第38話:それぞれの思惑2
「私と付き合ってもらっても良いですか?」
「へっ?」
全くもって想定外の発言だったために俺は思わず阿呆な声を出してしまった。
神巫さんは最初こそは真顔だったものの、徐々に顔を高潮させていく。視線を逸らし、右掌を見せて『待て』とジェスチャーする。
「す、すみません。言葉を間違えました」
なんだ間違えただけか。安堵するとともに、なんだか虚しさを覚える。
「付き合ってと言うのは……恋愛感情……的なものではなく、私に力を貸して欲しいという意味です」
「神巫さんに力を貸す? 一体何にですか?」
そう尋ねると、神巫さんは再び俺に顔を向けた。朱色に染まっていた頬は本来の色を取り戻し、表情にも乱れたところはなかった。
「久遠くんには私と一緒に誇誉愛先輩の行方を探って欲しいのです」
不意に出てきた知らない人物の名前。行方を探って欲しいと言うことは現在は行方不明と言うわけだろうか。
「誇誉愛先輩って一体誰ですか?」
「前生徒会長です。去年の遠征時に突如と行方を晦ましました」
「遠征時に行方を晦ましたのなら、俺が力を貸したところで探すのは困難ではないですか? 俺たちはこの学校から出ることができませんし」
「学校から出る必要はありません。なぜなら、誇誉愛先輩が姿を晦ましたのは異能育成高等学校が原因だからだと踏んでいるからです」
「この学校が原因……それって遠征の不慮の事故と見せかけて学校側が誇誉愛先輩を攫ったという事ですか?」
「久遠くんの言うとおりです。誇誉愛先輩はこの学校のどこかに閉じ込められていると私は考えています」
「どうしてそんなふうに思うんですか?」
異能育成高等学校は広い。生徒が気づくことのない場所に誰かが閉じ込められていると言われても不思議な話ではない。問題はどうして学校側が生徒を攫ったりなんてするのか。目的が全く分からない。
「彼女が行方を晦ます前、遠征が始まる前の日に、誇誉愛先輩が私に言ったのです。『もし、私に何かあったら、私を探して』と。おそらく、誇誉愛先輩は事前に自分が攫われることが分かっていたのでしょう。その状況で私に『探して』と言うことは私が探せる範囲内にいるということ。つまりはこの学校というわけです」
「確かにそう捉えられますね。でも、どうして俺に協力を?」
俺は誇誉愛先輩についての情報を全く持っていない。役に立てる材料は持ち合わせていないのに、俺に協力を乞うことになんの意味があるのだろうか。
「異能育成高等学校は広大な場所です。探すには人員が必要です。その人員が異性や他学年であると有り難いんですよ。私では探せない場所もあるでしょうから」
「なるほど。俺はどちらも満たしていますもんね」
「ええ。ただ、久遠くんを選んだ一番の理由は『私よりも強かったから』です。誇誉愛先輩は学内に監禁されている。つまり、敵は学校関係者。相当な実力の持ち主であることは間違いありません。彼らに対抗できる強さを持つ人間を選ぶ必要があるのです」
もしかすると、生徒会室で我妻たちの戦いを見ている際に悪態をついたのは今の理由があったからかもしれない。
「後輩を危険に晒すのは憚られますが、私は誇誉愛先輩を助けたいのです。どうか力を貸していただけないでしょうか?」
神巫さんは俺に手を差し伸べる。もし、協力してくれるなら手を取ってという意味だろう。
彼女の話を聞いて拒否するのは、この学校に在籍する生徒としておかしいだろう。もし、学校関係者が生徒を監禁しているとなれば皮肉な話ではあるが。
「分かりました。力になれることがあれば、神巫さんの力になります」
俺は彼女の手を取る。簡単に願いが通じるとは思わなかったようで、神巫さんは目を丸くする。
「感謝します」
それから頬を緩めて笑顔を見せた。初めて見る彼女の朗らかな笑みに胸がときめくのを感じた。
「とりあえず、生徒会室に帰りましょう。久世さんと井伊予のことですから俺たちの試合を観覧しているでしょうし。試合が終わったのに帰ってこないとなると怪しまれるかもしれませんから」
恥ずかしさを隠すために半ば強引に手を解き、独り歩き始める。神巫さんはいつもの調子で「そうですね」と言い、俺の隣についた。
エレベーターの前まで行き、二人で乗る。
「誇誉愛先輩ってどんな人だったんですか?」
神巫さんが危険を冒してでも探したいと考えている人物がどんな人なのか興味があった。
「そうですね……一言で言えば『陽気で優しく、それでいて格好いい先輩』でした」
一階に到着し、エレベータを出て、実技場を出て、生徒会室のある校舎を目指す。
「自分で言うのもなんですが、私は仏頂面ですので、あまり人が話しかけてこないんです。でも、誇誉愛先輩は気さくに話しかけてくれました。困っている時もすぐに気づいて、気さくに声をかけて助けてくれました」
気さくに声をかけるか。何だか井伊予に似ているな。
「基本的には優しい先輩でしたが、間違った行動をした際は本気になって怒ってくれます。彼女の中には確固たる正義があったのでしょう。ギャップが相まって怒った時は怖かったですね。ただ、言い過ぎた時はすぐに謝ってくれます。ほんと人たらしですよ」
「確かに、聞く限りでは理想の上司ですね」
「そうですね。私も同感です。だからこそ、理想を閉じ込めた人間を私は許せないんです」
隣を歩く神巫さんの目には戦っている時と同じように闘志が宿っていた。
話はそこで終わる。下手に誇誉愛先輩の名前を見知らぬ誰かに聞かれてしまうことはリスキーだと俺も神巫先輩も感じたからだ。
「お待たせしました」
生徒会室に到着し、ドアを開ける。
室内にはすでに全員が揃っていた。1年生のほとんどは試合に負けて浮かない表情をしている。我妻の表情もいつもよりも沈んでいる気がした。彼女もまた敗北したらしい。
「これで全員揃ったみたいですね」
最奥にいた人物が声を掛ける。
久世さんとは違った声だったため、無意識に声の主に顔を向けた。
三、四十代と思われる男性。生徒会関係者の先生だろうか。
それにしても、どこかで見たことのあるような面影がある。一年生の集う場所まで歩きながら誰だったかを考える。
井伊予の横に座ろうとしたところで、俺はようやく彼の正体を記憶から呼び起こすことができた。
彼は俺が転生する前の世界にいた問題児だ。
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