第42話:Aグループのカリキュラム

 異能育成高等学校では午前に座学を、午後に実技を行うようになっている。


 午後0時30分に座学が終わり、午後2時に実技が行われる。美里と晶、それから我妻と暦と一緒に昼食を摂った後、指定された実技場に足を運んだ。


 我妻と暦がいたおかげで迷うことなく実技場に辿り着く。一度見た光景は忘れないため二回目以降は間違えることがない。だが、場所を間違えるはずがないという傲慢さ故に、最初はよく道に迷う。


 指定された実技場はクラスカースト決めで使ったこじんまりしたところではなく、中学で使っていたような広々とした場所だった。


 到着すると生徒たちが一箇所に固まっている様子が見える。まもなく授業が始まるため顧問の先生が生徒たちに呼びかけたのだろう。俺たちは急いで集団の中へと入っていった。結闇がいたため自分のクラスの場所は何となく分かった。


「ぁっ!」


 集団に割り込むと、一番前にいた顧問であろう先生の姿が見えた。彼女の姿を見て思わず声が出そうになる。瞬間的に口元を抑えたことで何とか耐えることができた。


 時間が経ち、授業開始を告げるチャイムが鳴る。


「では、これより午後のカリキュラムを始めます。まずは自己紹介からですかね。1年Aグループの顧問を務める神山です。皆さんには悪義を働く異能力者から一般市民を助けられるようビシバシ鍛えてもらうので覚悟してください」


 まさか神山先生に顧問を務めてもらえるとは。我ながら運がいい。


 周辺では男子の力強い小さな歓声が聞こえる。彼らもまた美人な先生に顧問になってもらえて嬉しく思っているみたいだ。


「では! まずは実技場の周りを25周してください」


 神山先生は両手を叩くと、軽い運動であるかのような口調で俺たちに指示する。


 25周。1周あたり大体200メートルはありそうだ。それを25回周るということは単純計算5キロ。昼飯食ってから走るにはなかなか厳しい距離だ。


「何してるんですか? 早くしてください」


 戸惑う生徒に先生が圧をかける。一番外側にいる生徒から順に走り始めた。俺もまた彼らが作り出した波に乗る形で走り始める。


 最初は天使かと思ったが、実技においては悪魔かもしれない。


「開始早々5キロも走らせるなんて。スパルタな先生だね」


 隣に暦がやってくる。


「まあでも、体力は戦いにおいて一番重要な役割を担うからな。これくらいしないと、良き人財にはなれないってことだろう」


「あら〜。遥斗くんは随分律儀なのね。ひょっとして先生が可愛いからって甘く見てるんじゃないの?」


「べ、別にそんなんじゃねえよ」


「声が震えているよ。遥斗くんはわかりやすいね」


「うるせえな」


「ははっ。でも、遥斗くんが言うのは間違っていないと思うよ。クラスカースト戦みたいに戦いは連続で行われることが多いからね。体力が重要っていうのなら、もうちょっとギアあげてもいいんじゃない?」


 暦はそう言って走るスピードを上げる。俺を含む前にいた生徒たちを抜いていった。


 俺を挑発するような言動。体力が重要だと自らの口から言ってしまったのだ。ここは乗らないわけにはいかない。暦に追いつくように俺もまた走るスピードを上げていった。


 しかし、暦は予想以上に早かった。追いつくことができないまま5キロを終える。


 俺が到着した頃にはすでに何人かはゴールしていた。暦以外にも我妻や結闇が俺よりも先に着いていた。俺はクラスの中では4位みたいだ。


 普段は【瞬間移動】の能力を使ってショートカットしているのだから仕方ない。適当な理由をつけ、自分を納得させる。


「全員終わったみたいね」


 息を整えている間にAグループの全員がランニングを終える。


「30分か。少し遅いので、次からはもう少し早く着けるようにしてください。目標は20分です」


 20分。俺が着いてから全員が終わるまで5分も経っていなかったと思われる。俺もまだ目標をクリアできていないみたいだ。というか、達成できている人はいるのか。


「一ヶ月以内に20分を達成できなければ、次からは30周になりますので頑張ってくださいね」


 神山先生の言葉を聞き、全員が彼女の方を向いた。神山先生は彼らに笑顔を振り撒く。天使のような笑顔のはずなのに、言っている内容は地獄だ。


「さて、休憩できたところでストレッチと筋トレに参りましょう。では、二人ペアを作ってください」


 仕切り直すように手を叩く。


「先生。二人ペアって男子と女子は分けますか?」


 ストレッチをする際、体をくっつける場合がある。異性が相手だとどうしても意識してしまうので男女分けるか聞いたみたいだ。


「それはあなたたちにお任せします」


 先生は強制することはなかった。とはいえ、作られていくペアは同性がほとんどだった。思春期真っ盛りな今の年齢では同性同士が気楽にできて良いのだろう。


 俺も結闇を誘うか。そう思い、周りをキョロキョロ見回す。


「おい、そこのキョロキョロ野郎」


 すると若干聞き覚えのある声が耳に届く。ちょうど今キョロキョロしていたので、俺かもしれないと声のした方に顔を向けた。


 そこにいたのは赤い長髪の女子。紫色の瞳を輝かせ、口角をギッと上げる。


 宵越 彩月よいごえ さつき。同じ一年の生徒会メンバーだ。


「今空いてるか? 一緒に組もうぜ」


 宵越は俺の元にやってくると、こちらに向けて手を差し出す。


 この人、初対面の2年生相手に喧嘩売るような話し方してたよな。正直、最も関わり合いたくない相手だ。でも、断ったら目をつけられそうだし。どうすればいいんだろう。


「えっと、実は相手が……」


 俺は断る雰囲気を醸し出しながら結闇を探す。見つけた瞬間にすぐに彼の元に行こう。


 そう思っていたものの、結闇は別の人間とすでにペアを作っていた。


「ペア組んでもらったら良いじゃん!」


 別の人間を探そうとさらに見回していると肩を大きく掴まれる。


「こ、暦! お前な!」


「せっかく女の子が誘ってるんだから乗らない手はないんじゃない?」


 宵越に聞こえるように大きな声で言う。


 こいつ。人の気も知らないで。怒りを覚えていると暦は続け様に口を開いた。


「今後に備えてできる限り女子慣れしておいた方がいいよ」


 今度は宵闇に聞こえないように小さな声で呟く。


「今の遥斗くんだとすぐにハニトラに引っ掛かっちゃいそうだから。私の下着見て顔真っ赤にしていたし」


「それはするだろ」


「今は良いよ。でも、いつかその羞恥心によって足元を掬われる可能性があることだけは頭に入れててね。先生もそういう魂胆で男女を分けなかったと思うから」


 暦は「じゃあ頑張って」と言って俺の肩を叩くとその場から離れていった。向かう先には我妻の姿があった。暦は同性と組むんだな。まあ、当たり前か。女子にハニトラはないもんな。


「それで、私と組むのか?」


 返事がないからか、宵越が語気を強めてもう一度聞いてくる。


 暦の言い分はもっともだ。せっかく実力をつけても、変な気を起こして足元掬われるようじゃ雑魚に変わりはない。


「分かった。よろしくな。宵越」


 顔を引き締め、俺は宵越が差し出す手を取った。

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