第35話:副会長の実力3

 都市を模した仮想空間だからか地下エリアは広かった。

 電車の通っている改札から出てすぐ様々なお店の看板が佇んでいる。それらを歩いていくと、別の路線を走る電車に行くための改札が見える。


 たくさんのお店が並ぶ広大な空間。

 とはいえ、仮想空間であるが故に誰もいない。繁盛していない地下街はとても寂しい空間だった。


 周りの様子を伺いつつも、今後の作戦を立てる。

 地上には数十、下手をすれば百体を超える幻獣たちが彷徨いている。奴らを全員倒したとしても、召喚を行っている神巫さんがいる限りまたすぐに召喚されて終了だろう。


 だから一番は神巫さんに攻撃を仕掛けることだ。

【瞬間移動】で神巫さんに一気に近づき、【能力無効】で神巫さんの召喚した幻獣を貸し去る。それから攻撃を仕掛けるのが理想的なパターンだと思っていた。


 だが、先ほどこのパターンで攻撃を仕掛けた際、見事に回避されてしまった。

 神巫さんは制服下に小道具を収納しており、近接戦闘の対策を講じていた。能力を有効にして【空間爆撃】や【多様剣聖】で攻撃をするも、それも回避され、再び幻獣を召喚される。


 結果として状況は何も変わらない。


 新しい作戦として何が相応しいだろうか。

 やはり、【透明成化】で姿を隠しながら遠距離から【空間爆弾】と【多様剣聖】を使うのが確実か。ただ、我妻と同様に神巫さんも気配で勘繰ってくる可能性がある。


 考えながら歩いていると、俺の足音とは明らかに異なった足跡が聞こえてくる。


「【脳内模倣】」


 俺は解いていた【透明成化】を発動し、自身の姿を消し去った。次いで【波動支配】の能力も発動する。


 数秒後、俺の前に姿を表したのは角の生えた馬だった。

 ユニコーン。神巫の召喚した幻獣だろう。俺が地下にいるのを分かってここにやってきたのか。あるいは探している際にここにやってきたのか。


 二つの選択肢は次いでやってきた複数のユニコーンで一つに絞られた。

 俺がここにいると分かっているみたいだ。早めに地上に出た方が良さそうだな。


 顔を動かし、俺の居場所を特定しようとしている複数体のユニコーン。俺は【多様剣聖】によって二本の剣を両手に握り、一匹の首元めがけて一閃を投じる。軽やかに切れる感覚を抱いた後、ユニコーンは光の粒子となって消えていく。


 剣の一振りでユニコーンを倒せることが分かったところで、他のユニコーンたちも同じように首元に一閃を投じる。ものの数十秒で視界に捉えたユニコーンたちは姿を消していった。


 息をついて間もなく、今度は後ろに大きな気配を感じる。


 振り向くと、髪が全て蛇の体で作られた一体の女性が立っていた。

 俺の身体よりも4倍程度大きな上半身をしている。足がなく、蛇のように鱗のある尻尾を生やしている。尻尾は長く、先は肉眼で確認できなかった。


 ギリシャ神話に出てくる『エキドナ』が地下にやってきていた。

 エキドナは両手に持った大剣を迷うことなく俺の元に振り下ろしてくる。慌てて後退し、大剣の軌道から外れる。大剣は地面を叩き、大きく抉っていく。まともに喰らえば試合終了となるだろう。


 離れた距離を埋め、今度は剣を横に振るう。

【瞬間移動】で再び距離を離す。エキドナの持つ大剣は周辺の店を一掃していった。


 2度目の攻撃も俺のいる位置を完全に捉えていたことから、エキドナは俺の存在を把握していることが分かる。そういえば、蛇は視覚以外の感覚も優れていると聞く。髪に生えている蛇が俺を感知し、本体に居場所を教えているのだろう。


 もしかすると、地下に俺がいると分かったのもエキドナ、あるいは別の蛇型幻獣によるものかもしれないないな。


 とりあえず、今はエキドナを倒すことに集中しよう。

 幸い、この場所でエキドナを倒すことは難しくない。図体が大きい故に、回避能力は極端に低いと見ていい。


 エキドナが再び俺に攻撃を仕掛ける。

【瞬間移動】を使うことで、先ほどよりも大きく後退する。

 奴が無駄に剣を振るう。その瞬間をついて、俺は剣先を奴に向ける。


 発動される二つの能力。

【波動支配】の能力によりエキドナの周辺が大きく蠢くのを可視化する。空間を爆撃し、エキドナは体を大きくよろめかせる。


 怯んだ隙を突くように、数十本の剣がエキドナに襲いかかる。

 串刺しとなったエキドナは大きな悲鳴をあげ、その場に崩れ去っていった。少しして光の粒子となり、消え去っていく。


 攻撃は強かったが、防御が軟弱すぎたな。


 二種の幻獣を倒した俺に更なる幻獣が襲いかかる。

 後ろから感じる気配。今度はどデカイわけではなく、やや大きな気配が複数体。体を向けると、フェンリルが俺の元に襲いかかってきていた。


 匂いを感じ取っているのか、フェンリルの動きに迷いはない。

 近くまでやってくると、飛び上がって俺に襲い掛かってくる。俺は【瞬間移動】を使って回避する。


 フェンリルは先ほど俺のいた場所を爪で引っ掻く。エキドナとは違って、フェンリルの攻撃は円形状に大きく穴を作った。これも一撃喰らえば試合終了は免れないだろう。


 最初に攻撃してきたフェンリルとは違う奴らが今度は複数体で攻撃を仕掛ける。

 避けてばかりもいられない。やや大きいとはいえ、エキドナのように尻尾の先が見えないわけではない。これなら『能力の空間範囲内』だ。


「【脳内模倣】インベリダム・ファクルタス」


 両手に持っていた俺の剣が消えると同時に、俺の周囲を取り巻くフェンリルたちが一瞬にして姿を消し去る。結闇との戦いで、【物質生成】で得た竹刀が【能力無効】の範囲内に入った瞬間に消えていった。


 同じ原理で【能力無効】の範囲内に全体を浸かったフェンリルはたちまち消えていくと推察したが、当たったみたいだ。


 それからもフェンリルたちは俺の元に駆けてきては【能力無効】によって姿を消し去っていく。その光景はとても滑稽なものだった。奴らは鼻で俺の姿を感知できるものの、俺の発動している能力までは感知できないみたいだ。


 全てのフェンリルが姿を消す。

 周囲が閑散としたところで、【能力無効】を解除して【透明成化】と【能力支配】を発動する。静かな空間の中で、敵がやってくるのを警戒しながら神巫さんを倒すための方法について考え始めた。


 しばらくしても幻獣はやってこない。

 どうやら、神巫さんは俺が地下にやった全幻獣を倒したことを知らないみたいだ。【幻獣召喚】はあくまで召喚し、命令するだけで感覚をともにするわけではない。


 なら、試す価値のある方法が一つある。


「よしっ!」


 アイディアが浮かんだところで早速行動だ。

 俺は考えをまとめるために、地上に出るゲートまで【瞬間移動】で一気には行かず、走っていくことにした。

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