第47話:特訓の成果

「へぇ。少しはやるようになったじゃねえか!」


 宵越の放った回転蹴りを足の下を潜ることで避けていく。


 学校のカリキュラムが始まってから3週間が経とうとしている。初日に頼んだ我妻との格闘のトレーニングが実り始め、俺はようやく宵越と同等に戦えるようになっていた。


「まだまだっ!」


 放ったりを体のやや後ろに付くことで次の攻撃の体重移動をしやすいようにする。助走をつけ、攻撃の間を置かずに鋭いパンチを俺に放ってきた。


 俺はパンチをスレスレで避けると宵越の懐に入り込んで拳を握る。彼女が避ける暇を与えることなく腹部に拳を入れる。


「ぐっ!」


 バッジによって身体は守られているので痛みはない。だが、素早い攻撃に関しては身体が勝手に反応してしまうのだろう。


「やるじゃねえか」

 

 攻撃を受けても宵越は笑みを浮かべていた。元々、俺とぺアを組んだのは俺が強いことを知っていたからだ。ようやく自分の理想としていた相手となったことに嬉しさを覚えているのだろう。


「宵越の攻撃は予測しやすいな」


 回し蹴りをしてきた段階で次に取れる算段は限られてくる。相手の動きを見逃すことなく、相手の取った動きに合わせて素早く対応することでカウンターを決めることのできる隙を作る。


 我妻との特訓の甲斐あって俺は攻撃の流れを予測できるようになっていた。我妻が数百もの攻撃パターンを俺に喰らわせてくれたことで全てを記憶することができたのだ。バッジがなかったので、その分大層痛い思いはしたのだが。


 宵越が今までやってきた戦術は全て俺のデータベースに残っている。次の攻撃が繰り出される前にデーターベースから候補を見繕い、次の攻撃が始まった瞬間に一つに絞る。そうすることですぐに対応できるようにしている。


「実際に避けられているから大言壮語というわけではなさそうだな。よしっ!」


 掛け声とともに両拳を合わせる。


「ここからはてめえが予想もできない攻撃を繰り出してやる」


 そうしてくれると助かる。俺も新たな攻撃パターンを覚えられるからな。


「はい! そこまで!」


 これから盛り上がってきそうなタイミングで神山先生が終了を告げる。どうやら、体感時間よりも長い時間が経っていたみたいだ。それだけ二人とも集中していたみたいだ。


「ちぇっ。これから面白くなってきそうだったのに」


 終了したことがよっぽど悔しかったのか、宵越は悲しそうな表情で悪態をつく。


「本日で『能力なしの試合』は終わりです。次回からは『能力ありでの試合』を行いますので心しておいてください」


「まじか! とうとう能力を解放するんだな! 来週が待ち遠しいぜ!」


 次にされた先生の発言で宵越の表情が一転する。口角をずり上げ満面の笑みを見せた。ころころと表情の変わる宵越を心なしか可愛いと思ってしまう。最初に会った時と比べて随分印象が変わったな。


「そういえばさ。宵越って睦美さんと同じペアだよな?」


 バッジを返しに歩く最中、俺は睦美さんについて宵越に聞くことにした。この前の彼女の言動には怪しいものがあった。だから普段の睦美さんはどういう感じなのか知りたかったのだ。


「ああ。そうだけど。何かあったのか?」


 睦美さんの名前を口にした瞬間、宵越はあからさまに嫌な顔をする。


「それはこっちの台詞になりそうだな。睦美さんがどんな人か知りたかったんだけど、今の宵越を見る限りじゃ、あまり好みじゃない人みたいだな。何かあったのか?」


「嫌いなわけじゃねえんだけどさ。あの人、スキンシップが激しいんだよ。会うたびに私の体のあちこちを触ってきてさ。気持ち悪いったらありゃしない」


 まるでお化けにでも襲われたかのように怯えた表情を見せる宵越。スキンシップが激しいか。まあ、この前見た感じからして何となく予想はついていた。


「ただ、強いのは確かだぜ。私の抵抗を難なく去なすし、同じ【火炎遊戯】でもあっちの方がパワーは上だ。流石は一つ上の先輩って感じだぜ」


 宵越が嫌いではないのは単純に自分よりも強いからもあるのだろう。抵抗を去なされてスキンシップを図られるとは確かに怖いな。犯罪レベルだろ。


「それで何でいきなり睦美先輩のことを。あ、もしかして、好きになっちゃったとかか?」


 閃いたように目を大きくすると、嫌味な笑みを浮かべて俺を見る。


「ちげーよ。この前たまたま会って不思議な人だったから普段の様子が気になっただけだ」

  

「なるほど。この前たまたま会ってスキンシップをされて好きになったのか。睦美先輩、スタイルいいもんな。てめえがイチコロなのも納得できるわ」


「スキンシップなんてされてねえよ」


 胸を強調されたり、肩を叩かれるのはスキンシップに入らないよな。


「そんなに否定しなくても。誰が誰を好きになろうが私には関係ないしな」


 宵越はそう言って集団に向けて走っていく。誤解は解けていなかったみたいだ。


「へぇ〜、遥斗は睦美先輩みたいなのがタイプなんだ」


 宵越の様子を見ていると後ろから声が聞こえた。反射的に振り向くと我妻の姿がある。


「今の聞いてたのか?」


「聞いてたというか聞こえてたかな。近くにいたから」


「あれは宵越の勝手な誤解だ。睦美さんのことは別に何とも思ってない」


「そっ。なら、良かった」


「良かった?」


 我妻の言葉を拾って返すと、彼女は目を見開いてこちらを見る。


「別に何でもない。今日で『能力なしの試合』は終わったけどトレーニングは続けようね」


 そう言って俺を抜き去って集団に入っていった。


 俺を抜き去る時、我妻はこちらに視線を合わせようとしなかった。そんな彼女の顔は赤く染まっていたのだった。

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