第43話:Aグループのカリキュラム2

 二人ペアになって最初に取り組んだのはストレッチだ。


「何で俺を誘ったんだ?」


 俺は開脚した宵越の背中を押しながら尋ねる。最初のランニングで体温が上昇して暑くなったからか、宵越は制服を脱いでワイシャツ姿になっている。汗で濡れているため下着の形が見える。


 こういう時、普通ならば視線を背けるべきなのだろう。しかし、先ほど暦は「慣れておいた方がいい」と言っていた。ここは直視すべきか。でも、周りからスケべに見られるのは避けたいしな。


 そんな葛藤を拭うために俺は宵越に話しかけ、意識を逸らすことにした。


「副会長相手との真剣勝負に勝っただろ? だからだよ。同性異性関係なく強い奴は好きなんだ」


 VR空間での戦いを見られていたのか。まあ、俺と神巫さんが戦う前に我妻以外の勝敗はついていたもんな。その後、生徒会に戻って久世さんと暦と一緒にモニターを見ていた感じだろう。


 役割を交代し、今度は俺の背中を宵越さんが押す形となる。


「てめえの能力は『模倣系』だよな。能力をたくさん使ってたし」


「ああ……『脳内模倣』だよ……」


「『範囲模倣』ではないのか。でも、『脳内模倣』でよくあんな鮮度を保てるな。あれってうまくイメージができなければ能力の威力が下がるはずだ。私たちの脳って曖昧に記憶しているから、普通なら模倣する能力は弱小になるはずなんだが。一体どういう原理だ?」


 話している感じは馬鹿そうなのに能力については人一倍知っているんだな。ちょっとキャラがぶれる。


「昔から記憶力は良いんだよ」


「人類に稀有に備わる『映像記憶』みたいなもんか。それが『脳内模倣』の能力を持つ人間に備わるとは運がいい奴だな」


「まったくだ。前世でとんでもないほどの徳を積んだんだろうぜ」


 この体に生まれ変わる前、山田 健太として生きていた頃に徳を積んだ覚えはない。とはいえ、俺の周りにいた奴らが徳を落としまくっていたので、それを拾う感じになったのだろう。


「自慢かよ。まあいい。運のいい人間に出会えた私も運がいいんだからな」


「あのさ……宵越……」


「どうした?」


「痛いんだけど……」


 宵越は容赦なく俺に体重をかけて押してくる。そのため、背中には宵越の中で一番の弾力性を秘めた物が常に当たっている。暦に言われたとおり慣れようとしていたのだが、俺の体は正直で生体反応を起こしてしまっていた。


 だから宵越が俺の体を倒すと固くなったそれが押しつぶされてとても痛いのだ。


「柔軟性のない奴だな。こういうのは一回痛い目に会うことで慣れていくもんだぜ!」


 先ほどよりも強く背中を押す。体がさらに倒れる形となり、大事な部分に激痛が走る。


 勘違いするのも無理はない。異性同士分かり合えない部分もあるからな。でも、これ以上押しつぶされると男として大事なものを失ってしまう気がする。俺は上体に力を入れ、宵越の力に対抗する。


「私に逆らおうってか。おもしれー。受けて立とうじゃねえか!」


 俺の力を受け、宵越はさらに力を加える。ストレッチをしていたはずなのに、気づけば別競技に代わっていた。数秒が経ち、先生が次の指示を出したことで引き分けに終わった。


 男としての威厳を保てて安堵する。宵越は消化不良のためか不服そうな顔をしていた。


 それからも二人ペアでのストレッチや筋トレを行った。


 宵越は補助としてもしっかり役割を果たしてくれた。そのため、体を大きく密着させる動作が続き、欲に耐える状況も何度か続いた。


「はい。では、本日は最後に『能力なしでの試合』を行ってもらいます。先ほどのペアで行いますので、私の元にバッジを取りに来てから他の試合の邪魔にならないように離れてください」


 本日の授業では能力は使わないらしい。最初のうちは基礎がメインなのだろう。


「肉弾戦か……正直あまり自信ないな」


 結闇や神巫さんとの戦いで、能力なしでは戦況を大きく不利にすることは知っている。今の俺にとって一番の課題だろ。


「能力に頼りすぎたか?」


「おっしゃるとおりだ。悪いが、宵越の期待する相手にはなってやれないと思う」


「ふーん。『脳内模倣』で強いやつの武術をパクることはできないのか?」


 能力ではなく打撃技を模倣するか。試したことはなかったな。


「どうだろうな。能力みたいに見てわかりやすいものならいいけど、武術みたいな機敏な動きは再現が難しいんじゃないか」


「なーるほどね。まあいいや。能力が解放されたら最初のうちは負けるだろうし、今のうちに肉弾戦でボコボコにしておいてやろう」


 宵越はそう言って拳を握ってもう一方の掌を打つ。


「負けるのは確定なのか」


「当たり前だろ。副会長に勝った人間を最初から倒せるなんて思っちゃいねえよ」


「宵越って案外現実的なんだな。先輩相手に喧嘩売ってるあたり現実的な人には見えなかったけど」


「私の挑発は敵の能力を最大限に発揮させるための策だからな。手加減されたら敵の攻略に失敗するだろう」


 あの喧嘩姿勢にはちゃんとわけがあるのか。宵越って俺が思っていたよりは話が通じる奴なのかもしれない。


 俺たちは先生からバッジを受け取ると実技場の端の方に移動した。片方に仕切りがあると戦う範囲が絞りやすいためだ。


 互いにバッジをつける。モニターがないので、バッジはあくまで体を守るために使っているのだろう。


「それでは準備のできたところから始めてください!」


 先生の声が実技場に響く。そのタイミングで宵越が動き出した。


「先手必勝」


 間合いを詰め、俺の顔面に向けて拳を放つ。拳の鋭さから一切の手加減がないことは分かった。


 慌てて顔を逸らし、攻撃を交わす。宵越は放った拳を戻すと同時にもう一方の手でフックを仕掛ける。身体を仰け反ることで避けていく。


「おらよ!」


 崩れた体制を見逃すことなく蹴りを入れてきた。伸びた足がこめかみ部分を襲いくる。


「くっ!」


 流石に避けるのは叶わない。足とこめかみの間に腕を入れることで攻撃を妨げる。痛みはないが技の重みで動きが止まる。その間に宵越は自身の体制を戻す。


「確かに肉弾戦は大したことないな」


 嘲笑するように口にした宵越に俺は微かな苛立ちを覚える。戦略的に言っているからか、宵越の煽り方は神経を大きく逆撫でする。


「やろう……」


 今度は俺が仕掛ける番だ。先ほどの宵越に則り、彼女の顔面に拳を放つ。バッジによるバリアが貼られているため顔に傷がつくことはない。だから躊躇することなく放てた。


 宵越はニヒルな笑みを浮かべる。俺の拳を掌で受け止める。甲高い音が鳴るとともに威力を殺される。すかさず宵越が仕掛ける。返り討ちにするように俺の顔面に拳を放ってくる。


 先ほどの反省を生かし、今度は宵越の懐に飛び込む。


 彼女の服を掴んで動きを止めてから拳を打つ。俺は宵越の襟めがけて手を伸ばした。俺の狙いを察したようで宵越は身体を逸らす。


「あっ……」


 手の軌道は襟から遠ざかり、代わりに宵越の胸を掴んでしまった。いつかの光景が脳裏をよぎる。背中に感じた弾力から分かっていたが、案外膨よかな胸だ。


「お前……」


 宵越は唸るような声を上げると空いた手に炎を宿らせた。


「ちょっ!」


 俺は慌てて【瞬間移動】で宵越からの距離を取る。離れた位置で彼女の動向を見ると、先ほど俺のいた位置に炎が渦巻いていた。


「どさくさに紛れてセクハラとは肝が据わっているじゃねえか」


 まるでゴミを見るような目で俺に視線を送る。


「いや、これは不可抗力だ。宵越も感づいていたと思うけど襟を狙っていたんだ」


「ごちゃごちゃうるせえな。私に失礼を働いた。だからバッジを取って一発能力を使って殴らせろ」


 理不尽すぎるだろ。悪気は全くないのだ。本当に。


 炎を撒き散らす宵越にどうしたものか考えを巡らせる。


「何やっているんですか!?」


 二人でいがみあっていると第三者が割り入ってきた。薔薇のように美しい声にも関わらず声音には鋭い棘がある。


 声のした方を振り向く。宵越も同じタイミングで顔を向けた。


「神山先生……」


 そこに立っていたのは神山先生だった。指示していた時の柔和な笑みを壊すことはない。ただ、先ほどよりも何倍も負のオーラを放っていた。


「能力は使ってはいけませんよ」


「「ご、ごめんなさい」」


 宵越も神山先生の負のオーラを感じ取ったようで炎を引っ込めて謝罪する。


「罰として実技場の周りを10周してください」


 一言告げ、俺たちの元から離れていく。


 俺たちは彼女の姿を見送った後、互いに顔を見合わせる。それから大きくため息をついた。

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