第39話:見知った顔

 君島 雅治(きみじま まさはる)。


 俺がまだ山田 健太としてこの世界にいた頃、彼とは同級生だった。


 高校1年生の時に同じクラスになったが、当時の彼はクラスの人気者だった。


 性格良好。能力に長け、勉強もできる。それでいて父親は富豪で財産がある。それらの要素は多くの女子を魅了していた。


 だが、それはあくまで表の顔に過ぎなかったのだと、俺はいつしか屋上で君島に関する噂を聞いた時に知った。触れたくはない過去ではあるが、山田 健太としての俺は基本的にはボッチであり、ランチの時間はクラスからできる限り避けたかったので、屋上の出入り口のある建物の上で昼食をとっていた。


 できる限り人に気づかれないように物陰に隠れるようにして昼食をとっていたからか、屋上に上がってきた生徒は俺の存在に気づくことなく雑談に耽っていた。


 だから俺は雑談中に不意に出てきた個人の情報を漏れなく記憶している。【超絶記憶】の恩恵といえば恩恵だろうが、あまり知りたくなかったことまで記憶してしまうので仇でもあった。


 俺が聞いてきた噂の一つに君島 雅治についてのものがあった。


 当時、街では能力を使った暴動が相次いでいた。その加害者が君島に金で雇われた人間ではないのかというものだった。一体なぜそんなことをしているのか。理由は分からないらしかったが、物騒な話であるのは間違いなかった。


 今、この場に君島がいるということは、噂は噂でしかなかったということだろうか。それとも、暴動の黒幕が君島だとバレなかったということだろうか。


「さて」


 君島は注意を自分に向けるために一言と一緒に両手を叩く。


「今年はここにいる12人で学内の統制、及び学外の補助を行っていく。学外の補助については、遠征している3年生の状況についてまだ報告を受けていないため何とも言えない。ひとまずは、学内に焦点を当てていくことにしよう」


 君島は持っていた電子端末を操作する。しばらくして先ほどまで各ペアの試合を映し出していたモニターが起動する。画面には『学年チーム戦』『学内個人戦』と記載されていた。


「異能育成高等学校は基本的にトレーニングがメインだ。実践は遠征に出てから行われる。しかし、ここに記載された二つの行事だけは例外だ。学年全体での行事と学校全体での行事、どちらも生徒会が主導して行うことになるので把握しておくように」


 電子端末を操作すると『学年チーム戦』に切り替わる。


「学年チーム戦は文字どおり学年別に行われるチーム戦だ。クラスカースト決めで分けられたA〜D各々1人ずつがチームとなり、学年総トーナメントを実施する。実技エリア地下一階にあるVR空間を使って行うため君たちには生徒たちの誘導をお願いすることになるだろう」


 VR機器など、ハードウェアが置いてある場所の認証システムに生徒会メンバーが付与されているのはこのためか。


 一つ前の画面に遷移し、今度は『学内個人戦』に切り替わる。


「学内個人戦もまた文字どおり学内で行われる個人戦だ。戦いの場所はこの学校全域。クラスカースト決めの際に扱ったバッジを使い、体力が尽きるまで他の生徒と戦うバトルロワイヤル。生徒会はプレイヤー兼不正防止のための見回りをやってもらう」


 説明が終わったのか画面が消える。


「以上二つが前期に行われる行事だ。それ以外にも雑務がいくつかある。雑務が発生した場合は週一で議会で発言させてもらう。今のところは特に仕事はない」


「君島先生」


 君島が話し終えたところで、久世さんが挙手する。


「何かあったか?」


「一つこちらの方で仕事が発生したので、報告しておこうと思いまして」


 そう一言置いて、久世さんは『夜襲』についての話を行った。

 事件の発端、生徒会での対応策を手短に伝える。君島は久世さんの発言を黙って聞いていた。


「分かった。生徒の身の安全を確保するためにも心して取り組むように。理事長を含め先生方には私から伝えておこう」


「よろしくお願いします」


「すみません。遅れました」


 集まりが終わりを迎えそうになった頃、不意に生徒会のドアが開く。

 入ってきたのは二十代と思える若い女性。薄茶色の髪を靡かせ、紫色の瞳が綺麗に輝いている。スーツを華麗に着こなす様子に真面目さを感じるが、声の柔らかさが馴染みやすくしてくれている。


 美人な女性。その容姿はどこか見覚えのあるように感じられた。


「遅かったですね。神山先生」


「かみやっ!」


 脳に引っかかっていたものが君島の言葉によって引っ張り上げられる。

 俺が転生する前に一緒のクラスだったマドンナもまた異能育成高等学校の先生を務めていた。二十代の女性だと思っていたが、年は君島と変わらないはずだ。


 つまり、三十代後半。全く見えない。


「何かありましたか?」


 閃いて思わず声を上げてしまった俺に対して、神山先生は朗らかな笑みを浮かべる。


「い、いえ。なんでもないです」


 頭を掻きながら照れ臭そうに言うことで何となくごまかす。

 いつも思うが、変な声を上げて目立ってしまった時にいい感じに雰囲気を和ませる対処法はないのだろうか。


「まだ解散はしていないので、最後に挨拶でもしていってください」


 君島は一歩横にずれることで、神山先生の場所を確保する。

 神山先生は「すみません」と一言置いて俺たちの前に立った。


「君島先生と同じく生徒会の顧問を務めさせていただきます神山 硯(かみやま すずり)と申します。今後ともよろしくお願いします」


 高校生の時と変わらない朗らかで優しいオーラを溢れさせながら神山先生は頭を下げる。

 再び顔を上げてこちらを見た時の笑顔はまさに天使のようだった。思わず、鼻が伸びてしまう。


 この学校に入学して、生徒会に参入して良かった。

 転生前に叶えられなかった神山先生との学園生活を送れるんだからな。

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