第45話:夜の警備
授業が始まってから一週間が経過した。
夜。俺は暦と夜の警備に当たることとなった。
「お待たせ」
集合場所で待っていると暦がやってくる。
「そんなに待ってないよ」
集合時間ちょうどにやってきたので謝るほどのことではない。
「シャワーでも浴びてたのか?」
近くまでやってくると石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。気になったので聞いてみる。
「正解。石鹸の香りでも匂う?」
「まあな。春の夜だから汗を掻くことはないと思うけど、万が一戦うことになったらまた汗臭くなるぞ。わざわざシャワーを浴びてくる必要はなさそうだけど」
「夜の警備って帰ってきた時には夜遅くなってるからさ。できる限り早く寝るためにもあらかじめ入っておいたほうがいいかなと思って」
暦は不意に自分の手を口に添える。
「それに、遥斗くんに会う前の準備もこめてね」
「それは完全に今作っただろ」
「あはっ! バレた」
口元を退かし、笑みを浮かべる。口に手を添えたのは笑っているのを見られないようにカモフラージュしたのだろう。だが、残念。暦に色仕掛けされてきたおかげで瞳を見れば嘘か本当か分かるようになってきた。
短いやり取りをしたところで、俺たちは指定されたルートを歩く。
夜の警備では三組がそれぞれ指定のルートを歩く。ルート内で生徒が屯している姿を見受けた場合は注意をする。また、夜襲があったり、自分たちでは対処できない事件が起こっていた場合は残り二組に応援を要請するようになっている。
全組がルートを歩き切ったら本日の警備は終了。それぞれ解散という形だ。
「今日はあいつら襲ってくるかな?」
歩きながらボソッと呟く。
今回で四回目の警備だ。前の三回は何も起こらずに終了した。そのため、今回も何もないまま終わりそうな予感がする。何もないまま終わるというのは時間を無駄にした気がしてもったいなく感じてしまう。だからと言って、襲ってきてほしいというわけでもないのだが。
「どうだろうね。正直、一昨日の結果からして私たちを襲ってきたやつが現れる確率はかなり少ないと見ていいと思う」
「となると、今日も散歩をして終わりかな。でも、もし今日もあいつらが襲撃してこないとなったら、次にいつ行動をしてくるんだろうな?」
「さあね。でも、近いうちに手は打ってくるんじゃないかな。それにしても、何で彼らは一回きりで襲撃してこなくなったんだろう?」
「今までの話からして彼らは俺か暦を狙っているんだよな? ターゲットが想定外の強さだったのか。あるいはその取り巻きが想定外の強さだったのか。あるいは生徒会が警戒態勢に入ったからか」
「私も同じ考え。ただ、一つ目と二つ目はともかくとして三つ目が該当した時は今まで以上に私たちは警戒が必要になるかもしれない」
「どういうことだ?」
「だってそうでしょ。何で彼らが生徒会が警戒態勢に入ってるって知っているのかな?」
「それは……」
言われてみればそうだ。夜襲警備の話は生徒会内でしか行われていない。それが外部に漏れているということは。
「生徒先生を問わず、生徒会に入っている者の中に外部の敵に情報を知らせているものがいるかもしれない。もしそうであれば、生徒会に入っていた姉が狙われるのも納得できる」
生徒先生を問わず。俺の脳裏に描かれた人物はもちろん君島だ。転移前の情報からして奴が悪徳を働いている可能性は高い。
とはいえ、これは俺の心の中に止めておかなければならない。暦に話したところで理解してはもらえないだろうからな。
「1年生のメンバーは流石にありえない。候補は先生と2年生のメンバー。久世先輩や神巫先輩は同じ志のため除外。怪しいのは残る4人と顧問の先生2人。彼らには厳重注意しておいたほうがいいかもね」
「2年生に外部の敵と関わる奴らがいた場合、他の1年生の身が危ないかもな」
「その心配はいらないと思う。一緒にいる時に仕掛けたら真っ先に疑われるからね」
暦の言うとおりだ。うまく紛れている内通者がそんな馬鹿な真似はしないか。
半分ほど来たが、特に何も起こっていない。夜道を歩いている生徒とすれ違うこともなかった。新学期が始まったばかりのため、みんなまだ気を引き締めている状態なのだろう。
「そういえば、暦の姉さんってどんな人なんだ?」
途中から無言の状態が続いていたので、これを機に暦から姉のことについて聞いてみようと思った。以前、神巫さんからは『陽気で優しく、それでいて格好いい先輩』と聞いていたが、妹から見た姉はどうなのだろうか。
「姉さんがどんな人か……か」
突然の質問に意表をつかれたようで目が丸くなる。それから眉間に皺を寄せ考える素振りを見せた。
「そうだな……ギャップ萌えする人って感じかな」
「ギャップ萌えする人?」
思っていたのと違う単語が出て、頭の中にいくつもの『はてなマーク』が浮かび上がる。
「そっ。普段はおちゃらけた感じなんだけど、学校行事とか家の行事とかで役目を勤める時にはすごくかっこいいんだよ。特に能力試合での剣裁きなんて圧巻だもん!」
「剣を使うのか。我妻みたいな剣に関する能力なのか?」
「違うよ。剣はあくまで武器として持っている感じ。私の竹刀みたいにね。ぶっちゃけて言うと、私が竹刀を使い始めたのも姉さんが影響してたりする」
肩にかけた竹刀の入った袋を前に出し、袋に入った状態で柄の部分を持って反対の手に数回当てる。バシッ、バシッと甲高い音が夜の空に響いた。
「責任を持って自分の役目を勤める。人々を守るための育成機関であるこの学園で生徒の長を務めたのは姉さんがより早く、そしてより多くの人々を守りたいと思ったからに違いない。そんな姉さんの邪魔をした奴はきっと極悪人に他ならない。だから私は絶対にそいつを見つけ出す」
話す中で竹刀を打つ力がどんどん上がっていった。
俺は彼女の打ちつけた手を掴む。そのタイミングで竹刀の音は止んだ。打ちつけられた手は赤くなっている。
「ご、ごめん」
「いや、手痛んでないか?」
「ちょっとヒリヒリするかも。あはは、流石に感情移入しすぎたな」
どうやら暦は心の中でかなり思い詰めているらしい。彼女の苦悩はきっと俺には理解できないものだろう。
「前も言ったかもしれないけど、俺もできる限り協力する。だから何かあったらすぐに話してくれよ」
でなければ、姉同様、暦もまた行方を晦ましてしまうような気がした。
「……うん。ありがとう。遥斗くんがいてくれると心強いよ」
暦は俺を見てはにかむ。その表情から邪気はすっかりなくなっているように思えた。
結局、今日の警備も特に何かが起こることはなかった。
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