし、彼らが私を狙ったのなら姉さんが関連しているのは間違いないですね」
「はい。ですので、彼らを捕まえて尋問するのが一番手っ取り早いはずです。今日はそのためのペアでもあります」
美陽の話を聞いて、暦は目を丸くした。
自分たち二人は互いに姉を探している。もし敵がそれを知っているのなら、二人並んだ今が狙い時だと考えるはずだ。それを踏まえて自分は目の前にいる彼女と組まされたのか。
暦は急に緊張感が増してくるのを感じた。
「っ!」
その緊張感に惹かれるように目の前に人の気配を感じる。前に出した足を戻し、背中に掛けた竹刀の柄を握りしめる。
「何の用でしょうか?」
美陽も同じタイミングで立ち止まった。冷静さを欠くことなく同じトーンで目の前にいる人物に声をかける。
黒い布で全身を覆っている人物。顔の上半分が隠れているため誰か判断することはできない。口元やがたいから男性であると思われる。
美陽の質問に答える代わりに男は口元ギッと上げた。
「神巫先輩、夜襲の敵と同じ容貌です」
暦は戦いを告げるように竹刀を抜く。
美陽の作戦どおり敵がようやく姿を現したみたいだ。
横にいる美陽に声をかけたが、美陽からの返事はいつまで経ってもなかった。一体どうしたのかと彼女の方を向く。
そこに彼女の姿はなかった。
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