第44話:我妻との特訓
「我妻!」
授業が終了し、解散となったところで俺は我妻に声をかけた。
「どうしたの?」
我妻は出口に向かって歩き始めていたが、俺の声に惹かれてか後ろを振り返った。
「この後、時間が空いてたりするか?」
「特に予定はないけど」
「ならさ、稽古をつけてもらってもいいか?」
「稽古? 私よりも強いのに?」
我妻はムスッとした表情を見せる。確かに何の稽古か言っていないため、彼女には嫌味に聞こえるような言い方だった。俺は発言をかき消すように両手を振るう。
「悪い。言葉足らずだった。さっきやってたような『能力なし』での稽古をしてもらいたいんだ」
我妻から視線を外し、実技場に残ったメンバーを見る。残っているのは俺が知らないやつばかりだった。
「今日の授業で、やっぱり俺は能力に頼りすぎている気がした。結闇が持っているような『能力封じ』の能力に当たったら勝てる確率は高くない。だから我妻に稽古してもらいたいんだ。我妻は結闇との試合の時にすぐに勝利してただろ。だから肉弾戦に秀でているだろうと思って」
「そういうこと……」
俺と視線を合わせたまま、我妻は何か考え事をするように片手を腰に当てた。
「何かあったか?」
「いや別に。良いよ。相手になってあげるわ」
「ほんとか!」
承諾してくれた嬉しさに両手でガッツポーズを取る。
「その代わり、久遠くんの稽古が終わったら、今度は私と能力ありきで戦ってもらっていい?」
「構わないけど。でも、ここで能力使ったら普通にダメージ受けるぞ」
攻撃を受け止めるバッジは先生に返してしまっていた。
「心配はない。昨日、久遠くんが神巫さんとの戦いで使っていたVR空間を使えばできるでしょうから。確か、生徒会であれば部屋に入れるんだよね?」
「なるほど。ああ、入れると思う」
話が決まったところで俺たちは邪魔にならない、及び邪魔をされないように端に移動する。
「やる前に一つだけ。くれぐれも事故に見せかけて私のを揉むのはやめてね」
我妻は両腕を組んで自身の胸を強調させた。
「見てたのかよ……あれは事故に見せかけたんじゃなくて本当の事故だ……」
「どうだか。いいわ。もし、その時は責任をとってもらうからね」
「責任って」
俺が聞くと片方の手を前にかざして剣を生成する。それからすぐに剣を消した。
「今ので理解した?」
「き、気をつけます」
俺は怖気付きながら言う。おそらく触った手を切り落とすつもりだろう。
やりとりを終え、稽古の始まりを告げるように我妻は構えをとった。俺も同調するように構えの姿勢をとる。
「稽古をつけてもらう身だから分かっていると思うけど本気でかかってきてよ。私の顔面に傷をつけるくらいにね」
戦闘モードに入ったのか我妻の目つきが変わる。
彼女の言うとおりだ。異性だからって攻撃を躊躇するわけにはいかない。相手を悪党だと見立て、俺は間合いを詰めると我妻の顔に向けてストレートを繰り出す。
我妻はまるで分かっていたかのように攻撃と同時に体を横に移動させる。放った腕を持ち、俺の後ろに移動した。片手を封じられたと思った瞬間、足を引っ掛けられ体勢を崩される。
「つ、つよ……」
地面に横向きで倒れながらボソリと感想を呟いた。
今の攻撃だけで自分と我妻の実力に大きな差があるのが分かった。クラスカースト決めが能力ありきで本当に良かったと思う。
「動きがバレバレだよ。『私の顔面に傷をつける』って言った矢先、顔面を思いっきり殴ってくるのは馬鹿のやることだよ」
「確かに……予想しやすい動きだったな……」
起き上がり、我妻から数歩下がる。
「能力ありきでもそうだけど、相手に動きが読まれたら負ける確率は高い。久遠くんの場合は色々な能力を使えるからただでさえ予想しにくい。だから久遠くん自身が相手に読まれにくい動きをして長所をさらに伸ばせば戦いは今まで以上に有利に進められる。実際、私や神巫さんを倒した時は思っても見ない動きをしていたしね」
「相手に読まれない動きか……」
「まずは一回見本を見せた方が良いかな。じゃあ、今度は私から仕掛けるよ」
我妻は再び構えの姿勢をとる。遅れを取らないように俺もすぐに構える。それを合図と捉え、我妻は間合いを詰めてきた。近くまでやってくると同時に右手を引く。
ストレートかフックのどちらで攻撃してくる。
悩んでいた瞬間、俺は頬を殴られて地面に倒れていた。
「残念。正解は左ストレートでした」
俺の考えていたことを知っていたかのように回答を告げられる。右手に注意を向けて本命の左手で攻撃してきた。速さも十分あり、気付く前に攻撃を受けることとなった。
「今のが読まれるのを防ぐ一つの手段。相手に注意を引かせて別の方で突く」
「ブラフみたいな感じか」
「そうね。私が右手を少し引いただけで久遠くんは視線を右に移していた。無意識でしょ?」
「言われてみれば反射的だったとは思う」
「人は今までの経験から危険だと思った行動には無意識に注意を払っちゃうの。それを狙っての行動よ」
無意識の行動を誘発させて相手の予想する術を失くすってところか。戦いだから仕方ないとはいえ、意地悪な攻撃だな。
「まずはこれを身につけてもらうわ。さあ、立って」
言われるがままに立ち上がる。
それからはただ我妻の指示に従って攻撃を続けた。我妻は俺の攻撃をひたすら交わし、隙を見せた瞬間に反撃してくる。
最初からうまくいくはずはなく、我妻からの攻撃を一発、二発……と受けていく。
「はぁ……はぁ……」
数十分の攻撃を繰り返し、俺は体力の限界を迎え、その場に仰向けになって倒れた。午後の授業終わりと言うこともあってか疲労が溜まるのは早かった。
「流石は模倣の能力を使うだけあって上達は早いね」
我妻は俺の顔を見ながら笑みを浮かべる。倒れる前、俺はフックで我妻の頬をわずかに掠めることに成功していた。
「あと少しだったんだけどな。でも、まだまだ強くなれそうで安心した」
俺の発言を聞き、我妻は瞳を大きくする。「そっ」と素っ気ない返事をしてから俺の隣に座り込んだ。
「ありがとね」
我妻から発せられた言葉は意外なものだった。
「感謝は俺の台詞だろ。稽古つけてもらってんだから」
「それとは別だよ。今の発言に少しだけ元気をもらったんだ」
「今の発言?」
「久遠くんはもっと強くなろうとしている。なのに、君に負けた私は自分の実力に蓋をしていたから」
「それって堂前さんとの戦いに負けたことが影響しているのか?」
「君との戦いに負けたのもね。私は中学までは負けなしだったからさ。それがここにきて二連敗。ちょっとだけ気に病んでるのよ。私の実力って大したことないんだって」
俺が思うのもなんだが、よくその気持ちで俺との稽古に付き合ってくれたな。我妻ってかなりの聖人なんじゃないだろうか。
「でも、久遠くんの言うとおり。私もまだまだ強くなれる道は残されているんだよね。それを知れたからありがとうってわけ」
「そんなの初めから知ってただろ?」
「えっ……」
「だって、俺が稽古をお願いした際、我妻も俺に稽古を頼んだんじゃないか。自分はまだまだ強くなれるから頼んだんだろ?」
「それは……何というか……久遠くんの頼みをタダで聞くのはどうかと思っただけだよ」
我妻は俺から視線を外す。彼女の潤んだ表情を見て、俺はその場から起き上がる。それから外した視線に無理やり入り、我妻に手を差し伸べた。
「俺も我妻もまだまだ発展途上だ。だからお互い今よりもっと強くなろうぜ」
「久遠くん……」
我妻は俺と目を合わせ、俺の差し伸べた手を見る。それから頬を緩め、差し伸べた俺の手を取った。
「そうね。次は私の稽古をお願いしてもいい。遥斗」
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